昼休みの喧騒の中、真一は健太とその友人たちと過ごしていた。ふと、友人の隆が「聞いたぜ健太、もう生えてんだって?」と口にした。健太は少しも恥ずかしがる様子を見せず、微笑みを浮かべて頷いた。そして、手を広げて「ああ、バーっとさ」と付け加えた。


 翔が興味津々に「どんな感じ?」と尋ねると、健太は「もう結構濃いぜ、こんな風にさ」と手で示した。その無邪気な様子に、周囲の友人たちは笑い合った。


 翔が冗談めかして「見せてみろよー」と言いながら、ズボンの中に手を滑らせる仕草を見せたが、健太はむしろそれを受け入れるように体を傾けて目を瞑った。驚いた翔はすぐに手を引っ込め、笑いながら健太の胸を軽く叩いた。その光景に周囲の男子たちも笑い声を上げ、その時、目を開いた健太と真一の目が合った。


 その瞬間、真一の胸は今までにないほど激しく鼓動を始めた。今まで性的な話題に忌避感を抱いていた真一だったが、この時ばかりはその刺激的な光景に胸の高鳴りを抑えることができなかったのだ。健太の無頓着な態度と友人たちの無邪気な反応が、真一の心に複雑な感情を呼び起こす。健太の言葉と動作の一つ一つが真一の心に響き、その率直さと無垢さに対する尊敬と羨望が混じり合い、出来上がった特別なものが彼の心の奥深くに染み渡っていった。


 真一はその時の健太の顔をこの先何度も思い出し続けた。


 この日の午後、体育の授業で、真一と健太は同じチームに組み込まれた。バスケットボールの試合が始まり、健太の動きはすばしっこく、真一もその熱意に引っ張られるようにしてプレイに集中していた。


 試合の途中、真一がボールを持ち、ゴールに向かってドリブルを始めた。しかし、敵チームのディフェンスが迫り、行き詰まってしまう。そんな時、健太が素早く駆け寄り、「こっちだ!」と声をかけてくれた。


 真一は健太にパスを渡し、その瞬間、健太が華麗なシュートを決めた。ゴールが決まると、健太は笑顔で真一の方を振り向き、「ナイスパス!」と言いながら手を挙げて、ハイタッチを求めた。


 真一も手を挙げてハイタッチを返したが、その瞬間、健太の手が真一の手を強く握り、「次も頼むぜ!」と力強く言った。その手の感触と、健太のまっすぐな視線に、真一の心はドキドキと高鳴った。


 試合が終わり、休憩時間に入ると、健太が真一に水筒を渡しながら「いい動きしてたな、真一。次も一緒に頑張ろうぜ」と言った。真一はその言葉にこの上ない嬉しさを感じた。


 授業が終わり、真一は更衣室で着替えながら、健太の姿をちらりと見た。健太は友人たちと笑いながら話しており、その無邪気な笑顔に真一の心はさらに揺れ動いた。


 教室に戻る途中、真一は健太に「ありがとう、今日の試合楽しかった」と声をかけた。健太は振り返り、笑顔で「こっちこそ、ありがとうな」と返した。その瞬間、真一の心に初恋のような感情が確かに芽生えた。恋というものが、如何に偶発的で、いつ誰に対してその感情が向かうのか全く予測できないものであることを、真一は痛感した。健太の笑顔は、まるで新たな扉を開く鍵のように、真一の心の奥深くに響き渡った。その予期せぬ感情の芽生えに戸惑いながらも、真一はその特別な瞬間を心の奥底でしっかりと受け止めた。


 ──ある朝目を覚ますと、トタが顔の上にいた。息苦しさと首の痛みが同時に襲い掛かるが、その重みと温もりは奇妙な安らぎをもたらしていた。真一はそっとトタを持ち上げ、胸の上に置いた。トタは無邪気な瞳で真一を見つめ、鼻先を舐めてきた。真一は微笑みながら、その小さな体を布団で優しく包み込んだ。


 しかし、その瞬間、トタは急に立ち上がり、布団の中から飛び出した。真一に一瞥をくれると、意気揚々と尻尾を振りながら部屋の外へと歩み去った。トタの軽やかな足音が遠ざかるのを聞きながら、真一はその後に残る温もりを感じた。冬という季節が、こんなにも暖かく感じられるなんて、と思わず微笑んだ。


 部屋の中は静まり返り、外の世界の冷たい空気が窓から微かに入り込んでくる。しかし、トタの温もりはまだ真一の胸に残っていた。彼は布団を抱き寄せ、トタの残した温かさを感じながら再び横になった。瞼が徐々に重くなり、再びうたた寝の中に沈み込んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る