偽者だと追放された竜乙女は隣国の騎士団長に溺愛される

shinobu | 偲 凪生

1-1 追放された竜巫女は隣国の騎士団長から助けられる

   §


 聖堂の高い天井から光が細く降り注いでいる。

 大小さまざまな色ガラスによって、光は色彩を生み出す。

 アマルは嘆息を漏らした。この光がすべて水であればどんなによかっただろう。しかし、そうではないために目の前の男は延々と喚いているのだ。


「この大嘘つきめ、恥を知れ!」


 一段高い祭壇上から叫び続けているのは、この国の第一皇子。

 肩上で揃えられた黒髪が優美さとはかけ離れた揺れ方をしているし、美しい切れ長の双眸は侮蔑に満ちた眼差しをアマルへ向けていた。


「聖竜を呼べないということは貴様は偽の竜巫女なのだ」


 恫喝が始まって随分と経つが勢いは衰えることがない。

 王子の左右に控える配下たちも、流石に渋い表情になってきている。だが、配下たちが後ろに立っているため、王子は気づいていなかった。


「どうして聖竜を呼べないのだ。言ってみろ」

「それは、あたしにも分からな――」

「分からないなら答えるな!」


 発言の機会を与えられたアマルを怒号が遮る。思わず、アマルは体をこわばらせた。

 アマルが竜巫女として王宮へ召し上げられてもうすぐ三年。これまで、呼べば応じて実りをもたらしてくれた聖竜が突如姿を現さなくなり、この国――皇国サニアはまるで天から見捨てられたかのように日照りが続いていた。


「もういい。偽者だというのは火を見るよりも明らかだ。今この場を以って、貴様を追放する!」


 何を言っても無駄だし、何かを言うことも許さない、かたくなな態度。

 アマルは数えきれない不満を飲み込むのと同時に、瞼を閉じた。


 ――そこからはあっという間。


 抵抗しないアマルを王子の配下たちが拘束して王宮から文字通り運び出すと、渇ききった市街地を突き抜けて、枯れかけた泉のほとりへ放り出した。彼らは、悪く思わないでくれよ、逆らえないんだ、という言い訳と共に、アマルを置き去りにしたのだった。

 やがて、彼らの姿は見えなくなった。

 アマルはひび割れかけた大地に仰向けになって寝ころび、四肢をめいっぱい広げる。

 頭上でひとつに束ねていた黒髪も地面に広がった。


 褐色の肌がよく映える白い衣装は風を通しやすいようゆったりとしたデザインになっている。一方で、手首と足首をなるべく露出しないよう布は金色の輪で留められていた。

 すべての輪には、竜巫女を象徴するように大ぶりの金剛石が輝いている。


 雲ひとつない快晴が、今はただただ恨めしい。


 アマルは首に提げていた、枝のような笛を取り出した。

 唇に押し当てて吹いてみる。軽やかな音。しかし、それだけ。


「なんで、来てくれないんだよ……」


 笛の音よりも大きく、言葉を吐いた。

 瑠璃色の瞳が僅かに潤む。涙を零す代わりに、もう一度、笛を吹いた。


「雨が降らないとみんな困るんだ。いくら気まぐれだからって、こんなに姿を見せないことはなかっただろう?!」


 ほんの少しだけ恨み節を乗せたひとりごと。

 しかし、二回も音を鳴らしたのがよくなかったのかもしれない。

 にわかに乱暴な砂埃が近づいてくる。アマルは上体を起こして、砂埃を待ち構えた。


「おいおい。誰かいると思ったら、若い女かよ」

「立派な宝石だな」

「宝石も女も高く売れそうだ。ここまで来てよかった」


 ……実に定型な追い剝ぎたちだ。

 全員、アマルと同じ褐色の肌に黒髪の持ち主。白い服も同じだったが、彼らの腕輪と足輪に宝飾はない。布靴は擦り切れてところどころ穴が開いている。


「悪く思うなよ。おれたちだって生きるのに必死なんだ」


 男たちはアマルが竜巫女だと知らないようだった。

 それも当然のことだろう。彼女が聖堂にいたときは、ずっとヴェールで顔を隠していたのだ。

 下卑た笑みを浮かべながら一人がアマルへ近づく。


 ――男の緩慢さをアマルは見逃さなかった。敢えて下から懐に入り、思い切り、頭を男の顎へとぶつける。


「いてぇーッ!」


 鈍い音と共に男が尻もちをついた。

 残りのふたりは、まさかアマルが攻撃してくるとは思わなかったようで、目を丸くして固まっている。アマルは一目散に走り出した。


「あっ、おい。待ちやがれっ」


 途中で靴が脱げてもアマルは走り続けた。高い位置で結んだ黒髪が荒々しく揺れる。

 とはいえ周囲に何もなく見晴らしのいい、砂漠一歩手前の荒れ地だ。あっという間に男たちに追いつかれそうになる。


(お願いだから、来て……ッ!)


 アマルは走りながら、もう一度、笛を吹いた。

 ピーッ!

 乾いた音が乾いた空気に響く。そしてアマルは立ち止まった。

 男たちもまた、つられるように立ち止まろうとして、前につんのめる。


「馬だ」


 男のひとりが見たままに呟いた。

 進行方向から、砂埃と共に何かが勢いよく近づいてくる。

 栗毛の馬に乗っていた人物は四人の前で馬を止まらせ、軽やかに地面へ降り立った。マントが風で舞い上がり、緩やかに元の位置へ戻る。


「己より弱い者から奪おうとする行為を見過ごすわけにはいきません」


 馬から降りた男が、静かに言い放った。

 あまり感情の乗っていない単調な口調でありながらも説得力が滲む声だった。 

 皇国サニアでは見かけない金色の髪は短く刈り上げられて、太い首が露わになっている。

 宝石のように透き通った蒼い瞳。きめの細かい白い肌。

 優美な色合いとは対照的に肩幅は広く、服の上からでも筋肉質だと分かる体躯をしている。そして、腰には立派な剣を佩いていた。


「な、なんだ、お前」

「私はクラド王国騎士団所属、セオドア・ロキューミラ。皇国サニアの者よ、略奪を諦めるというのであればこの場は未遂ということで見逃しましょう」

「はぁ……?」


 追いはぎ三人は顔を見合わせた。

 突如現れた隣国の騎士に戸惑っているのは明らかだった。皇国サニアの人間とは、まるで体躯が違う。馬で駆けてきたというのに、汗ひとつかいていなければ息も上がっていない。

 しかも、立っているだけで威圧感がある。

 かくいうアマルでさえ困惑していた。そもそも、隣国の人間を見たのが初めてだったのだ。


「くそっ」

「行くぞ」


 追いはぎたちはアマルを諦めたようだった。文字通り、すごすごと去って行く。


(……助かった……)


 アマルは胸を撫でおろした。

 聖竜は来なかったが、代わりに、隣国の騎士がアマルの窮地を救ってくれたのは紛れもない事実だった。


「あの、」

『団長!』


 アマルが口を開くのと同時に、白馬ともうひとり、騎士が現れた。

 やはり金髪に蒼い瞳の持ち主だが、セオドアよりはわずかに淡い色をしている。長い髪を後ろでひとつに束ねていた。そして、セオドアよりは表情がある。

 白馬の騎士はセオドアとアマルを交互に見遣って首を傾げた。


『やっと追いつきましたよ。一人で先に行くから何かと思えば』

『彼女が襲われていたから助けに入っただけです』


 騎士たちはクラド王国の言葉でやり取りを始めた。

 アマルも竜巫女として教育を受けたため、隣国の言葉はなんとなく理解できる。


『こんなところに? 女性が? ひとりで?』

『えぇ』


 セオドアがアマルへ体を向けたので、アマルは背筋を正した。


『助けてくれて、ありがとう』


 アマルはたどたどしい皇国サニア語で返す。

 騎士たちにとっては予想外だったようで、わずかに眉間に皺が寄った。


『……あなたは一体何者ですか?』

『団長。よくよく見れば腕輪の宝石が金剛石ダイヤモンドですよ。つまり、王宮関係』


 会話の意図を理解して、アマルは首から提げた木笛を掲げてみせた。


『あたしはアマル。竜巫女だ』

『へぇ! これがかの有名な竜笛?』

『エドワード』


 白馬の騎士が笑顔を見せる。

 アマルには、彼の笑顔の意図は理解できなかった。

 一方でセオドアは白馬の騎士を強く呼んで言葉を止めさせた。その口調から、アマルに対する警戒心を強めたことは明らかだった。


『竜巫女は皇国サニアの聖堂から出られないはずです。従者をつけずに、何故、このような僻地にいるのですか』


 アマルの背中につぅと汗が伝う。


(しまった。いま、聖竜を呼べないことは知られてはいけない)


『事情は言えないが、亡命したいんだ。クラド王国へ』


 亡命という単語を、なるべくはっきりとゆっくりと発した。

 再び、騎士たちは顔を見合わせる。


『今ここで聖竜を呼ぶことはできますか』


 セオドアがアマルへ問いかけた。


『それは……』


 アマルは唾を飲み込み、言葉を選ぶ。


『今はできない。聖竜を竜巫女あたしの存在証明のためだけに呼ぶことはできない。だけど、あたしは紛れもなく、竜巫女だ』

『……いいでしょう』


 ひゅぅ! とエドワードが口笛を吹いた。


『マジっすか。本物か分かんない竜巫女のサニア人を、王国へ連れて行くおつもりで?』

『嘘をついているようには見えません。それにもしかしたら、我々の目的に役立っていただけるかもしれませんから』


(目的……? 何なのかは分からないけれど、命拾いした)


 アマルは密かに安堵する。とりあえず、最悪の状況からは脱することができそうだ。

 騎士団の男たちが、アマルへ向かって挨拶をする。


『私は先ほども名乗りましたが、セオドア・ロキューミラ。クラド王国第五騎士団で長を務めています。こちらは部下のエドワード・シーラスです』

『宜しくっ!』


 エドワードが軽い調子で右手を挙げた。

 そして、変わらず淡々とした調子で、セオドアが告げる。


『竜巫女アマル。あなたを、我が国クラドへ、お連れしましょう』

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