龍ヲ送ル
瑞崎はる
第1話 旱と姉妹
「どうして…」
睨みつけるように空を見上げると、
…期待を込めて。
しかし、今日も白々と明けていく空の彼方に、消え入りそうに透き通った雲が見えるだけだ。あんな薄っぺらい貧弱な雲では、とても雨など呼べない。
来たる夏に向けて熱度がさらに上昇する一方で、水不足を解消させる雨が降らない。天巫女の住む山中の社から村人の住む地表に目を移すと強すぎる天日のせいで、本来ならば青々とした田や畑であるはずの場所は白茶けて乾燥し、ひび割れた大地が広がっていた。
「
「お姉ちゃん…」
声を掛けられたので振り向くと、十八歳になったばかりの姉巫女、
「ミシャクジ様は私たちをお見捨てになったの?」
朱羽が問うと、明里は細い首を
「…そんなことはないわ。私たちはちゃんとお
「でも…」
天巫女の二人がお仕えしている【ミシャクジ様】は、
―――――
―――――川の神である龍は水を司る。
龍神は雨を御す。
龍仙は川を御す。
龍は人語を解す。
明里は川の化身である龍神様をお慰めし、朱羽は神であるミシャクジ様の声を聴く。朱羽たちはミシャクジ様と龍神様を信仰上で厳密に分けてはいない。龍は川に。川は山に。山はミシャクジ様に帰属する。
先の天巫女である
「うまく言えないけど…ミシャクジ様は前と違うような気がする」
「どう変わったの?」
「濁ってる。狂ってるのかな…」
どう言えばいいのだろう。はっきり自覚のないまま、少しずつ浸食されるような、内側から腐敗していくような気味の悪い感覚。
…『ホアアァ』、『ナアァン』、『アァアァ』
ミシャクジ様は言葉が不明瞭になり、最近では意味をなさない赤子のような喃語が目立つ。今ではもう何を言っているのかわからない。あまり
「お姉ちゃんは龍と会ってるんでしょう?龍は変わりないの?」
「わ、わからないわ。御役目の時、私は大抵眠っているから龍神様を見たことは…ないのよ…」
…嘘。
無言のまま姉を見つめていると、姉の整った青白い顔は曇り、言葉少なになり、
…私には言えないこと? 言いたくないこと?
どちらにせよ、朱羽はこれ以上姉を苦しませるつもりはなく、姉の御役目についての言及は諦めた。代わりに違うことを告げる。
「私、
「川に…?」
朱羽は「うん」と、首を縦に振った。山を
「大丈夫?」
「危なくはないと思う。でも、ミシャクジ様が機嫌を損ねそうならすぐ帰るから」
「約束よ。朱羽がいなくなったら、私は独りになってしまう。龍神様より、ミシャクジ様より、村よりも人よりも、私には朱羽の方がずっと大事なの」
「うん。わかってる」
二人きりの姉妹で身を寄せ合って生きてきた。神であるミシャクジ様は
…私が明里を守らなくちゃ。
朱羽もまた、姉のことが誰よりも何よりも大切だった。
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