第26話

 彼が立っている。

 崩れていく暗闇の中、彼を照らす黄昏の光。

 僕を引き寄せたのは彼だったのか。


「霧島さん」


 彼のリリスと同じ顔、あるはずのものが消えている。


「傷痕が……左目も」

「リリスが消したのだろう。僕にはもう……恐れるものはないのだから」


 消えていく白い光。

 彼の目に寂しさが宿る。


「暗闇の中見えた光。近づいていく中でリリスの声を聞いた」

「話せなかったですね……リリスと、何も」

「君と話すものが聞こえていた。それだけで充分だ」


 噛み締めるように彼は語った。

 僕が知り得ないリリスへの想い。


 壊れ消えた暗闇。

 黄昏の中、花の群れに沈んでいく妖魔だったもの。彼が見上げる空と僕達を包む冷たい風。

 夜の訪れはもうすぐだ。


「風が冷たい、屋敷に戻りませんか?」

「まだだ、見届けるものがある」

「何をですか?」

「リリスは言った、神の元へ向かうと」


 願いの象徴。

 妖魔と同化したリリスは、どんな姿になって天界に向かうのか。夢物語を終わらせる決意と願いの強さを表したもの。


「なんだと思いますか? 妖魔が姿を変えたものは」


 彼は答えずに空を見上げている。



 聞こえだしたもの。

 地響きと空に向け放たれる咆哮。現れたのは、鮮やかに光輝く白い龍だ。

 そして、僕達の前に現れた人影。


 白い髪と黒い衣。

 僕達を見る赤い目と黒い翼。

 空を舞う龍を追うように、彼は翼を羽ばたかせ姿を消した。


「リオン、黙っていなくなるなんて」

「もうひとりの僕が、リリスと共に旅立った。それだけのことだ」


 自身に言い聞かせるように彼は言った。

 空を染めだした夜の闇。


「何をしている。君はここで朝を待つつもりか?」

「そんな、霧島さんに引き止められたのに」

「誰が引き止めた。見届けると言っただけだ」  


 歩きだした彼を追う。

 温もりと寂しさに包まれたひと時。


 僕は……ずっと忘れない。








「貴音様っ‼︎ 都筑君‼︎」


 扉の前に立つ夢道さんを前に、彼は呆れたようにため息をつく。


「美結、いつからここにいた」

「決まってるじゃないですか。ふたりを見送ってからですよ」

「仕事はどうした。食事の準備、訪問者が何人いると思っている」

「先輩達ががんばってくれています。楽しみですね、都筑君。ご馳走がいっぱい用意されていますよ」

「空気を読めと何度言えばわかる」


 悪びれる様子もなく夢道さんは笑う。

 開かれた扉の先、明かりの眩しさに目を細めた。


「貴音様、私は先輩達に話したんです。雪斗様と集まるお友達。せっかくなので夕食は、私達も一緒に食べましょうと。反対されましたが、雪斗様が楽しみにしていた日です。思い出を作ろうと提案を」


 僕達の前を歩く夢道さんの声は弾んでいる。


「別れの寂しさを、私は誰よりも知っているつもりです。繰り返す私の命は、痛みを伴う記憶を持ち続けるから。だから作りたいんです、温かな思い出を」


 聞こえだしたざわめきと笑う声。

 夢道さんが足を止めたのは客室とは違う場所だ。


「夢道さん、ここは?」

「食堂です。貴音様と雪斗様が食事を」


 振り向いた夢道さんの声が途切れ、大きな目が見開かれていく。夢道さんが見るのは彼、眼帯も傷痕もない。


「どうした? 美結」


 彼の穏やかな声と微笑む夢道さん。

 ふたりに重なるリオンと絵梨奈。何があっても揺るがない繋がり。


「みんな集まっているようですね。さぁ、楽しい時間の始まりです」


 夢道さんがドアを開け、溢れ響くざわめき。並べられたいくつものテーブルの上、いっぱいの料理と飲み物。


 僕に気づいた三上が近づいてくる。

 笑い合う召使いの中、坂井親子に挟まれた霧島が見える。困ったように笑う霧島、坂井がよからぬことを吹き込んでるのか。

 飲み物を手に野田が話すのは柚葉さん。野田の奴、彼のことを聞きだそうとして必死なんだな。彼の名前は絵梨奈の死んだ弟と同じ、柚葉さんはどう説明するだろう。


 夢道さんに腕を引かれ歩く彼と、彼を見る召使い達。召使い達の口から漏れる言葉にならない声。

 眼帯と傷痕は何処に消えたのか。

 驚きはざわめきとなって食堂に広がっていく。


「もうっ。みんな驚きすぎですよ。困りましたね……貴音様が先輩達のお気に入りになってしまうかもしれません」


 夢道さんの横で彼は霧島を見つめている。気づいた坂井が霧島の背中を押した。


「よかった来てくれたんだ。貴音兄様? ……その顔」


 彼を前に霧島の顔に浮かぶ驚き。それを消したのは夢道さんが浮かべた笑み。


「いっぱい楽しもう。僕とみんなのために、召使いみんなががんばってくれたよ」

「霧島君、今夜はみんな泊まりでいいでしょ? 明日はみんな遅刻組、それでいいよね?」


 学級委員長らしくない坂井の提案は、霧島に弾けるような笑顔を呼び寄せた。


「終わったんだね、颯太君」


 三上が話しかけてきた。


「出来るだけのことはした。明日からはいつもどおりの」


 退屈で大切な日々が続く。


「怪我がなくてよかった、颯太君にも霧島さんにも」


 微笑む三上。 


 訪れる未来。

 三上の優しさが、僕の中を巡り満たされる時はいつだろう。満たされた優しさは、胸の高鳴りと共に……僕を彼女へといざなうだろうか。







 次章〈続く未来のモノガタリ〉

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