1-5 決意も新たに

   §


 アマルとセオドアが手合わせをした、その翌日。

 再びアマルはセオドアの執務室を訪れた。

 今度は部屋の主であるセオドア以外に、エドワードと数人の騎士団員が集まっていた。アマルの到着と共に、大陸地図がローテーブルに広げられる。

 地図を取り囲んだところで、遠征会議がはじまった。


 地図の中央にはいびつな形をした大陸が描かれている。

 大まかに分けると、北側にクラド王国、南側に皇国サニア。その他、複数の小国。

 中央には大陸を象徴する神域の森が広がっている。


「周知の通り、神域の森のどこかに聖樹があると言われています」

「探し出そうと足を踏み入れた者は二度と帰ってこないって言われてもいるな」


 エドワードが珍しく神妙な面持ちで補足する。


「しかし眠り病の原因を突き止めるには、聖樹へ辿り着くことが不可欠です」


 セオドアが、アマルへ向かって頭を下げた。


「アマル様。危険な提案だというのに、快諾してくださって感謝します」

「当然のことだよ。あたしは竜巫女なんだから」


 遠征にあたって、さまざまなルールが確認されていく。

 アマルはセオドアの馬に乗るということ。そして、ふたりを守るような隊列を形成して進んで行くこと。

 調査期限は七日間とすること。これは、食糧にも限界があるためだ。


「聖剣と竜巫女がいれば、きっと聖樹も正しい道へ導いてくれると信じています」


 セオドアの言葉をもって、会議は終了した。

 決意も新たにアマルは廊下を歩く。心なしか、歩幅も大きくなっていた。


(あたしはあたしの役割を果たす。必ず、聖樹へと辿り着いてみせるんだ……!)


「アマル様!」


 そんなアマルの思考を、大声が遮った。立ち止まって振り返ると、先ほど執務室にいた内のひとりが駆け寄ってきた。アマルは、セオドアから彼について最も若い団員だと説明を受けたことを思い出す。


「どうした?」

「呼び止めてしまいすみません。改めて、僕の名前はロンといいます。実は祖母が皇国サニアの出身で、もっとサニアの話を聞きたいと思って、その……」


 ロンが口をもごもごさせた。心なしか、視線も泳いでいる。緊張しているようだ。


「もしよかったら」

「何をしているんですか?」


 ロンの言葉を遮ったのはセオドアだった。

 セオドアとエドワードもまた、執務室から出てきたところだった。セオドアはロンを一瞥すると静かに言った。


「すみません! 鍛錬に行ってきます!!」


 さっきまで赤かったはずのロンの顔色は一気に青くなり、逃げるように去って行く。

 一方、目を丸くした後、笑いをかみ殺すのはエドワードだった。


「お、おい。マジかよ……」

「エドワード。一体どうしたんだ?」


 セオドアとは対照的なエドワードの挙動が理解できないアマルは心底不安になって尋ねる。

 やがて何かを我慢できなくなったのか、エドワードは涙を流して笑い出した。


「いや、傑作だ。傑作だよこれは!」

「エド」

「ごめんってテディ。後はやっとくから」

「本当に、ですか? 任せましたよ?」

「おう。俺に任せとけ」


 何かを言いたそうにしながら、セオドアは去って行った。

 廊下に残されたのはアマルとエドワードだ。ひとしきり笑った後、満足した様子でエドワードが涙を拭う。


「はー、面白かった。ごめんごめん。あいつがあんな風に感情を出すなんて何年ぶりだろうな」


(感情? 今の、どこが?)


 アマルは首を傾げて、そのまま考えを巡らす。


(あぁ、つまり、業務時間に私用で竜巫女へ話しかけるなってことか)


「真面目だよな、団長って」

「ん? まぁ、そうだな。若干、真面目を通り越して堅物なところもあるけれど。……立ち話もなんだし場所を移そうか。俺もちょうどアマル様に用事があったんだ」


   §


 今から妻を紹介したい、とエドワードは言った。

 突然のことにアマルは目を丸くする。


「エドワードって結婚してたのか」

「あれ? 言わなかったっけ? 器量がよくて、美人で、最高の妻なんだ!」


 エドワードの家に向かうことになったアマル。

 第五騎士団の施設から出て、ふたりは舗装された道を歩いていた。

 要塞都市も、高い壁に囲まれていなければ普通の町と変わりない景色なのだろう。今日も空は淡い青色で、薄曇り。快晴の方が珍しいクラド王国らしい天気だ。


「団長も?」

「いや、テディは独身。というより、微妙な立場にあるから、誰も婚姻を申し込めないのさ」

「微妙って?」

「セオドア・ロキューミラ殿。第三王子、それがあいつの正式な立場だ」


 突然飛び出した単語に、アマルは声を出せなかった。


(団長が王子様!? 言われてみれば、どことなく優雅な感じもする……けれど)


「母親は先の聖女様。心を病んで、塔から飛び降りた。俺たちが十歳になる前だった」

「……!」


 エドワードが立ち止まって目を閉じる。まるで鮮明に思い出せるとでも言わんばかりの態度だった。


「テディはそれをきっかけに幽閉されかけたが……俺の実家の力添えもあって回避できた。さらには聖剣を鞘から抜くことができたおかげで、日の当たる場所へと戻ってこられた。それでも風当たりがきつい訳じゃない。国王陛下はテディの扱い方に悩まれた挙句、第五騎士団ってやつを新設されたんだ」

「……そうだったのか」

「あいつの無表情は、色んなものから身を守るためでもあるのさ。きっと」


 いつの間にかふたりは一軒家の前に立っていた。

 要塞都市にありふれたとんがり屋根だが、明らかに他より背が高い。前庭には小さな果樹園が見えた。


「着いたよ。ここが俺の家」

「立派だ……」

「ははは。まぁ、俺も、それなりの爵位の持ち主だからさ」


 他人事のようにエドワードは答えた。果樹園の脇を通り扉を開ける。

 玄関ホールには使用人と思しき初老の、スーツ姿の男性が待ち構えていた。白髭をたくわえた様は、落ち着いた雰囲気を醸し出している。


「お帰りなさいませ」

「ただいま。竜巫女様を連れてきたよ」


 流れるような仕草で使用人がエドワードの上着を受け取った。それからアマルへ向かって頭を下げる。


「竜巫女様、初めまして。私は代々シーラス公爵家にお仕えしておりますジャンと申します」

「初めまして、ジャン。よろしく」


(なるほど。エドワードは公爵家の人間なのか。それなり、どころじゃないと思うけれど)


 アマルは敢えて追及しないでおく。

 そもそも王子であるセオドアと従兄弟だということは、でもある。


(それにしては気さくだよな)


 密かにアマルは感心する。

 それから屋敷の中を見渡した。

 ホールの奥には階段。シンプルな外観とは対照的に、屋敷の中は上品な豪奢さがある。広くなければ許されない造りだ。


「妻の部屋は二階にある」


 エドワードの声のトーンが、軽やかなものから一転して静かなものに変わる。

 家主に続いて、アマルは階段を昇った。

 階段に一番近い部屋の扉を、エドワードが軽くノックする。


「入るよ」


 そしてエドワードが案内した部屋には――彼の妻が、眠っていた。

 天蓋付きの純白のベッドの上、豊かな金髪がシーツに広がり煌めいている。

 ただ、その瞼はかたく閉ざされたまま。交差した両手の下、わずかに胸元は動いていた。


(まさか)


 アマルは部屋へ入れなかった。どうしてわざわざアマルを外に連れ出したのか、理由は明らかだった。

 エドワードはベッドの傍らに膝をつくと、妻の左手をそっと両手で包み込んだ。


「シンシア、今帰ったよ」

「……エドワードの奥さんって」


 エドワードは、アマルへ振り返りはしなかった。シンシアへ重ねた手へと自らの額を当てる。


「眠り病にかかっている。発症したのはひと月ほど前。俺が仕事から帰ってきたときには、既に目を覚まさなかった。何の前触れもなく……」


 エドワードの声がだんだんと掠れていく。


「祈ってやってくれないか? シンシアが目覚めるように」


 ためらいも忘れてアマルはシンシアに駆け寄る。

 シンシア。滑らかで陶器のような白い肌だ。人間として活動できていないのに、まったく衰えていない瑞々しさは、まるで時が止まったかのようだ。

 これが、クラド王国にはびこる、眠り病。

 サニアの干ばつとはまったく違うが、人々を苦しめるという点では同じだった。


 アマルは竜笛を懐から取り出して両手でぎゅっと握りしめる。

 かたく目を瞑って、声を出す。


「竜巫女アマルの名において誓う。必ず眠り病の原因を突き止めて目覚めさせてみせる」

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