少女ニュートン
朽木桜斎
00 少女ニュートンの誕生
どうして空は、青いのかな?
どうして雨は、
どうして
少女・
彼女にとっては、空が青いのも、雨が降るのも、虹が出るのも、フシギでフシギでたまらないのである。
同じ幼稚園にかよう子どもたちからすれば、そんな彼女こそ、フシギに映った。
「ミサホちゃんは、ヘンなことを考えるんだなー」
「空が青いのも、雨が降るのも、虹が出るのも、ぜんぶ、
「ほら、ミサホちゃんは、
ふーん、ほんとうに、
小学校へ上がる日も近づいた、ある夜のこと。
春の温かいそよ風がときおり
宝石を散りばめたような星空の中心に、バカみたいに大きな満月が、まるで王様のように輝いている。
美咲穂は縁側で両足を
「
かっぷくのよい
征志郎はこの
「パパー、こっち座ってー。お月さまがとってもキレイなのよー」
「ほう、どれどれ」
「わあ、ほんとだ。でっかいお月さまだねー」
「ねー、おっきいでしょー」
「なんだかこっちを、ジッと見ているような気がするね」
「ふえっ!? さすが、パパ! そうなのよー、そんな気がするのよー。だからこうして、にらめっこしていたのよー」
「わはは、ミーシャとお月さまと、どっちが勝つかなー」
「もちろん、わたしだわよー。お月さまを負かして、落っことしてやるんだわー」
「ははは、それは面白いね! じゃあ、がんばって、あのお月さまをいっぱい、にらんでやらないとねー」
「ぐぬぬ! ぜったいに、負けないわよー」
美咲穂はしばらくまた、にらめっこを続けていたが、幼稚園での出来事をふと思い出し、ちょっと暗い気持ちになった。
そしてそれを、
「ねえ、パパー」
「うーん? なんだい、ミーシャ?」
「幼稚園のみんなが、わたしのことを、フシギちゃんって呼ぶのよー」
「ほう、ほう」
「わたしは、空が青かったり、雨が降ったり、虹が出たりするのを、フシギだなーと思っているのに、それをみんなに言うと、みんな、わたしのほうがフシギだって、言ってくるのよー」
「ふむ、ふむ」
「ねえ、パパー、どう思う? わたしはヘンテコなのかな? 頭がおかしいのかな?」
「うーん、フシギちゃんかあ。なんともたいそう、
「もう、パパ! わたしは
「でも、ミーシャは、そんなふうに、空が青かったり、雨が降ったり、虹が出たりするのを、
「そうなのよー。だからこうして、悩んでいるのよー」
「むっ、あたりまえのことを、あたりまえだと思っていると……」
「いると……?」
「いつかチンボツする!」
「チンボツって、どういうことなのー?」
「それにしても、キレイなお月さまだなー」
「ちょっと、パパ! 話をそらさないでよー!」
「なあ、ミーシャ。どうしてお月さまは、落ちてこないんだと思う?」
「え……」
「おかしいじゃないか。あんなに大きなお月さまだ。落っこちてきたって、フシギじゃないだろう?」
「ちょっと、パパ! 何を言っているの!? お月さまが落っこちるだなんて、考えたこともなかったわー!」
「ミーシャ、どうしてお月さまは、落っこちてこないんだと思う?」
「それは……うー……なんでだろう……?」
「それだよ、それ!」
「ふえっ!?」
「むかーし、むかし。いまのミーシャと、同じことを言った人がいたんだ。お月さまが落っこちてこないのを、なんでだろう、ってね」
「なんてこと、そんな人がいたなんて……パパ、それはいったい、
「ニュートン。アイザック・ニュートンという人さ」
「ふえっ! にゅーとん!?」
「ニュートンさんは、お月さまが地球と
「ふえっ!? バンユウインリョク!? それに、お月さまとこの地球が、引っ張りあっているって、どういうことなのー!?」
「そうだなあ。そうだ、こうしよう。これを使って説明してみようか」
「その
征志郎は縁側に
「ほらね」
「なにが『ほらね』なの、パパー?」
「小石はこんなふうに、パパが手を放すと、ストンと落っこちちゃうだろう?」
「そんなの、あたりま……」
「んー? なんだって?」
「はわわ、わたしとしたことが、あぶなかったわー。でもパパ、それはいったい、どういうことなのー?」
「小石はすぐ、落っこちちゃうのに、どうしてお月さまは、落っこちてこないか、ということだねー」
「うーん、それは……なんでだろう……」
「おっ、いいね、ミーシャ。『なんでだろう』、また出たね」
「パパー、いじわるしないでよー」
「小石とお月さまの違い、何が違うのかを、考えてごらん」
「そんなこと言われたって、パパ。小石はお月さまより、ずーっと近くにある、それくらいしか、思いうかばないわよー」
「それだよ、それ!」
「ふえっ!?」
「ミーシャが
「セイカイって、パパ。キョリが
「そう、それそれ、
「
「フシギだろう。このフシギを
「ふえっ! ブツリガク!?」
「いまのお月さまと距離の関係や、ほかにも、どうして空は青いのか、どうして雨は降るのか、どうして虹が出るのか、これらもブツリガクという勉強の仲間なんだよ」
「なんと、わたしが『フシギ』だと思っていたことは、ぜんぶ
「こういう勉強をまとめて、
「カガク! 言葉が多すぎて、
「ふふふ、ミーシャ。ノーベル
「ふえっ!? のーべる……って、なんなのー?」
「すごーい科学の
「ふえっ! わたし、ノーベル賞を取るんだわーっ!」
「ミーシャなら、100回くらい取れちゃうかもね、ノーベル賞」
「ふえーっ! 100万回ぐらい、取ってやるんだわーっ!」
「わはは、その
父・征志郎の
ピカピカ光る満月が、そんな彼女を
このようにして、『少女ニュートン』は誕生したのである。
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