彩と旅情に白は染められん
静山 黄緑
第1話 可愛い子には旅をさせよ
可愛い子には旅をさせよ
その言葉が実際に持つ意味として、世間知らずである子供に人間として一回り二回り成長させるために、あえて一人で世間に出し、一人で考え行動する機会を与えるというものである。
つまり子供が一人世の中に出ても一人で生きていけるようにするための、子離れ親離れの第一歩になるための言い回しなのだ。
だがそれは時の流れにより考えに齟齬が生じているようにも思えるのだ。
隣に座る奇人であり友人である倉敷蒼真は、嵐山の荘厳な紅葉の中をゆっくりと進んでいくトロッコの中で俺に宣言する。
「僕は子供が出来たら全国の色々な名所に連れて行ってあげたいね!可愛い子には旅をさせよって言うしね!!」
父親になる姿など想像できない女の子かと思わせるフォルムと高い声色を響かせ、ウキウキしながら楽しそうに眼下広がる紅葉を見ている姿を見せられると「言葉の使い方間違ってるぞ」とはとても言い難い。
でも言う。
「可愛い子には旅をさせよってのはだな、子供を親から独立させて成長させるってことだ。それはただ蒼真が出かけたいだけだろ。」
我ながら冷たく面白げの無い声は蒼真の声とまでは行かないものの、列車の走行音にかき消されない程度の声は、はっちゃける蒼真の耳にもしっかり届く。
「あ〜バレちゃった?」
蒼真はてへっと舌を出してウインクする。こいつは自分が可愛い外見を持っている事を自信で理解しており、時々こうしたあざといポーズまでとって話の方向を変えようとする。
「まったく反省の色は見られないな。」
「それが僕のいい所でありいい所でもあるのさ。」
自信満々に腕を組み仁王立ちの姿勢を取り胸を張る。別に俺は褒め言葉として言ったつもりではないぞ。むしろ逆だ。
「悪い所であり悪い所でもあるの間違いだろ。」
「それじゃあ悪い所だけじゃん!」
「そういうお前もいい所だけしか言ってなかっただろ。」
「もう!」
そういう蒼真は頬を膨らませてプンプンという効果音がピッタリな可愛い怒りを俺にぶつける。
ほんと、言われなければ女だと疑ってしまうよな。男だとわかってなおこいつの事を好きになるやつがいるのだ。
こいつの下駄箱には、頑張ったのだろうがどうしても汚い野郎共の字で書かれたお手紙が入っていて、蒼真はそれを元から無かったかのような見事なスルー芸を見せた後に俺の隣に収まる。
故に野郎共の俺への嫉妬の視線は凄まじいものであり、はた迷惑なのだ。
しかもこいつは女子からも憧れの目で見られており、すべすべで真っ白なシミひとつ無い肌やサラサラで手入れされた長めの髪の毛や大きくて輝くように見える二重と瞳をまれに女子達は比較の対象にしてしまうほどだ。
まったく、罪な男だよ。おまえは。
(まもなく〜亀岡、亀岡です。お忘れ物ございませんようお気をつけください。お乗り換えのご案内です。十四時───)
車掌さんの車内放送と同時に列車はゆっくりと渓谷を抜けて少し大きめの駅へと入線していく。
この鉄道は元々幹線として使われてた国鉄の旧線を利用して運行されているものであり、渓谷沿いをゆっくりと進んでいく景色を楽しんでもらうために、車両の窓ガラスというものが存在しないのだ。
故に開放的な車内と車窓、そして流れてくる涼しい風と石を打つ川の音、木々を支える腐葉土の独特な香りなど季節の彩を五感で楽しむことが出来るおすすめの観光スポットの一つである。
問題があるとすれば、その知名度が高すぎるが故に予約はすぐに埋まってしまうところにある。
今回はたまたま二席分取れたということで友人である倉敷蒼真をお呼びしてわざわざ京都まで参上したという訳だ。
「いや〜、絶景だったね!凪紗!」
「そうだな。流石は日本三大紅葉名所なだけあるな。」
列車を降りてリュックからミラーレス一眼を取り出して、記念に車両の写真を撮っておく。
ブロロロロロロロというディーゼルカー独特の音と空気の振動、そしてあまり宜しくは無いのかもしれないが、この排気ガスの香りがなんともローカル鉄道感漂わせる良いアクセントになっている。
大都市の近くでこんなに田舎を感じられる所もそう多くは無い。
一枚車両だけの写真を撮ると、蒼真が次は僕!と言わんばかりに俺のカメラの画角に割り込み、列車の横に並んでピースをしだす。
これが熱狂的な鉄道ファンともなれば発狂ものだな。きっと蒼真に罵詈雑言の嵐が降り注ぐことだろう。
是非とも俺の同伴無しでの旅行の際には注意して頂きたいものだ。
「いいでしょ?」
「しょうがないな。」
カメラのファインダーを再び覗き込み、オートフォーカスで焦点を蒼真に合わせてピピッと音が鳴り終えると同時にカシャッとシャッターを切る。
蒼真は満足したのか、俺のところに駆け寄ってきて、次行こ!次行こ!と、次の観光地へ向かうべく腕を引っ張られる。
次の目的地は有名な嵐山の竹林だ。そのために今から嵯峨野線の馬堀駅まで歩いて行って電車でサササッと京都市の方へと帰るわけだ。
蒼真に腕を引っ張られながら早歩きで駅を出ると、駅前の道路に長くて黒い車が止まっている。なかなかお目にかかれない本物の高級車だ。運転する車でなく乗る車。するとすぐにドアが自動で開いて気品ある婦人が出てきた。
「蒼真、凄いねあの車、出てきた人もしかしたら大企業の社長さんの奥さんとかかな。」
なかなか見ない程に黒光りした車を見て流石に蒼真も興味を持ったのだろうか、足を止めて様子を伺う。
こんなゴミゴミした観光地の小さな駅にお金持ちの人が何の用だと俺も気になり一部始終を見守っていると、婦人の後に続いて俺らと同い歳くらいのご令嬢まで出てきた。真っ黒で真っ直ぐ腰まで伸びたつややかな髪がサラサラと言うよりもツルツルとかかっていた肩から滑り落ちた。
「気をつけて行ってくるのよ。終点でまた待ってるわ。」
「はい。お母様。」
顔はよく見えなかったが、肌は不健康なのかを疑いたくなるくらいに白かった。
そしてスーツを着たお兄さん達に手触りの良さそうなカーディガンを袖に通して貰い、令嬢は駅の方へと歩いていった。
その後ろ姿を見て婦人は心配そうな表情を浮かべつつも車の中へと戻って行った。
「ここまでくると見えてる世界が違いそうだな。」
「あそこまでいくとね〜、僕も同感かも。」
俺らはこの言葉を残して馬堀駅の方へと再び歩き出した。トロッコ列車の駅の方からは(この列車は貸切となっております。ご乗車にはなれませんのでご注意ください。)という放送が何度も何度も繰り返されていた。
可愛い子には旅をさせよ。
まさにあのご婦人が心の中で言い聞かせていた言葉はこれに違いない。
俺らにとっては駅まで送ってもらって、電車を貸切って、その電車が終点に着いたらまた車が待っていてくれるというシチュエーションを旅などと言いたくは無いが、所変われば品変わるというもので、それは暮らしの階級においても同じことが言えるのだ。
俺みたく幼い頃から一人で全国を回っていれば近所の観光地に行くことを旅行などと呼ばないし、箱に入って久しければ外に出る事や親から身を置くことが旅の一歩たり得るだろう。
勝手な憶測にはなるが彼女はおそらく日本を知らないだろう。学力や日本という国の経済とかの話になると彼女の方が圧倒的な知識を誇っているに違いない。でも、実際に日本各所を見て、触れて、感じていない彼女にまともなユーモアを感じることはできないだろう。
それは彼女の無感情な背中が、歩き姿が、頭の動きが全てを物語っている。
あのご令嬢には申し訳ないが、ああはなりたくないなと、心からそう思った。
旅は楽しくあるべき。楽しもうと思う気持ちであるべき。
俺はその気持ちが大事だとこの時強く思ったのであった。
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ここまでこの作品を読んでくださりありがとうございます!
初めての作品投稿でございましたがいかがでしたでしょうか。
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なかなか簡単に旅行など出来ない昨今。
行ったことがなくてもまるで見てきたかのような気持ちになる作品をめざしています!
甘酸っぱい恋愛とともに是非とも私の国内旅行を楽しんでいただけたらと思います。
今後ともよろしくお願いします。そしてありがとうございます。
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