プロローグ

 午前2時。

 とある山奥に、銀色の円盤状物体が降り立った。

 飛行物体からドロドロと流れ出したのは緑色のゲル状の何かで、大人の握り拳よりも巨大な目玉がへばりついている。

 血走った目玉は、ギョロギョロと動いていた。

 いや、見渡す限り緑色のゲルの体の中を、縦横無尽に泳ぎ回っていた、と言う方が正しいか。  

 ゲル状の『それ』に手足は存在しなかったが、意思があり、知能があった。 

 『それ』は半固形の体を引きずりながら、辺りの木々をなぎ倒し、緑の粘液質な跡を残しつつ、ズルズル斜面を下って行った。

 途中、哀れにも飛び出してきた小さな兎が犠牲となった。兎は緑のゲルの洪水に一瞬で飲み込まれると、「ヂィ」という断末魔の鳴き声と共に骨だけの姿に変えられた。

 薄緑の煙が細く上がる。

 異常事態を察した山の生き物達が騒ぎ出す。

 危険だ、逃げろ、逃げろ、逃げろ。

 巨大な目玉は、そんな生き物たちの様子を興味深そうに見守っていた。 

 ふと、目玉が別のものを捉えた。

 山奥なのを良いことに、不法に捨てられたガラクタたちだ。

 破れたタイヤ、壊れた電化製品、錆びついた鉄くず、文字のかすれた看板。

 看板の文字は、辛うじて読むことができた。


『山崎工房』


 緑のゲルに浮かんだ目玉は、しばらくその看板を眺めた後。

 半ば溶解しかかったような体を器用に動かし、麓を目指して滑り降りて行った。

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