親愛なる君へ、いただきます

秦波多乃

第1話

先生「エミリー、命をありがとう、いただきます。」


一同「いただきます」


そう言うとみんなは一斉に目の前にある料理を頬張る。今日の夕飯はミートパイ、レバーフライ、脳みそとキャベツのコールスロー、ミネストローネ。滅多にないご馳走だ。


アンナ「エミリーはいいなぁ…私も早くイリュメス様のところに行きたい。」


そう言うとアンナは美味しそうにミートパイを、エミリーを口に含む。ほろりと崩れるパイの食感とジューシーな肉の味を堪能しているアンナの表情はなんとも満足げだ。


ここ聖イリュメス孤児院では半年に一度の1週間。「喰廻しょくかい」といわれる儀式が行われる。孤児院の中からお告げにより一人イリュメス様への「供物」が選ばれ、その子をみんなで1週間かけて食べる。無事に食べ終わればその子はイリュメス様が率いる楽園に行けるのだ。


今回はエミリーが選ばれた。私達より一つ上の16歳でふわふわの赤毛の女の子だった。人一倍熱心にイリュメス様を信仰しており、供物に選ばれた時は喜びの余り嗚咽していた。


私「そんな事言わなくてもいずれ必ず行けるよ。ここの孤児院で18歳までに選ばれなかった娘はいないんだし」


アンナ「それはそうだけどさ、エミリーが選ばれたから私たちもう最年長だよ?」


コールスローを食べながら続けてアンナが言う。


アンナ「エミリーの前のソフィアは7歳だったのにさ、みんな早く行けてずるいよーー、」

「先生、私たちはいつになったら楽園にいけるの?」


すこし不満げな表情をしたアンナはくるりと先生のほうを向いた。


先生「焦らなくても必ずいけますよ、アンナもエミリーのように熱心にイリュメス様を信仰していますからね。」


そう言うと先生は影のような頭の右側をチカチカさせた。

先生は私たちが生まれてきた時からずっと一緒で様々な事を教えてくれる。本ではこのような存在の事を「お母さん」と言うらしい。昔一度だけお母さんと呼んでみたのだがいつものように影をチカチカさせる先生を見ていると、なんだか恥ずかしくなったのでその時以来お母さんと呼んでみたことは無い。


先生は私たちとは全く違う見た目をしている。頭は影みたいだけど明るくて点滅するし腕はギターのペグみたいでたまにくるくるしたり伸びたりする。

こんなヘンテコな見た目なのは楽園の住民が外界に降りてきているかららしい。楽園ではもっとふわふわできれいな見た目をしてるって昔教えてくれた。でも私はこの先生の姿がなんだか温かくて大好きだった。


先生「もちろんミカもですよ」


また頭をチカチカさせながら先生は私の頭を優しく撫でる。


アンナ「ミカだけずるーい!私も!」


先生「はいはい、アンナはいい子ですね。」 


そう言うと先生はアンナの頭を優しく撫でる。アンナは幸せそうに目を細めている。

こんな日常がずっと続けばいいのにな…私は心のなかで強くそう思った。

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