シーン4 ~パーティ会場~

陽が落ちる頃には、降りしきる雨が島全体の家の屋根を叩いた。


しかし島の中心部にある豪邸は、そんなことはものともせず、きらびやかな電飾で飾られ、明るい音楽と共にパーティの華やかな雰囲気をまき散らしていた。


メイタンテーヌ達は傘をたたんで雨のしずくをはらうと、入り口で受付をすませた。まず屋敷の主人に挨拶をしたい、と伝えると、三人は多くの来客に囲まれたタキシード姿の紳士のところに案内された。


屋敷の主、スクシヌンジャナイ・コヤーツだ。


「いやあ、旅の方。よく来てくれました!」


大げさな身ぶりと、大きな声、それにぎょろりとした目が特徴的な人物だ。年齢は40代後半か、50代にさしかかっているだろうか。髪には、だいぶ白いものが目立つ。少しお酒も入っているのだろう、すこぶる上機嫌だった。


「今日のパーティは、誰でも大歓迎です。こういうことは、にぎやかにやりたい性分なんでね。食事もささやかながら用意したので、遠慮せず召し上がって下さい。あそこにいるのが、うちの妻です、、、おーい! ちょっとこっちきて挨拶しろよ!」


呼ばれてやってきたのは、胸元がばっくりとあいた赤いドレスを着た、派手な美人だった。身長はすらりと高い。10センチ近いヒールを履いていることもあって、170センチ程度の男性なら背丈で上回っている。


「どうもはじめまして。イロケスゴイ・コヤーツです。本日は、楽しんでいってくださいね」


年齢はまだ20代後半か、30代前半ぐらいではないかと思われた。随分と、年の離れた夫婦だ。


ひとしきり挨拶をして、二人が去ったあと、フラグミールはメイタンテーヌをひじでつつきながら、押し殺した声で言った。


「なんという色気、、、見ましたか、あの奥さんの胸の谷間! 男なら、絶対見ちゃうんじゃないですか!?」


「うむ、確かにフラグミール君の言う通り、色気がスゴイ」


メイタンテーヌが、キリリとした表情を作って言った。若干、鼻の下が伸びている。


「普通の男性なら、チャンスがあればお近づきになりたいと思うだろう。ミスリード氏がどんな人間か知らないが、不倫の誘惑にかられたとしても、不思議ではない」


隣にいたボンクラー警部補は、会場を見渡しながら、感心したように声をあげた。


「それにしても、ここの主人は随分と気前がいいようだな、、、! 見たまえ、マヨエルホー君。食べ放題の食事が、あんなに用意されている」


大広間には、ビュッフェ形式でローストビーフやら、フルーツやらがテーブルに並べられていた。来客たちはそれらを皿にとって、数人ずつで固まって談笑している。


「ちょっと、めぼしい食べ物をゲットしてきます!」


フラグミールが張り切って、小走りでビュッフェコーナーに近づいていった。メイタンテーヌも後を追うように歩きながら、ミスリードらしき人物がいないか周囲を観察した。


こじゃれた食べ物を何品か、皿に乗せると、少し空いたスペースに移動する。見ると、周囲の喧騒とは距離をおくように、初老の男性が立っているのが見えた。皆それなりに、パーティらしい衣装を着てめかしこんでいるのに、この男性だけは襟のないよれよれの丸首シャツと、作業服のようなズボンといったいでたちだ。


「、、、どうも。」


メイタンテーヌが、軽く会釈をして隣に陣取る。初老の男性は、話し相手ができたと思ったのか、顔をすこしゆがめて笑顔を作ってみせた。


「兄ちゃんは、この島に観光に来たのかい。」


「そ、そうですね、、、。仕事半分、観光半分、みたいな感じなんですが。」


一口サイズの生ハムメロンをほおばりながら、メイタンテーヌはもごもごと、あいまいな返事をする。初対面の男と、どこまで踏み込んだコミュニケーションをとるのか考えているようだ。しかしそんな様子にはおかまいなしといった感じで、初老の男性は問わず語りに、身の上を話し始めた。


「わしはね、これまであちこちの町を移動しながら暮らしてきた。しかし貯金もだいぶ減ってしまって、どうしようかと思っておった。。。そんな中、ちょっとした過去の縁で、このパーティに参加することにしたんだ。ほれ、あそこにいるスグシヌンジャナイ・コヤーツ。あいつに会いに来たんだよ。」


「そうなんですか、、、古くからの、お知り合いですか?」


ふん、と男は笑った。前歯の一本がない。その顔には、どこか侮蔑の表情が漂っていた。


「あいつのことは、昔から、よく知っている。前は何をしていたかとか、色々と、な」


ーーユクエ・フメイナル、とその初老の男性は名乗った。面と向かってしゃべると、男にはどこか、相手の感情をざわつかせるような不気味な雰囲気があった。


「この島を出る頃にはな、、、まとまった金が入る見込みだ。そうしたら、その金を持って故郷にでも帰ろうかと思ってな。人間、やっぱり人生の後半になると、ふるさとが懐かしくなるもんだな。なあ、兄ちゃん」


このフメイナルという男は、なぜ、まとまったお金が入るのだろうか? 富豪であるスグシヌンジャナイ氏から、何かお金をもらえるとでも言うのだろうか。メイタンテーヌは頭を回転させながら、話を聞いていた。


どこかしら、引っかかるものの言い方をする人物だ。まるで、何かをたくらんでいるのかのような。しかしそれを隠すではなく、少し得意げに、初対面の人間にひけらかすようなところがある。


メイタンテーヌが居心地の悪い思いを感じ始めたとき、向こうからフラグミールが、小走りでやってくるのが見えた。


「あの、メイタンテーヌさん、、、! ちょっとこっちへ」


これはいいタイミングだと思い、メイタンテーヌは会釈をすると、フメイナルのそばを離れた。歩きながら、どうしたのかとフラグミールに尋ねる。


「ほら、見て下さい、あれがミスリード氏ですよ! あのイケメン」


見ると黒髪をぴったりとポマードでなでつけた、スーツ姿の紳士が見えた。彫りの深い顔立ちで、りりしい眉毛の下に黒目がちな瞳が光っている。一昔前の銀幕のスターがそのまま、日常生活に現れたような華やかさがあった。その隣には、すらりとした赤いドレスの美女ーーイロケスゴイ夫人だ。何事か、楽しそうに話し込んでいる。


「あの二人、画になりますねえ。」


フラグミールが感心したように言う。


「どうだろう、不倫している男女ならではの、ただならぬ感じがあるだろうか。女性のフラグミール君から見て、どう思う」


メイタンテーヌが尋ねると、若い助手は牛乳瓶の底のようなメガネをくい、と中指で押し上げていった。


「確かに、あやしい感じはします。これはなんというか、女の勘ですが、、、『何か秘密を共有しあった同士』というような雰囲気がありますね」


なるほど、そんなものか、、、とメイタンテーヌはミスリード氏を遠巻きに眺めた。屈託のない、さわやかな笑顔だ。しかしそれは、色男が女性を口説くためというよりは、どこか「共通の趣味を持つ親しい仲間」に向けられた表情のようにも感じられた。


外で風がざわめきはじめた。


雨は強くなる一方で、やがて嵐になるようだった。

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