BEAST LAW
亜未田久志
第1話 虚空射手
――獣たちが哭く夜に、僕は人ではなくなるのだろう。夜風を浴びて歩く冬の街は静かだ。何もかも全てが自分の物になったかのような全能感。孤独を感じる暇もない。今日も目的も無くただ歩いて行く。眠れないから。獣の鳴き声が聞こえて止まないから。
「嗚呼、五月蠅いな」
少年、
「嗚呼、理解ってる」
獣の在り処を確かめるために毎夜、出かけている。しかし、獣に出会ったことはない。一度たりとも。今日も無理かと諦めて帰路に着こうかとしていた時だった。
『こん』
狐の声がした。なにかと思った。こんな都市部に狐がいるはずがない。けれど確かに特徴的な音が鳴った。哭いた。
「離れて!」
凜と響く少女の声、衝突、粉塵、煙、爆音、全てが同時に起こり、それらが終わると一陣の風が吹いた。
「――獣だ」
多数の尻尾を生やした大型で金色の狐、相対するは白装束の少女。
「あなた、獣が見えるの?!」
「嗚呼、ずっと聞こえていた。そうか、君達が狩人だったんだ」
「私達は狩人ではなく『LAW』……って説明してる暇はな――」
少年の眼前に金色が迫る。白装束の少女がなにかしようとしたが間に合わない。
狐の爪牙が少年を襲う、それを従悟は。
「俺の祖父さんは狩人だった。獣の話をよくしてくれた。だから、ずっと信じてきたし、これが幻聴だとも思わなかった。獣が哭いているんだと信じていた」
――虚空射手、装填、番外位、傷痕――
虚空の弓は架空の矢を番えて放った。金色の狐の胸を確かに穿つ。
「日本の狩猟法典……まだ残っていたなんて」
獣の断末魔が鳴って、止んだ。
「嗚呼……やっと眠れる」
そのまま従悟は倒れた。
「あ、馬鹿、危な!?」
頭から地面に倒れそうになったのを少女が受け止める。
「これ、上になんて報告したらいいのよ……」
すやすや眠る従悟を抱え銀髪碧眼の少女――レイン=コードスは頭を悩ませていた。
そこに一人の男性が現れる。
「レイン、獣は」
「ああっと、ブラッドさん……仕留めましたよ……この子が」
「そいつは」
「日本の狩猟法典の生き残り、です。おそらく」
「情報はハッキリとさせてから報告しろ」
「そんな事言って報告が遅れても怒るくせに」
「なにか?」
「いえなんでも……」
ブラッドと呼ばれた褐色肌の男は従悟の寝顔を見やると。
「日本支部は万年戦力不足だ。人手が多いに越した事はない」
「まさか!?」
「そのまさかだ。そいつを支部に連れて帰るぞ。そいつの親類には後で俺が連絡しておく」
「私の時もそうでしたよね……はぁ……分かりましたよ」
――獣が哭く島国、日本。そこで今、一人の狩人が目覚めた。それは偶然かはたまた宿命か。これより始まるは人と獣が修羅と散る奇譚。果たしてそこに安寧は、救いはあるのだろうか。
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