第4話 ステータスの魔法
「ここなら問題ないでしょう。さあ、唱えなさい」
「あの……遠くないですか?」
「……そんな事はないわ」
マリアはナオから数メートル離れた距離から呼びかけ、魔法を唱えるように指示する。どんな魔法が発動するのか分からないので警戒するのは当たり前だが、それでも離れ過ぎではないかとナオは思う。
「じゃ、じゃあ行きます……ステータス!!」
魔導書の表紙に記されていた文字を唱えた瞬間、ナオの右手に刻まれた紋様が輝き出す。その直後にナオの視界に一メートル程の大きさの水晶のように透明な物体が出現した。
「うわっ!?」
「ど、どうしたの!?いきなり大きな声を上げて……」
「え?いや、どうしたって……なんですかこれ!?」
自分の目の前に現れた謎の透明な物体にナオは驚いて尻餅を着くが、マリアには彼の姿しか見えていないのか急に転んだ彼を心配して声をかける。
(どういう事だ?これが見えてないのか?)
ナオは自分の前に現れた謎の物体に視線を向けると、文字が浮き上がった。
――ステータス――
名前:ナオ
年齢:?托シ才
職業:村人
レベル:?托シ
獲得経験値:?
――能力値――
攻撃力:?托シ
防御力:?托シ
魔力:?托シ
魔法耐性:?托シ
―――――――――
水晶のような物体に映し出された文字を見てナオは困惑し、かつて母親から教わった「日本語」なる文字で記されているのは確かなのだが、何故か所々読めない箇所があった。
(な、なんだこれ……だいたいは読めるけど、意味が分からない)
読める箇所を解読しても意味が全く分からず、どうして名前の項目に自分の名があるのかと不思議に思う。座り込んだナオを見て心配したマリアが近付いてきた。
「いったいどうしたというの?貴方には何か見えてるの?」
「あ、マリアさん……わっ!?」
「きゃっ!?」
マリアがナオを断たせようと手を伸ばすと、ナオはその手を掴もうとした時、右手を動かした瞬間に謎の物体が動いて彼女にぶつかってしまう。どうやら右手を動かすと謎の物体が動く仕組みらしく、いきなり見えない何かに突き飛ばされたマリアは戸惑う。
「な、何よ今のは……」
「だ、大丈夫ですか!?すいません、これのせいで……」
「……そこに何かあるのね」
右手を動かすだけで謎の物体を操作できるらしく、試しにナオが手元を動かすと物体は移動を行う。この物体が何なのかは分からないが、他の人間には見えずとも実体が存在するのは確かだった。
起き上がったマリアはナオが掌を構える方向に手を伸ばすと、先ほどぶつかった物体に触れる。彼女は驚いた表情を浮かべ、見えない壁のような物がある事に気づく。
「ここに何かあるのね?硬いような柔らかいような変な感触だけど……」
「あの……マリアさんには見えてないと思いますけど、俺の目には水晶のような物体が浮かんでるんです」
「水晶……まさか目には見えない水晶を作り出す魔法かしら?」
「いえ、それが……水晶に俺の名前とか年齢が文字として浮かんでるんです。しかも母さんが教えてくれた日本語という文字で……」
「日本語というのは異界人の言葉の事ね?詳しく教えてもらえるかしら?」
マリアに言われてナオは水晶(?)に映し出される文字を全て伝え、分かりやすく地面に図を描いた。
「なるほど……どうやらステータスというのは貴方の能力を示しているのかもしれないわ」
「能力……ですか?」
「攻撃力、防御力、魔力、魔法耐性……これらは文字通りに貴方の能力を示しているのよ。だけど、この横に書いている謎の文字が気になるわね」
「すいません、こっちの文字は意味が分からないんです……母さんにも習った事がありません」
それぞれの能力の横に刻まれた謎の文字に関してはナオも解読はできず、マリアもこのような文字は見たことがなかった――
――実を言えばナオが習得した「ステータス」の魔法は自分の能力を把握するために開発された魔法であり、本来ならば数値が表示される部分だけが文字化けを引き起こしていた。
大昔に魔導書を製作した異界人の正体はゲーム好きの日本人であり、自分の能力をゲームのように「ステータス画面」で表示されれば便利ではないかと考えて開発した。だが、長年の間に放置されていた魔導書は正常な機能が働かず、本来であれば全ての文章を読み解く事で魔法が覚えられる機能も失われ、表紙を読み上げただけで封じ込められた魔力が解放された。
魔導書の不具合で魔法を習得してしまったがためにナオは完璧な形で魔法を覚えられず、ステータス画面の数値の部分だけが文字化けで表示されるようになった。しかし、本人はその事に気づくはずがなく、マリアに相談を行う。
「これが異界人の魔法なんですか?いったいどんな風に役立つんですか?」
「……分からないわね。どうして過去の異界人はこんな物を作ったのかしら?自分の能力を把握するための魔法だとしても、他の異界人が読めない文字を組み込む理由が分からないわね」
「もしかして俺が母さんに習っていないだけで、実はこの文字にも意味があるんでしょうか?」
「でも、年齢の文面を読む限りだとこの意味が分からない文字が表示されている部分は数字が当てはまるはずよ」
「う〜ん……普通の数字も漢数字も習ったはずですけど、こんな変な文字は見た覚えありません」
文字化けした部分だけが解読ができずにナオとマリアは困り果て、異界人が何の目的でこのような魔法を作り出したのか理解できない。魔法の不具合で文字化けしているなどこちらの世界の人間が理解できるはずもなかった。
「……そういえばどうして貴方の母親は異界人の言葉を教えたのかしら?こんな言葉を覚えていても普通に生活する上では何の役にも立たないでしょう」
「それは……多分、母さんは元の世界に帰りたかったんだと思います。俺も一緒に連れて行こうとしてたんです」
「元の世界に帰る?そんな方法があるの?」
マリアの知る限りではこちらの世界に訪れた異界人が元の世界に帰ったという話は聞いたことがない。実際にナオの母親も帰還する方法は見つけられなかったが、万が一にも元の世界に戻れる方法があったらナオを連れて元の世界に帰るつもりだった。
「小さい頃、他の子供にいじめられている俺を見て母さんが泣いたんです。もしも俺があっちの世界の子供なら髪の毛で嫌われる事はなかったとか……だから母さんは元の世界に戻る方法をずっと探してました。そして俺があっちの世界で言っても困らない様に言葉と文字を教えてくれたんだと思います」
「そ、そう……聞いて悪かったわね」
ナオが日本語を習得した経緯を聞いてマリアはばつが悪そうな表情を浮かべ、しばらくの間は沈黙が訪れる。魔物から助けてくれたり、自分の話を聞いて同情してくれたマリアは悪い人ではないとナオは確信した。
それはそうと、先ほどマリアをステータス画面で突き飛ばした事を思い出す。他の人間の目には見えないが、ナオの生み出したステータス画面は実体が存在する。大きさも一メートル程度はあるため、もしかしたらと思ったナオはマリアにある事を頼む。
「もしかしたら……これって見えない壁を作り出して身を守る魔法じゃないですか?そういう魔法があると聞いたことがありますけど」
「……防御魔法の事かしら?」
「そう、それです!!」
魔法の知識には疎いナオだが、絵本などでは魔術師が自分の身を守るために魔法の力を敵の攻撃を防ぐ場面が描かれる事があった。マリアはナオの話を聞いて先ほどの出来事を思い出し、彼女は試しにナオに向けて掌を構えた。
「もしも防御魔法だとしたらどの程度の硬度なのか把握する必要があるわね。私の魔法で確かめてあげるわ」
「ええっ!?そ、それってあの化物を倒した魔法を使うつもりですか!?」
「安心しなさい、ちゃんと手加減してあげるわ」
ナオは自分に目掛けて魔法を放つ準備を行うマリアに焦りを抱くが、慌てて右手を構えてステータス画面を自分とマリアの間に移動させる。マリアにはステータス画面は見えないが、ナオの挙動でステータス画面を操作した事に気づくと彼女は掌を向けて魔法を発動させる。
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