第5話

(めんどくさいやつを連れてこないでよアホセナ!)

 近くにあった布やら何やらで人攫い共を狼の毛皮ごと簀巻きにして、目を合わせられないように妖魔の少女の目に目隠しを施す。

 そこまでやって後は一階に転がしておいて、遠吠えで呼べばあとはセナが回収してくれる。

 そう、ここまで考えたのは良かった。


 なんで私は面倒だからって全員まとめて運ぼうとしたんだろう。

 待つの面倒だからって階段を上がってる間に遠吠えを始めたんだろう。


(おかげで私の方が噂の人狼に間違われたじゃん私のバカ・・・! この妖魔も変なタイミングで起きるしさぁ!)

 あんなタイミングで変なうわごといった所為で勘違いが加速してんだけど!


 騎士のような男の剣戟を避ける。効率的な、訓練所仕込みの分かりやすい剣筋でよけやすい。

 問題はこの無意味な戦闘をどう終結させるかだ。つまり、この騎士さまをどうやって落ち着かせるか。

(いや、手段はある。かざせば終わらせられるものはあるけど……両手がふさがってて使えない!)

 問題は両手の男どもだ。放り投げればいいんだけど、それをする隙がもらえない。

(ってか剣に迷いがなさすぎる!変に避けたら持ってる奴らごとぶった切られそうなんですけど!?そっち目線こいつら被害者でしょ!?守れよ騎士なら!)

「その子数日間街にいなかったの!話聞いてって!ちょっと!!」

 後ろからセナが説得しようとしてるけどまったく意に返してない、目の前の敵を切ることに集中してる。

(いい加減疲れてきた、速く隙作ってコイツら投げないと死ぬ!)


 『当たれば死にかねない剣閃を人三人分という大荷物を抱えて避ける』という極限の緊張と疲労が、私の頭を変な方にひらめかせた。


(逆にしよ)


 騎士さまが頭目がけて突き出すのに合わせて大きくしゃがむ。

 重心が下がった分安定した体を振り回し、騎士さまの胸に後ろ蹴りを見舞った。

 突きの姿勢のままもろに食らい、騎士さまがたたらを踏む。

 振り向きざまに両手の荷物を体制が整う前の騎士さま目がけてぶん投げた。


(十分隙を作ってから放り出すんじゃなくて、放り出すことで隙を作ればよかったんだ。最初っからやっときゃよかった。)


「ぐっ……くそ……って、これは!」

 投げつけられた騎士さまも、男たちの格好を見て、察したらしかった。

「狼男……!?いや、狼の毛皮をかぶった人間か!」

「ハァ……フゥ……そいつらが、例の、“狼男”です。私は、こいつらに攫われて、返り討ちにしただけ。」

「で、では、後ろの方も……?」

 息も絶え絶えな私の言葉に、シスター服の少女が問いかけた。恰好からして教会関係者だ。

「フゥ~……えぇ、妖魔だったので目を封じました。あとこれ、民証、確認お願いします。」

 少女に回りこんだのを見て、腰を下ろして固定用の布を解く。

 シスターの腕に妖魔が下りたのを確認して(また意識失ってる。ほんとに面倒な。)、胸元に下げたタグを見せる。

 確認します、といってシスターがそれに手を当てて先ほどとは違う聖句を唱える。タグと私の胸に光の筋が出来て、私のものだと確認された。


 民証、正確には『名誉市民証明板』という名前のこのタグは、教会が発行した『人間に友好的な魔族の証』である。これを付けていれば、獣の相を持つ魔獣でも人の街で恐れられずに済む。


(私の場合、夜だと毛皮に隠れるんだけどね。)

「こっちの子、もう意識無くなってるね。」

 どうにかならんかな、とどうにもならない事に思いをはせていると。いつの間にか近寄っていたセナが妖魔の事を観察していた。

「さっきまで戻ってたみたいだけど・・・まぁ、暴れ馬に目隠しで括りつけられたままで暴走されたようなもんか、意識飛んでも不思議じゃない。」

「誰が暴れ馬だ、狼だよ私は。」

「そこ?」


「すまないっ!」

 私たちにとってはいつも通りの寸劇でシスターが困っていると。騎士さまが勢いよく頭を下げてきた。

「こちらの不手際で危険にさらしたあげく、勘違いで攻撃を繰り返してしまった!謝罪する!」

「あぁ、はい、分かりました。」

 危険にさらしたのはそこのアホだけど、という言葉はのみこんで騎士さまの謝罪を受けた。

「謝ってくれたので、許します。それで手打ちということで。」

「それは……いや、感謝する、改めてすまなかった」

 本人的には謝罪が足りないと思っていたようだが、私の方から十分と言われたので引き下がったようだった。

「代わり……いや、本来我々の職務のため、彼らの身柄はこちらで預かろう。セナ殿、手伝いを頼めるだろうか」

「ん、いいよ、まだ依頼中だし。」

 軽薄そうな友人が答えた。

「伝令した方がいい?それとも見張り?」

「見張りで頼む。」

 騎士さまが返す。

「伝令には俺が行く。馬車を余分に用意するから、ルルカ殿はそれに乗って戻ると良い。」

「あ、はい、ありがとうございます。お願いします。」

 先ほどとは打って変わって随分気の利く騎士さまの好意に甘えることにした、正直今日はもう動きたくない。



「おつかれさま~!」

 馬車の用意をしに戻った騎士さまと入れ替わるように、セナが笑顔で近づいてきた。

「おかげで無事に事件解決だ!いやぁ良かった良ガッフゥ」

「何が良かっただバカセナ!」

 やたら朗らかな笑顔を拳で吹き飛ばした

「おかげで廃人にされかけたんですけど!?」

「いやぁ、連れ去る方法がなんかあるとは思ってたんだけどまさか妖魔とは思わなかったよねぇ」

 器用に体を回転させて両手両足で着地を決めたバカの話に突っかかる

「拐われることは想定内だったってこと!?」

「妖魔なしなら拐われる前に制圧できるでしょルルカなら!」

「そりゃそうかもだけど!」

「け、ケンカ?はだめですよ……」

 シスターを困惑させたバカとのやり取りは馬車の準備ができた騎士さまが戻ってくるまで続いた。

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