幕間

幕間 魔法について

 ネルケがゲルグを追っていた頃。王都、魔法ギルドにて魔法に関しての授業が行われていた。

 教鞭を振るのはクルーク・カーマ。王に使える王下三貴族のひとりである。彼は魔法ギルド長官でもある。

生徒は魔法ギルドに入ったばかりの一年生だ。彼らは皆、程度の差こそあれ魔法を扱う事が出来る。将来、魔法で王に使える事を望まれている子らだ。

「今日は魔法についての授業を行う。そもそも魔法とは」

 クルークは刺し棒を生徒の一人に向ける。その生徒の名はシエロ。クルークの“お気に入り”である。

「シエロ」

「はい! 人間族ニンゲンのみが使える、能力です」

 シエロは、はきはきと答える。

「そうだ。シエロの言う通り、魔法は人間族ニンゲンのみが使える。だが、人間族ニンゲンが全員使える訳では無い。どういう者が魔法を使えるか、シエロ」

「主神を信じる者。主神に祈る者です」

「そうだな。主神を信じ、主神のみを信仰する者に、魔法が“与えられる”」

 クルークは満足そうに髭をいじる。

「信心深い者が魔法を使える。中途半端に信仰していても駄目だ。それが魔法を使える者が少ない理由なのだろう」

 クルークは教室を見渡す。教室にはクルークを除くと、十人ほどしか居ない。魔法ギルド全体でも、百人ほどしか魔法を使える者は居ないだろう。

「さて、ここで問題だ。一度魔法を使えるようになった者が、主神を信仰する事をやめた。この者は魔法を使えるか?」

「はい!」

 生徒が手をあげる。

「リュンヌ、どっちだと思う?」

「魔法を使えなくなると思います」

「そうか、リュンヌと同じ意見の者は?」

 七人ほどの手があがる。

「そうだな。正解は、使えるだ。基本的に、一度魔法が使えるようになった者が、使えなくなるというのは無い。だが、例外がある。それは二百年前に一度だけ起きた」

 クルークは教科書を手に取る。

「同じく二百年前に、この国で起きた大きな出来事。答えられる者は?」

 シエロが手をあげる。

「〈命の国〉の建国です」

「そうだ。建国以前は、人間族ニンゲンは誰一人として魔法を使えなかった。それ以前は別の種族のみが魔法を使えた。その種族は、今はもう存在しないがね」

 正解したシエロは誇らしげに、ノートを書く。

「とにかく、その種族は、ある日を境に魔法を使えなくなった。かわりに我ら人間族ニンゲンが魔法を使えるようになった訳だ」

 次に、クルークは風船を二つ取り出す。

「さて、君たちは私がどんな魔法を使えるか知っているね」

 ここもシエロがいち早く手をあげる。

「『音を消す魔法』です」

「正解だ。例えば、このように風船を割ると大きな音が出る」

 風船が割れる大きな音に、生徒の何人かが耳を塞ぐ。

「だがこの風船に私の魔法を掛けると……」

 懐から魔紙を取り出し、風船に張り付ける。そして先ほどと同じように割る。だが今度は音がしなかった。

「このように、私は『音を消す魔法』を使える。だが、私の父は『犬に変身する魔法』を使う。音を立てる魔法でも、何かを消す魔法でもない。君たちの親も魔法を使える者がいるだろう。だが、親と同じ魔法を使える者は居ないだろう。無論、親子で同じ魔法を扱える者もいる。だがそれはごくわずかで、私も長年教えてきた中で一人も見ていない。つまり、魔法は遺伝するものでは無く、その者一人一人で使える魔法が違う」

 皆、ノートをとる。

「逆に、血の繋がりの全くない者同士が同じ魔法を使うというのは、よくある話だ」

 事実、この教室にも同じ魔法を使う生徒がいる。

「質問です。親が信心深く、魔法を使えるヒトだとします。その子どもが主神を全く信仰しない場合は、子どもは魔法を使えるのですか?」

 手をあげたのはリュンヌ。

「その場合は、子どもは魔法を使えない。いくら親が信心深かろうと、その子どもが魔法を使えるわけでは無い。重要なのは、その本人が信心深いかどうかだ。逆に、親が信仰せず、子どもが信仰している場合は、子どもは使えるだろう」

 クルークは心の中で、リュンヌに加点し、次の説明に移る。

「さて、次の問題だが、魔法の発動条件は何か答えられるか」

「魔紙に魔力を込めて、込められた魔力を開放する」

「世間的にはその認識だ。だが正しくは違う。魔力を込めるのは魔紙以外にもなんでもいい。その分膨大な魔力が必要になるがな。極端な例、私の父は魔力が強力だった為、自分自身を、魔力を込める魔紙のようにした。それによって、指先一つ動かすことなく犬に変身することが出来る。だが、それをするのはあまり現実的ではない為、皆魔紙に魔力を込める。戦場で魔紙にのみ集中していたら、突然魔法が飛んできて、命を奪われる」

 勉強熱心なリュンヌは、すかさずノートに書き写した。

「私の父は極端な例だったが、世の中の強力な魔法使いは、魔紙では無く杖や剣に魔法を込める。まあ剣はお勧めしないな。むかし、剣に魔力を込めていた魔法使いがいたが、剣を折られて死んだ。魔力を込めた物が破壊されると、魔法は使えなくなる。とにかく、魔紙以外に魔力を込めるのは、膨大な魔力が必要だが、その分メリットも大きい。

物にかざすだけで魔法を使えたり、生物に魔法を掛ける事ができる」

 その時、空いた窓から小鳥が入り込んできた。その鳥は特徴的な嘴から、ギャーギャー鳥だとわかった。次の瞬間、耳をつんざく騒音を吐き出した。

「ギャー! ギャー!ギャー! ギャー!」

 生徒たちは咄嗟に耳を塞ぐ。だがクルークは冷静だった。

「ちょうどいい」

 そう言うと、鞄から花崗岩でできた杖を取り出すと、ギャーギャー鳥に魔法を掛けた。

「ギャー! ギ——⁉」

 ギャーギャー鳥は声が出せなくなったのに気が付くと、諦めて何処かに帰っていった。

「さて話を戻そう。このように杖に魔法を込める事で、生物相手にも魔法を掛ける事が出来る。魔紙では無機物にしか魔法を掛ける事が出来ない。魔紙のほうが魔力の消費が少ないが、こちらのほうが使い勝手がよい。また、魔力を込める杖もなんでもいい訳では無く、歴史のある木や、自分と関係のある物を杖にすれば、その分力も強まる。……この杖は、千年間誰も立ち入っていない洞窟の岩から切り出した物だ。静寂に包まれた杖。私にぴったりだろう」

 クルークは説明しながら杖をハンカチで拭いてしまう。

「また、一度魔力を込めた物は、持ち主が死んでも魔力を保ち続ける。このギルドには、百年前の魔法使いの遺物が、今も保管されている。代表的な物は、カリコニの『消えない炎をつける魔法』が込められた杖だな」

 そろそろ授業の終わりだ。

「最後に、魔法の範囲について説明しよう。魔紙に関しては、魔紙を貼られた物だが、杖に関しては、その者の魔力による。私の場合、視界に入るものならば、魔法をかける事が出来る」

「最大でどのくらいの範囲に魔法をかける事が出来るのですか?」

「いい質問だ。歴史上最も広い範囲に魔法をかけられたのは、ゴッデスという魔法使いだ。その範囲は村一つを覆うほどだ。彼の使う『命を奪う魔法』によって、多くのヒトビトが命を失った。彼を討伐するのに多大なる犠牲が出た」

「『命を奪う魔法』を持つ相手をどうやって討伐したのですか?」

 シエロは続ける。だがクルークは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「それは、死んだらわかるかもな」

 その時、終業のチャイムが鳴った。


 今日の授業が終わり、自室に戻ろうとしていると、背後から声を掛けられた。

「先生!」

「おお、シエロ」

 なんてことは無い。シエロなら顔を見なくてもわかる。

「ちょっと今日の授業で分からなかったことが」

「なんだ?」

「じっくり教えて貰いたいので、私の部屋で」

 シエロはたびたび私に質問してくるが、自室に誘うほどとは珍しい。

「しかし……いくら教師と言えど、生徒の部屋に入るのは……」

「大丈夫ですよ。先生の魔法なら」

 私はされるがままにシエロの部屋に連れられる。シエロの部屋は寮の三階にあるが、この時間なら人も居ないだろう。高鳴る鼓動を抑え、私は部屋に入る。

「それで、どこが分からないのだい?」

 シエロは扉に鍵をかける。私もこっそり部屋に「音を消す魔法」をかける。これで、部屋で何をしようが外に漏れる事は無い。

 シエロは私が魔法をかけた事を知ってか知らずか、制服のボタンを外しながら寄り添ってきた。

「質問よりも先にー、やることあるんじゃないですか」

「そっそうだな」

「ふふふ」

 そう笑うと、シエロは胸元に手を入れる。何を取り出すのかと見ていると、出てきたのは黒光りする鉄製の筒のようなもの。

「何だいそれは」

「先生でも知らない事があるんですねー」

 そう言うと、筒を本棚に向け、引き金を引いた。次の瞬間、今まで一度も聞いたことのない、破裂音の様なものが部屋に響いた。反射的に目を瞑る。

 目を開けると、本棚は粉々に砕け散っていた。あれが私の身体に当たっていたと考えるだけで、震えが止まらない。

「なっ……なんだいそれは……」

「なんだいって手砲ですよ、手砲。大砲って知りません? それを小型化したものです」

 シエロは手砲をくるくると回しながら言う。

「学生の君がどうしてそんな物を……」

「簡単な話です。私は学生でも、シエロでも無いのです」

 そう言うと、シエロの身体はボロボロと崩れた。まるで死体が一気に風化するかのように。

「なっ……⁉」

 現れたのは〈黒鉄の帝国〉の戦闘服に身を包んだ妙齢の女性。シエロとは背格好も何もかも違う。

「興奮して『音を消す魔法』を使わなければ助けが呼べたかもしれないのにね」

 そう言うと、女は私に向けて引き金を引いた。


「ふう……」

 目の前の物言わぬ死体を見下ろす。呼吸を整え、胸元から杖を取り出す。彼女自身の魔力が込められた魔法の杖。込められた魔法は「死体からだを奪う魔法」。

 彼女はクルークに杖をかざす。すると、クルークの身体はボロボロと崩れ落ち、その破片は彼女に纏わりついた。やがて、その部屋にはクルークが立っていた。

「ふふふ」

 クルーク——ロベリアは怪しく笑う。彼女の任務は、いずれ来るその日までクルークのふりをすること。その日になれば、また新しく死体を作るのだ。クルークの姿のまま。

 クルークは、「音を消す魔法」が込められた石の杖を拾い上げると、その部屋を後にした。「死体からだを奪う魔法」では魔法までは再現できない。所詮は偽物なのだ。

 もうこの部屋も使われる事は無いだろう。この部屋の主も、既に殺した。故にロベリアはシエロの姿を得る事が出来たのである。

「ふふふ」

 クルークは以前の彼とは似ても似つかない怪しい笑いを見せる。

 翌日、シエロは両親の都合でギルドを去り、クルークは以前と変わらず教壇に立っていた。怪しい笑みを張り付けて。

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