シーン9 ~シン・ハンニンの秘密~
外が、うっすらと白み始めた。夜が明けたのだ。しかし依然として、雨は降り続いていた。
事件の謎は、深まるばかりだった。
犯人は、誰なのか? なぜ、二人が殺されなければならなかったのか? 怨恨なのか、それとも何か別の理由なのか?
そしてなぜ、二人とも遺体のそばに、トランプのカードが置いてあったのか?
ツギノーギ氏の部屋のドアに、鍵がかかっていたのも不思議な点だった。遺体発見後、部屋の中をくまなく探したが、他に誰も見つからなかった。窓もあったが、内側から鍵がかかっていた。
これらの情報を総合すると、何者かがツギノーギ氏を殺害した後、煙のように消えてしまった、、、ということになる。
「ーー密室殺人事件、といって良いだろうな、これは。」
メイタンテーヌが、満足そうにつぶやいた。
「なんか、探偵っぽい事件に関われて、嬉しそうですねメイタンテーヌさん」
「不謹慎なことを言うな、フラグミール君。嬉しいなんて感情は、断じてない」
「最初の被害者であるスグシヌンジャナイ氏が発見されたときも、ドアを壊しましたよね。鍵がかかった部屋での殺人ですから、あれも、分類上は『密室殺人』ということになりますか?」
「あれはだめだ、違う」
メイタンテーヌが、まゆをひそめて即答した。
「ドアを壊した後、停電があった。真っ暗な中で、犯人がこっそり逃げ出したのかもしれない。だから、あれは密室殺人事件とはいえない。ノーカウントだ。しかしこれは、」
メイタンテーヌが、うむうむと頷きながら、前髪を人差し指でかきあげて繰り返した。
「完全なる密室殺人事件、、、!」
「犯人は誰ですかね? やはりフメイナル氏があやしいですか?」
「というか、もうそれ以外なくなってきたね。可能性的には」
メイタンテーヌが、少し残念そうに言った。
「推理するまでもない。だって、大広間にはツギノーギさん以外の全員がいた。悲鳴を聞いた瞬間、大広間にいた人間はアリバイが成立している。物理的に、あの部屋で殺人をすませて、数秒で大広間に移動するなんてのは不可能だ」
「なんか、時間差トリックとかじゃないんですか? 『実は死亡時刻が違う』、みたいな」
フラグミールが、特に深く考えずに、今思いついたという口調で言った。
「たとえばですね、悲鳴だけ、事前に録音しておくんです。それで、被害者が悲鳴をあげないよう、口をふさいで殺害する。その後、自分は何食わぬ顔で大広間に戻り、、、何らかの方法で、『悲鳴の音声』を再生して全員に聞かせるわけです。あとは、皆と同じように驚いたふりをして、一緒に行動するという」
メイタンテーヌはハッと目を見開き、そんな方法が! という表情をした。しかし、すぐに普段の表情に戻って、言った。
「あー、はいはい、、、なるほどそのパターンね? 私も考えたさー、、、そのぐらい。しかし、音声を再生できそうな機材は、あの部屋では確認できなかったな、、、。たぶん、、、。」
「本当ですか? 適当に言ってません?」
「何を言うか! そんな簡単なトリックじゃあ、世間が納得しないからな! あと、密室のトリックもあるからね! それを解決しないと、名推理とは言えないからな!」
「はいはい、分かりました。それにしても、皆さん、朝食がのどを通らないみたいですね、、、」
フラグミールは、大広間を見渡して言った。
屋敷の使用人が簡単な朝食を用意して、大きなテーブルに並べてくれていた。しかし、完食しているものは少なく、中にはイロケスゴイ夫人のように、ほとんど手をつけていないものもいた。
「無理もない、連続殺人事件の現場に居合わせたのだから、、、。こんな状況で普通にふるまっていたり、あるいは無防備に外出したりする人間がいたら、神経がおかしい。もしそんなやつがいたら、そいつこそが真犯人だ。」
その理屈でいうと、とフラグミールは思った。
全然、普段通り会話できている人間が、私の目の前にいるけどな、、、。
「あれ、シン・ハンニン神父がいないですね?」
「本当だ、どこに行ったのかな。」
メイタンテーヌは、きょろきょろと辺りを見渡した。
「まあ、どうせトイレとかなんかだろう。すぐ戻って来られるさ、きっと」
~~~
シン・ハンニン神父は少し小降りになった雨の中を、傘をさして歩いていた。
連続殺人事件があったというのに、気にするそぶりもなく、屋敷の外を歩いている。何かよほど気になることがあるのか、一目散に目的地に向かっていた。やがて、教会のそばにある小さな倉庫のような建物にたどり着くと、そこからガサゴソと、何かを取り出した。
それは、少し大きな段ボール箱だった。どうやら、雨に濡れないように、ここにしまっておいたようだ。
シン・ハンニン神父はそっと中を確認すると、満足そうな笑みを浮かべた。それから胸で十字を切り、なにごとか呟きはじめる。
「『3つの魂』の救済、、、! おお、神よ、、、かわいそうに、今移動してあげましょう。」
その顔には、不気味なまでの笑顔が貼りついている。
それから、事前に用意してきたのだろう、白いカードのようなものを胸元から取り出すと、そっと箱の中に入れた。
「さあ、これを一緒に添えておきましょうか、、、見つけたものが、はたしてどのような反応をするのか、、、」
にやり、と笑ったように見えた。
「おお神よ、これで良いのでしょうか? どうかご加護を、、、」
それからシン・ハンニン神父は、段ボールの中に入ったそれを、とても大事そうにそっと、両手で持ち上げた。
それから目の高さまで持ってくると、、、いとおしそうに、それに接吻をした。
神父が一体何をしているのか、そして段ボール箱の中身は何なのか。降りしきる雨だけが、はっきりとそれを目撃していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます