第十六話 首なしのハバ様

「レーテー、何度も言うが、勝手に行くなよ」

「わかっているよ!」

 レーテーはぶっきらぼうに答える。

「……ゲルグさん、これで五回目ですよ」

「そうだったか」

 俺は思わず顔に手をやる。

 だが五回目と言え、これだけ注意しても、レーテーは勝手に行ってしまうだろう。なぜなら思わず足を運びたくなるような宣伝文句をしている店が四方八方に点在しているからだ。

「おう兄ちゃん、体力がつくアゴイワシの燻製だよ」

「そこの嬢ちゃん、綺麗な髪飾りだよ、ぜひ見といっとくれ」

「おじさん、珍しい壺はいらないかい?」

 俺は必要なものを売っている店にのみ足を運ぼうとしたが、商人がそれを許さない。彼らは明日までに売り切らなければ、冬になり客足が一気に遠のく。彼らも必死なのだろう。

 なかでも〈黒鉄の帝国〉の武術の指南書を勧められたときは思わず手を伸ばしそうになった。だが手持ちの金貨の枚数が少ないのを思い出した上に、値段も目玉が飛び出るほどのものだったので諦めた。

 必要な物は、主に三つ。保存食と防雪着、寝袋。他にもあるが、これだけあれば〈薬の国〉に難なくたどり着けるだろう。

 日がだいぶ落ちて来た頃には、買い物は終わっていた。

俺は新しい外套を身に着け(外套はネルケとの戦いで使ったように、いざと言う時には盾となる)レーテーは両手に食べ物を掴んでいた。小柄な身体に見合わない量の食べ物を持っているが、これでもまだ食べ足り無いようだ。とんだ大食い娘だ。

「そろそろハバ様の占い屋に行ってみますか」

「そうするか」

 ハバ様の館への道を確かめていた時、レーテーがいないのに気が付いた。一瞬、またかという思いが脳裏をよぎる。

「レーテー!」

「ゲルグ」

 背後から声が聞こえた。

「おいレ——」

 俺は思わず、魚のように口を開いた。レーテーは橋の欄干に乗っていた。

「危ないから降りてこい!」

「すごいでしょー!」

 周りの目がレーテーに集まる。だがレーテーはそんな事お構いなしに片足立ちを始めた。

「おいば——」

 次の瞬間、案の定と言うべきかレーテーはバランスを崩し橋から落下し、湖に落ちた。湖はそれほど深く無いが、いまの温度は低い、早く助けてなければ命が危ない。

「ゲルグ! 助けて!」

「待ってろ!」

 俺も続けて飛び込もうとしたその時、視界の横からぬっと手が伸びた。

「ここは僕に任せてください」

 男とも女ともとれる、中性的な声で言われた。

 次の瞬間、声の主は湖に飛び込んだ。

「おいっ⁉」

 声の主はレーテーに向かって一直線に泳いでいった。まるで魚の様なスピードで。

「冷たい! 助けて!」

 レーテーは水面から手足をばたつかせ、助けを求める。そこに声の主が素早くたどり着く。

 レーテーを抱きかかえると、声の主は素早く陸にあがる。陸に上がった声の主を見て、思わず息を吞む。

 声の主の両足は、一本の足のように繋がっており、足の先には尾鰭の様な鰭が付いていた。

「大丈夫かい? お嬢ちゃん」

「うん!」

 彼はレーテーの頭を撫でる。その間に繋がった足は離れ、再び二本の足へと戻る。

「助けていただきありがとうございます」

 遅れてゲルグがやってくる。

「いえいえ、人助けは兵士の責務ですから」

 そう言って胸のブローチを触る。この街の兵士のものだ。しかもそこそこの階級だ。

「申し遅れました、僕はサヤラーン。マリナの兵士です」

「ゲルグ、このヒトさっき魚の尻尾がついてた」

 レーテーはサヤラーンを指差す。

「あら、お嬢ちゃん融纏族アプサラスを見るのは初めて?」

融纏族アプサラス?」

 レーテーは首を傾げる。

融纏族アプサラスはね、水を自由自在に操れるの。こんな風にね!」

 そう言うと右手を湖の中に入れる。すると、水が腕を伝って登っていき、左手まで向かうと水の花を咲かせた。

「うわぁ、綺麗!」

「よかった。これ、あげるね」

「ありがとう!」

 サヤラーンは左手の花を取ると、レーテーに渡す。

「ただし、水の花は一日経つと、もとに戻っちゃうから気をつけてね」

「うん!」

 そのままレーテーは手の中で花をくるくると回していた。

「てかサヤラーンは男の子? 女の子?」

「ははっ、融纏族アプサラスには性別は存在しない」

「じゃあサヤラーンはおねにいさんだね!」

 おねにいさんという知らない単語を言われ、サヤラーンはキョトンとする。

「こらレーテー行くぞ」

 レーテーの手を取る。

「はぁい」

「すみません、色々ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ楽しかったです。レーテーちゃん、また会おうね」

「うん!」

サヤラーンは笑顔で手を振る。街を守る兵士の模範のようなヒトだった。

「そうだ。最近、国籍不明のならず者がこの辺りをうろついているとの情報があります。夜道には気を付けてくださいね」


 サヤラーンと別れた後、ハバ様の館に向かった。ハバ様の館は大きく、領主を除けばマリナで一番大きい。

 幸運にもハバ様の館は夕暮れ時だからか空いていた。

 看板には一回銅貨一枚と書いてある。

 列に並び、暇を持て余していると、カガチが話しかけてきた。

「そういえばゲルグさん、好きな食べ物とかあるのですか?」

「好きな食べ物か……、そうだな、オウゼミの幼虫の丸焼きだな」

 オウゼミの名を聞いた途端、カガチが固まる。

「……オウゼミですか」

「何だ悪いか。あいつは旨いぞ、地面を掘れば何処でも居るくせして、食べられるところが多く、何と言ったって焼けば旨い。焼けば」

 オウゼミは王の名を関するほど巨大なセミだ。幼虫を地面から掘り出して焼いて身を割れば、まるで獣の肉だ。

 若いころオウゼミによって何度も空腹を満たした。見た目がすこぶる悪い為、市場では客足が遠のくとしてあまり扱っていない。

「しかしゲルグさん、ヌスミドリの串焼きといい、好きな食べ物が……」

 なんだ、俺がおっさんだと言いたいのか? 俺は料理をする技は持ち合わせていない。仕方が無いだろう。

「レーテーさんは……言わなくてもわかります。ヌスミドリですね」

「そう!」

 にやにやとレーテーは返事をする。

「そういうカガチはどうなんだ?」

「僕はですねぇ……。僕はパンに果物を添えて蜂蜜を掛けたお菓子が大好きです」

「お菓子……?」

 レーテーは不思議そうに首を傾げる。

「レーテーさんお菓子食べた事ないのですか?」

「お菓子ってなあに?」

 きょとんとした表情でレーテーは言う。

「お菓子は小麦粉を固めたクッキーや、クリームや砂糖、フルーツをたっぷりと乗せたケーキなど、とっても甘いものなんですよ」

 カガチは説明するが、俺も“おかし”と言うものは知らない。第一、砂糖などという貴重なものを食べ物に使うとは、カガチは何について言っているのだろうか。

「ゲルグさん、ゲルグさんならお菓子知っていますよね?」

「すまないカガチ、俺もなんのことかさっぱりだ」

「そうですか……。まあ明日のお祭りならきっとお菓子が並ぶはずです。みんなで食べてみましょう!」

「そうだな」

 そうこうしているうちに俺たちの番がやってきた。

「次の方」

 真面目そうな女性の声が館の中から聞こえる。

館の不気味な雰囲気に気圧され、恐る恐る中に入ると、長命族エルフの女がいた。

「ようこそハバ様の館へ。ハバ様は奥の部屋でお待ちです」

使用人の女性が案内する。女性についていくと蝋燭の明かりに照らされた小部屋に通された。

「……ゲルグ」

 不気味な館に怖気ついたのか、レーテーが俺の脚にしがみつく。

 小部屋の中心には、豪華な椅子に座り、何重にも重なった衣服に身を包んだ老婆がいた。老婆の首は中途の辺りで平らに切断されている。

 衣服から垣間見える両手は皺に覆われているが、首に回るはずの栄養が余ったのか、老いを見せながらも強靭だ。

「どうも、ハバ様の補佐役を務めます、リスです。よろしくお願いします」

 垂れ幕の影から現れた女は、こちらもまた長命族エルフのようで、長命族エルフの中でもひときわ尖った耳が特徴だった。左耳には長命族エルフの紋章をかたどった耳飾りが揺れている。そう言えば案内をしてくれた長命族エルフも耳飾りをしていた。

「占われるのは三名様でよろしいでしょうか?」

リスは柔らかな笑みを見せる。

「はい、お願いします」

「それでは一人ずつハバ様にお手を」

 その言葉を聞いて青ざめたのはカガチだ。

「……えっ?」

「どうしました?」

「……僕、手が」

 そう言ってカガチは両手を宙に向け、袖を捲る。

 カガチの両手は中途で切断されている。

 リスは少しばつの悪そうな顔をするが、すぐに柔らかな笑顔に戻る。

「それではハバ様にお顔を」

「はい……⁉︎」

 顔をハバ様に近づけた瞬間、五感のほとんどが失われたはずのハバ様は、素早く正確にカガチの顔を鷲掴みにする。

「……」

「ひゃっ、痛いです……」

 暫くカガチの顔じゅうを撫でまわした後、ハバ様の手元の机に置いてある羽ペンにハバ様は手を伸ばす。

「くすぐったい……」

「……」

 ハバ様は素早く手元に置かれた紙に記号のようなものを記す。

 遠目から見るに、あれは旧長命語エルフごだろうか。あらゆる種族で言語を統一された今となっては読み書きを出来るものは少ない。

 やがて書き終わったのか、ハバ様がペンを置く。ハバ様が書き終えた紙を長命族エルフの女は手に取り、読み上げる。

「占いが終了しました。それでは発表します。心の準備はよろしいでしょうか?」

「はい」

「……少女を守れ。さすれば汝の目的は達成されない。守らねば汝の目的は達成される。だが、それは汝の望む結果にはならないだろう」

 占いの結果を聞いてカガチは絶句する。

 少女というのはレーテーだろうか。だがレーテーとカガチの目的に何の関係があるのだろう。そもそも俺はカガチの旅の目的を知らない。そして、目的は達成されたとしても望む結果にはならないとはどういう意味だろう。普通、目的が達成されると望む結果になるはずだ。

「……占いはあくまで可能性の一つです。あまり信じすぎるのも心を病みます」

 リスは淡々と告げる。

「それでは、次は娘さん、こちらへ」

 呼ばれたレーテーがハバ様の元に行く。

 両手が健在であるレーテーは両手をハバ様に差し出す。

「はい」

「……」

 ハバ様はレーテーの手をしばらくの間、触り続けていた。

 やがて占いの結果が分かったのか紙に記し始める。

「ハバ様、しわしわ……」

 ぼそりとレーテーは呟く。

 書き終えた紙はリスが手に取り、読み上げ始める。

「心の準備はよろしいでしょうか?」

「はい」

「……花畑を目指せ。自らの由来へと。そして愛する者のもとへ向かえ」

「……?」

 どうやら占いの結果をいまいち理解できていないようだ。

 花畑はレーテーの花の事だろう。レーテーはその花から名を借りた。そして、愛する者とは誰だろう。まさかルナリアの事か? それだと死ぬという意味になる……。

「それでは、お手をハバ様に」

 そう考えている内に、俺の番が回ってきた。

 ハバ様に両手を託し、ずっと気になっていた首の断面を覗き見る。

 首の断面は中央に大きな管が刺さっていて、それ以外は茶色い血の塊で覆われていた。管の中身は……突然俺の手を握るハバ様の力が強まる。

「⁉」

「……」

 どうやら首は見られたくないらしい。

 そうこうしていうるうちに占いが書き上げられ、読み上げられる。

「……ただ強くあれ。遠くない未来に、宿敵と再会する。そして、ときを忘れるな」

 宿敵。真っ先に思い浮かんだのはネルケ。馬鹿な。奴は死んだはずだ。あの高さから落ちて生き延びられるはずが無い。

だが、十年前も同じことを思った。結局奴は生きて、俺の前に現れた。そして、レーテーの友を奪った。

今度こそ、決着をつけてやる。

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