想い初めし

百合珠紀

想い初めし

 君は、無口な人だった。何を考えているのかわからなくて、良く言えば物憂げ、悪く言えば……いや、それはこの際言わなくてもいいだろう。無表情なのは君の魅力なのかもしれないが、同僚としては人柄が掴みづらく、気にはなるけどどう接していいのかわからない人だった。ゆえに、休日でも個人的な付き合いをすることはなかったし、だからこそ君は謎めいた人物のままだった。

 君という人間がよくわからないまま、出会ってから何年経ったのだろう。そんなことはもはやどうでもいいのだけれど、でも、やはり多少の後悔はある。もっと早くに君のことを知れたらよかったと。


 事の発端は、ほんの些細な出来事である。偶然、知人にお使いのようなことを頼まれて、一人では難しいからとその時そばにいた君がついでに指名されただけだ。私が口には出さないまでも参ったなと頭を掻く横で、君はやっぱりなんでもない顔をしていた。


 言うほどにもなく、お使いは意外にもあっさりと終了した。ただ、少し遠方だったため、帰りにはすでに日が落ち始めていた。

 夕焼けの中を、私たちは黙りがちに歩く。少し後ろを歩く君の気配を背で感じながら、私は何も話しかけられずに、君の足音を聞いていた。

 君は、何が好きなんだろう。どこで生まれてどう育ったんだろう。休日は何をしているんだろう。聞きたいことは頭でぐるぐるするのに、聞けばきっと鬱陶しがられるんだろうなと思うと何も話すことができなかった。

 考え事に夢中になっていたせいか、君の足音が聞こえなくなっていることに気づいたのは、ひとりでずいぶんと先に進んできてしまった後だった。振り返れば、林道を外れた野原の隅に座り込む君の姿が見える。西日の強さで黒く影のように浮かび上がる君の姿は、なんだか幻想的で強く心を引かれる美しさだった。

 君の前に、小さな少女が向き合うようにして座っていた。あれ、と思うより先に足が走り出す。

「どうしたの?」

 と息を切らして駆け寄れば、ふたりはこちらを向いた。

「ああ、ごめんなさい。ちょっと、この子のお手伝い」

 少女の手には、たんぽぽが握られている。

「花冠、つくってるの。お母さんにあげるの」

 君は手を伸ばし、一輪のたんぽぽの茎をぷちっとちぎった。

「でも、もう夕方でしょう。早く帰りなさいって言ったんですけど、もう少しだから絶対完成させるんだって。だから、少しでも早くできるように、お手伝い」

「じゃあ、私にもお手伝いさせてもらっていいかな?」

 私は草の上に腰を下ろし、手近な一本を摘んだ。ありがとう、と嬉しそうに笑う子どもの横で、同じくらい無邪気な顔をして笑う君の顔が胸に焼き付いた。


 三人で力を合わせたからか、ほどなくして花冠は完成し、少女は走って帰っていった。君は、子ども時代の余韻に浸っているのか、いつになくあどけない顔をして、また一輪たんぽぽを手折った。

「お姉さん、花冠つくるの上手だね」

 さっきの少女の興奮したような声が蘇る。少女が母親の為にせっせとたんぽぽを編み込んでいく隣で、花を摘み終えた君は鮮やかな手さばきで小さな花冠をひとつつくった。「これはお姉さんからあなたに」と少女の頭に乗せてやる様子は、母親のようであり姉のようであり友達のようであり、いずれにしても君がかつて小さな少女だったことを思い起こさせるような微笑ましさだった。

「帰りましょうか」

 そう言って立ち上がる君はいつものつれない君だけど、私はもう君が無表情な人だなんて思えなかった。

「手伝ってくれて、ありがとうございます。たまには童心に帰るのもいいですね」

 にっこりと笑う君の笑顔に、この胸はいつになく高鳴って、体温は急上昇するようだった。


君を想いめし、茜色の帰り道。

君を想い、染めし頬の熱き血潮よ。


 ぼぅっとしている私を置いてさっさと先を行く君を追いかけて、私はゆっくりと歩き出した。

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想い初めし 百合珠紀 @junelily

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