第2話 黒髪

「――はっ!?こ、ここは……?」

「あら、ようやくお目覚めかしら?」



ナオが目を覚ますと、自分がベッドの上で寝ている事に気が付く。ベッドの傍には魔女が本を読みながら座っており、先ほどはかけていなかった眼鏡を身に着けていた。彼女の姿を見て今までの出来事は夢ではなかったとナオは安心する。



「ま、魔女さん……」

「……その呼び方は辞めてくれるかしら?私の名前はマリアよ」

「え、あ、すいません……マリア様」

「様付けもいいわ」



マリアと名乗る女性の言葉にナオは頭を下げ、自分が気絶している間にマリアが自分の家まで連れてきて介抱してくれた事に気が付く。



「す、すいません!!急に気を失っちゃって……助けてくれてありがとうございます」

「気にしなくていいわ。それよりも貴方、名前を教えてくれるかしら?」

「え?あ、はい……ナオと言います」

「ナオ……という事は手紙に書いている子は貴方の事なのね?」

「え?」



どうやらナオが気を失っている間にマリアはラオからの手紙を読んだらしく、彼女は眉をしかめながら手紙を返す。ナオは祖父に頼まれて手紙を渡しに来ただけなので内容を確認していない。



「あの……もしかして祖父ちゃんは気に障るような事を書いてましたか?」

「読んでみれば分かるわ」



マリアは困った風な表情を浮かべながら手紙を指差し、反射的にナオは手紙を確認しようとした。だが、手紙を開く寸前で思い直す。この手紙は祖父が死ぬ間際にナオに託した手紙であり、あくまでも自分はマリアに渡すように頼まれただけで内容を読む事に気が引けた。



「……その、祖父ちゃんはきっとマリアさんだけに読んでほしくてこれを書いたと思います。だから俺が勝手に読む事はできません」

「お祖父さんの事を大切にしているのね。でも、その手紙の内容が私を不快にする内容が書かれていると言っても読むつもりはないのかしら?」

「えっと……もしも祖父ちゃんが怒らせるような内容を書いてたなら謝ります。でも、この手紙は貴女のために書いた手紙なので受け取れません。でも、いらないのなら俺が持って帰ります。一応は祖父ちゃんの形見なので……」



返された手紙をナオはもう一度マリアに渡そうとすると、彼女はナオの態度に意外そうな表情を浮かべ、口元に笑みを浮かべながら手紙を受け取った。



「まあ、貰った物を返すのも失礼かもしれないわね。分かったわ、この手紙は受け取っておきましょう」

「ありがとうございます!!」

「それで貴方……これからどうするのかしら?」

「え?」



手紙をマリアが受け取った時点でナオの目的は果たされた。その後の行動はナオの自由だが、言われてみれば自分がどうすればいいのか分からなかった。


たった一人の身内であった祖父が亡くなり、彼の最期の願いを叶えるためにマリアの元に訪れた。その目的が果たされた以上、ここから先は自分で考えて行動しなければならない。



(俺は……どうすればいいんだ?)



とりあえずは村に帰ろうかと思ったが、そのためには魔物が巣食う森の中をまた進まなければならない。マリアに頼んで森の外まで送ってもらう事はできないかと考えたが、そんなナオの考えを読み取ったようにマリアは注意する。



「言っておくけれど、さっき助けたのは貴方を救うためじゃないわ。魔物が人間の味を覚えると面倒な事になるから助けてあげただけよ」

「ど、どういう意味ですか?」

「肉食動物と同じよ。人間の味を覚えた生き物は人間を餌と認識して積極的に襲い掛かる。もしもこの森に巣食う魔物が人間の味を覚えて森の外に出向いたら大変でしょう?」

「あっ……」

「私としては森の外の人間がどうなろうと知った事ではないけど、森のマリアが魔物をけしかけて村に襲わせたなんて誤解されたら困るのよ。実際に貴方達の村では私は悪いマリアとして言い伝えられてるでしょう?」

「うっ!?そ、それは……」



マリアの言葉にナオは言い返せず、村の人間の間では森に潜むのは恐ろしいマリアだと何十年も言い伝えられていた。だからこそマリアは無暗に森の外に出向かず、人間との接触を断っていたらしい。



「私としては平穏に暮らせれば別に人間なんかにどう思われようと構わないのだけど、もしも魔物が貴方達の村を襲った時、私のせいにされたら色々と困るのよ。悪い噂が広まって国の兵士が私を捕まえに来るという事も有り得ない話じゃないわ。実際、前に暮らしていた森でも似た様が事があって大変だったのよ」

「そ、そうだったんですか!?」

「はっきり言って私は人間が嫌いなの。貴方をここに連れてきたのも私が人に優しいマリアだと勘違いされるのも嫌だから連れてきただけよ」

「な、なんか……すいません」



自分を助けたのは善意ではなく、他の人間に誤解をされぬように助けたと聞かされてナオはショックを受ける。だが、経緯はどうであれ自分を助けてくれた事には変わりなく、改めてナオはお礼を言う。



「迷惑をかけてごめんなさい。それと、命を助けてくれてありがとうございました」

「ふふっ……変わった子ね。ここまで言われてまだお礼を言えるなんて」

「死んだ父さんが礼儀に厳しくて……受けた恩は必ず返すように言われて育ちました」

「そう。立派なお父さんだったのね……」



ナオの話を聞いてマリアは今更ながらに彼が珍しい髪の毛をしている事に気が付く。ナオのような「黒髪」の人間は滅多に見られず、以前に助けた彼の祖父のラオは茶髪の男性のはずだった。



「……そういえば貴方、珍しい髪の毛をしているわね」

「え?ああ、これは母譲りなんです。母さんは元々村の外から来た人間で、村の中で黒髪なのは俺と死んだ母さんだけなんです」

「母親……失礼だけど名前を教えてくれるかしら?」

「え?あ、はい……母の名前はサクラです」

「サクラ……!?」



サクラという名前を聞いてマリアは目を見開き、ラオから受け取った手紙を手に取る。彼女が受け取った手紙にはナオの正体が記されていた。




――ナオはただの人間ではなく、の血を継ぐ子供だと手紙には記されていた。彼の母親のサクラはこの世界の人間ではなく、数十年前に別の世界から訪れた人間だという。


異界人とは文字通りにこの世界とは異なる世界に住らす人間の事であり、サクラは「神隠し」なる現象に巻き込まれてこの世界へと訪れたらしい。


ラオによれば黒髪の人間は異界人の血を継いでいる証拠であり、二人とも村の中では髪の毛の色が違う事から浮いていた。家族以外の人間からは不気味がられ、十五才にもなるのにナオには友達が一人もいなかった。だから彼が森に赴く時に誰も引き留めなかったのだ。




手紙を最初に読んだ時はマリアはナオが異界人の子供だとは到底信じられなかった。しかし、ナオが気絶している時に髪の毛を調べてみたが、黒く染めているのではなく地毛である事は確認済みであり、彼が嘘を吐いているようにも思えなかった。



(まさか本当に異界人の子孫だというの?もし、そうだとしたら……)



マリアは部屋の隅に置かれている本棚に向かうと、彼女は一冊の本を取り出す。その本は彼女でも解読できない文字が記されており、大昔に異界人が残したという書物だった。

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