シーン5 ~事件発生~
「おい、マヨエルホー君、起きろ、そろそろおいとましようじゃないか」
メイタンテーヌはうっすら目を開けた。頭がガンガンする。
視界に映ったのは、まんまるな顔と、頭部にちょこんとホイップクリームのように乗った髪の毛。ボンクラー警部補が、上からのぞき込んでいる。
「うう、、、飲みすぎた。。。気持ち悪い、、、」
「たったの、ワイン二杯じゃないですか。あなた、どんだけ酒に弱いんですか。」
横からフラグミールが、あきれた声で言う。
「君には分かるまい、、、こういう賑やかな場所だと、ついお酒を飲みたくなる。しかし飲めば、アルコール分解が追い付かない、、、。それが私の、、、体質。。。」
「どうでもいいですから、起きて下さい。ほら、冷たい水でも飲んで。パーティのお客もかなり減ってますよ、我々も帰りましょう」
話していると、赤いドレスのイロケスゴイ夫人が、少し慌てた様子でやってきた。
「あの、すいません、、、。主人を見ませんでしたか?」
「いや? お見かけしませんな。いらっしゃらないのですか?」
ボンクラー警部補が丁寧に答えた。夫人の表情が曇る。
「ここにも来ていませんか、、、実は、少し前からずっと姿が見当たらないのです。この雨ですから、さすがに外には行っていないと思うのですが、、、屋敷の中の、あちこち探してもいなくて。」
「それは心配ですな。我々も少し、一緒に探してみましょうか」
「いえ、そんなお手数をかけるわけには、、、」
そう言いかけたイロケスゴイ夫人は、口をつぐんだ。やはり思い直したようだ。
「でも、ご厚意に甘えた方がいいかもしれません。この屋敷、増築したこともあって、なにしろ広くて。一緒に探してもらえると、とても助かります」
美女の頼みとあれば、聞かないわけにはいかない。ボンクラー警部補と、フラグミールが歩き出した。冷水を飲んで少し落ち着いたメイタンテーヌも、よろよろと後に続いた。
見ると、玄関の方に向かって黒い衣服のシン・ハンニン神父が歩いていく。
「神父様! お帰りですか?」
イロケスゴイ夫人が声をかける。
「ああ、これはこれはご婦人。本日は大変すばらしいパーティに読んで頂きまして、ありがとうございました。今から帰るところでした。」
相変わらずの笑顔だ。この神父は、これ以外の表情を見せることがあるんだろうか、と思わせる完璧なスマイル。メイタンテーヌ達に気づくと、おや、昼にお会いした方々ですね、といって愛想よく会釈をした。
「実は、主人の姿が見当たらないのですが、神父様はどこかで見かけませんでしたか?」
夫人が心配そうにたずねると、シン・ハンニン神父は思い当たることがあったらしく、そういえば、と話し始めた。
「ちょっと前に、そこの廊下で客人と話し込まれていましたよ。確か、客人の名前はフメイナルとおっしゃったような、、、」
その名前を聞いて、メイタンテーヌはピクリと反応した。あの初老の老人、ユクエ・フメイナルか。
スグシヌンジャナイ・コヤーツと話し込んでいたとすると、古くからの知り合い、という主張は本当だったと見える。フメイナルの前歯のない顔と、「まとまった金が入る見込みだ」という言葉が記憶によみがえる。
「それで、しばらくしてから二人して、屋敷の階段を上って行かれたと思います。」
「二階に?」
不思議そうにイロケスゴイ夫人は言った。
「今日のパーティは基本的に、一階でお客様をおもてなしするはずで、、、二階は特に、パーティの準備をしていないのに、、、」
不意に、ピカッと稲妻が光った。
一瞬の後、ドーンと雷が屋敷に鳴り響いた。キャッとフラグミールが小さく悲鳴を上げる。
「どうしましょう、なぜか分からないのですが、いやな予感がします。警部補さん、ついてきて下さいますか?」
もちろんです、とボンクラー警部補は分厚い胸を叩いてみせた。ガタイがいいから、こういう時は頼りになる。シン・ハンニン神父も一緒に探そうと申し出て、一行は5人になった。
二階はいくつもの小部屋に分かれていた。トイレやシャワールームもある。順番に見て回るが、どこにもスグシヌンジャナイの姿は見当たらなかった。
ただし、一つだけ鍵がかけられた扉があった。ガチャガチャとドアノブを回すが、あかない。
「あなた? そこにいるの、返事して?」
イロケスゴイ夫人が扉の向こうに話しかける。ぞろぞろとついてきた4人も、そこで立ち止まって様子をうかがった。
コンコン、とノックを続けていると、それに呼応するかのように、ドスン、と何かが倒れる音がした。
「今、扉の向こうで何か音がしませんでした?」
フラグミールがまゆをひそめて言った。
「うむ、私にも聞こえた、部屋の中に、スグシヌンジャナイ氏でなくとも、誰かいるようだ」
ボンクラー警部補が、警戒した声をあげる。
「すぐに返事をしないところを見ると、、、我々に見つかってはまずい人物なのか。。。今日はパーティで多くの人間が出入りしているから、どさくさに紛れて、賊が忍び込んだ可能性も、ないではない」
その言葉を聞いて、周囲にさっと緊張感が走る。
「もしかして、この屋敷に泥棒が入り込んでいるというんですか? それじゃあ、夫はその泥棒と一緒にいると、、、?」
「あくまで、可能性の話ですよ、ご婦人」
ボンクラー警部補が、緊張した表情を崩さずに言う。それから声を張り上げて、言った。
「おーい! 中に誰かいるのか! いるなら返事をしなさい!」
その時だった。扉の下、床との隙間から赤色の液体がゆっくりと一筋、流れ出てきた。ぎょっとする一行の足元を、ゆっくりと液体がつたっていく。
「な、なんだこれは、、、? もしかして、血?」
メイタンテーヌがつぶやくと、皆気味悪そうに液体から遠ざかった。イロケスゴイ夫人はいまや、不安が高まって泣き出しそうだ。
「確かに、人間の血液のように見える。ご婦人! これはただごとではない、この扉を壊して中に入ってもよいですか!」
ボンクラー警部補が緊迫感のある声を出すと、夫人は青ざめた顔で、コク、コクとうなずいた。
「それではこの扉を壊しますぞ! 失礼、そこをあけて!」
助走をつけると、ボンクラー警部補はガタイのよい体をどしん、と扉にぶつけた。木製のドアは、ドアノブのところがひしゃげてガタガタになった。
「もう一押し! それ!」
ドカーンと体当たりをすると、見事ドアは破壊され、入れるようになった。ボンクラー警部補を先頭に、男性陣が慎重に部屋の中に踏み込む。照明は消えており、窓からかすかに月明かりが差し込むばかりだった。
「あなた、、、?」
暗がりの中で、誰かが倒れているように見える。
その隣の黒い台の上には、何かが乗っているようだ。それが何なのか、、、少しずつ近づいて、正体を確かめようとしたとき、またもピカッと稲妻が光り、室内を照らした。
「キャアアアアア!!」
ドーン、と遅れた雷鳴が轟く。
雷の光で、全員がはっきりと見てしまったのだ。
仰向けに倒れているのは、首のない、タキシードを着た遺体。
そして台の上に乗っているのは、、、スグシヌンジャナイ氏の首だった。
土気色をして、目をつぶっているーー切断された生首だ。
悲鳴をあげたイロケスゴイ夫人は、ふうと体の力が抜けたようでひざから崩れ落ちた。気を失ったようだ。慌ててメイタンテーヌが受け止める。
「ここここ、これは」
ボンクラー警部補が、あからさまに動揺していった。
「みみみみみなさん、あああ、慌てないで下さい」
本人が一番、慌てている。
フラグミールも、真っ青だ。これまでののどかな展開を裏切る、突然のハードボイルドな展開に、感情が追い着かない。
どうかしましたか、と階段の下から声がする。騒ぎを聞きつけて、二三人の大人がこちらに向かっているようだ。
メイタンテーヌは素早く、辺りに目を配った。ミスリード氏が階段を上って、頭をひょいとこちらに向けたのが見えた。
「大変なんです、、、! 人が死んでいるかも」
メイタンテーヌが首をひねって、ミスリード氏に言った、その瞬間だった。
ウイーンと音がして、カーテンが自動で動き出し、窓を覆いはじめた。
「なんだ、なんだ?」
次の瞬間、パッと、灯りが消えた。
部屋の中も、廊下も真っ暗だ。屋敷全体の灯りが消えたらしい。視界が一面、漆黒の闇へと変わる。
「キャー!」
フラグミールが、そばにいたメイタンテーヌにしがみついた。
誰がどこにいるのか、よく見えない。
「危ない! 皆さん、動いちゃダメだ。賊が、、、賊がいるのかもしれない! 攻撃されないように、固まって!」
ドタドタ、ゴソゴソと暗闇で人が動く気配がするが、誰がどういう場所にいるかよく分からない。
緊張感漂う中、次に何が起こるのかと、全員が息をひそめた。神経が研ぎ澄まされ、一人一人の呼吸が聞こえるようだ。
「くそ、ブレーカーが落ちたのか? それとも誰かが、意図的に電気を切ったのか。。。」
ボンクラー警部補が、闇の中でうめく。
そのまま2分、、、3分が経過したかと思われたとき、、、
ぱっと灯りがついた。
すぐに皆、周りを見回して状況を把握しようと努める。
攻撃されたり、傷を負ったりしている人間はない。ボンクラー警部補、失神しているイロケスゴイ夫人、メイタンテーヌとそれにくっついているフラグミール。それから、シン・ハンニン神父とミスリード氏。もう一人、先ほど階段を上がってきたのだろう、見慣れない銀髪の男性もいた。
「皆さん、お怪我はないですか?」
かがみこんでいたボンクラー警部補が、慎重に立ち上がりながらいった。
「あっ、あれは!」
フラグミールが、指をさす方を皆が眺めた。
部屋の中の黒い台。先ほどまで、スグシヌンジャナイ氏の生首がおいてあった場所にーー
何もなかった。首が、忽然と消えている。
その代わりに、何かカードが一枚、置いてあった。ボンクラー警部補が、ゆっくり近づいて、それを手に取る。
「くそ、なんだこれは」
それは、トランプのカードだった。ハートのエース。
先ほどまで首があった台に、入れ替わるようにして置かれた、少し血に汚れたハートのエース。それは、まるで殺人犯が残していった、名刺のようにも思われた。
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