オモイデと黄昏のモノガタリ
月野璃子
オモイデ屋と少年
都筑颯太視点
第1話
土曜日の午後、学校帰りに歩く桜宮商店街。
向かうのは大学生の兄貴、
——いい所見つけたんだ。オモイデ屋っていう店なんだけど。
オモイデ屋。
妙な響きに父さんと母さんは顔を見合わせた。
僕と兄貴は人付き合いが苦手だ。
人見知りでも人間嫌いでもない。
だけどざわめきと笑顔に囲まれる中、
働きだしてから兄貴は変わった。
よく喋るようになったとか、積極的になったとか目に見える変化はない。だけど僕と
僕が小学生の頃。
雪が降った数日後、学校からの帰り道。
チビは公園の入り口で鳴いていた。
痩せた体と折れたうしろ足。チビを連れて帰った僕は両親に叱られた。住んでいるアパートは動物を飼っちゃいけなかったし、叱られるのはわかってたけどチビをほおっておけなかったんだ。
——父さんも母さんも落ち着いてよ。チビちゃん怪我してるじゃん。病院に連れてってあげようよ。寒い中チビちゃんがんばったよな。
泣いてる僕の頭を撫でながら兄貴が言ってくれたこと。父さんが大家さんに頼み込み飼うことになったチビ。兄貴はおやつをいっぱい買ってきたし、チビの世話をかかさなかった。チビは少ししか生きれなかったけど幸せだったと思う。
兄貴はいつしか人付き合いが苦手になってしまった。
兄貴と一緒にいる僕も。真似るとか、兄貴と同じでいたいとかそんなんじゃないんだけど。
友達は大切だし嫌いになれっこない。
だけど僕を捕まえる
たぶん、僕と兄貴は自分を守ろうとする気持ちが強すぎるんだ。チビが死んだ時生まれた、大切なものが消えたあとの喪失感。
大切なものを失うのが怖い。
もう何も、無くしたくない。
チビの死が僕と兄貴にもたらした思い。
働きだした場所に、兄貴が優しさを取り戻した何かがあるなら。それがなんなのかを知りたい。
活気に満ちた商店街。
すれ違う人達や同じ制服の生徒を見ながら思う。
オモイデ屋はどんな店なのか。
「いらっしゃいませ〜っ‼︎ コロッケ揚げたてですよ〜っ‼︎」
大きな売り込みの声に足を止めた。
目についたのは1軒の惣菜屋。割烹着のおばさんが、僕を見るなりにっこりと笑った。今の売り込み、あのおばさんだよな。
「颯太君? 何してるの?」
背後からの声に足を止めた。
振り向いて見えた親しげな笑顔。
「三上は? 買い物?」
「違うよ、帰ってきたの。颯太君が見てたお店私の家なんだ。店主はね、私のお母さん。わかるでしょ? 大声で売り込みをしてる」
言われてみればおばさんの目元、三上にそっくりだ。
「で? 颯太君は?」
「兄貴のバイト先を見にきたんだ。オモイデ屋っていう店なんだけど」
「驚いた。颯太君のお兄さんが
「三上は知ってる? どんな店なのか」
「骨董品のお店でしょ? 行ったことはないけどね」
「高いものとか売ってるのかな」
「うん、あると思うよ?」
兄貴ってば怖くないのかな、壺とか割っちゃったらどうするんだろう。バイト代、弁償でなくなるんじゃないのか?
「颯太君、お腹空いてない? うちのお店に食べたいものはある?」
「いきなり聞かれてもな」
「なんでもいいよ。1番に浮かんだものとか」
「メンチカツ、お勧めですよ〜っ‼︎ いかがですかぁ」
おばさんの声が響く。
そういえば、最後にメンチカツを食べたのはいつだっけ?
「メンチカツ……かな」
「ほんと?」
声を弾ませ、三上は嬉しそうに笑う。
「それじゃぁ、2番目は?」
「なんだろう、唐揚げ。あのさ……なんでそんなこと聞くの?」
「興味を持ってくれたのが嬉しくて。颯太君、時間ある? すぐ戻るからちょっと待ってて」
背を向けるなり、三上は店へと駆けだした。
同じクラスで少し話すだけ。なのになんで三上はあんなに親しげなんだろう。
誰かが言ってたな、三上が名前を呼ぶ男子は僕だけだって。
「オモイデ屋……か」
小学生の頃、母さんと何度か歩いた商店街。
嘘みたいだな、こんな所に骨董品屋があるなんて。
兄貴、僕が行ったらびっくりするかな。それとも平静を装って、店員として僕を出迎えるだろうか。
「颯太君、これ持ってってよ」
近づくなり、三上が差しだしたビニール袋。
やけに香ばしい匂いがする。
「唐揚げ、少しだけど食べてみてよ」
「売り物だろ? 貰えないよ」
「特別だよ、お店の宣伝ってことで。美味しいって思ったらメンチカツを食べてみて。これは颯太君の自腹で……ね?」
にっこりと三上は笑う。
「メンチカツはね、味わって食べてほしいんだ。お父さんのこだわりの品だから。お父さん、お店を始めてすぐに死んじゃったの。交通事故でね……お客さんが喜ぶ顔を見るのが好きだったのにな」
空を見上げ細まった三上の目。
父親のことを考えてるのか。
「颯太君が食べてくれたらいいな。それでね、気に入ってくれたら嬉しい。お父さんも喜ぶと思うんだ。……またね、颯太君」
三上と別れオモイデ屋に向かう。
スマホで調べる中、写真で見たコンクリートの古びた建物。
店内の写真はなく、店の名を記した看板もなかった。
あんなんじゃ客は来ないだろうに店主は何を考えてるのかな。
「そうだ、飲み物」
足を止め、お金を数えながら何を飲もうか考える。
炭酸が飲みたいけど、揚げ物に合うのはお茶だよな。
当たりつきの自販機、当たったら兄貴にも持っていかなくちゃ。
ボタンを押して、すぐに鳴った抽選音。
776……はずれ。
そう甘くはないか。
お茶を鞄に入れ、歩きだした僕の目を吸い寄せたもの。それは見知らぬ人達の中、歩いてくる若い男。
腰まで伸びた白い髪と黒いロングコート。左目を隠す黒い眼帯と頬にある抉られたような傷痕。
女のような綺麗な顔立ち。
すれ違う誰もが振り返るけど、男は気にする様子もなく歩いている。すれ違った時、僕を包んだ香水の匂い。
風に
男の風貌はリオンを思わせる。
中学生の時、繰り返し読んだ物語。
主人公は不死の命を持つ死神リオン。白い髪と身に纏う黒い衣、背中にある大きな黒い翼。
リオンが愛した人間の少女、
願いを放ち、自ら翼を斬り落としたリオン。
人になって絵梨奈と一緒に生きていきたい。
神に向け、リオンが投げかけた叫び。
人の命をください。
人の心をください。
人の心をください。
人の愛をください。
それは物語の中、最後まで神に届かなかった。
消滅したリオンと、時の流れの果てで生き絶えた絵梨奈。物語のタイトルは【黄昏の慟哭】。作者の名は
また読もうかな。
続きが書かれてるなら探して読まなくちゃ。リオンと絵梨奈がどうなっていくのか知りたい。
死に別れたままなんてないよな。
現実は喜びと不条理が混じり合う世界。
だけど綴られる物語は、作られる世界は不条理が消え去ってもいいじゃないか。
足を止め見るオモイデ屋。
なんだか緊張する。仕事してる兄貴なんて想像つかないし。
落ち着こうと息を整え、ゆっくりと戸を開けた。
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