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秋草
第1話 死にたがり
カビ臭い、居心地の悪い空間だった。
所狭しと並ぶ棚に、そこに飾られている得体の知れない道具の数々。嫌悪感さえ覚える臭いと相まって、客をもてなす気持ちが微塵も窺えない部屋だった。
換気環境が悪いのか、空気が停滞し淀んでいるようにも見える。
並ぶ物も趣味が悪い。入り口には高そうな壺や木製の彫刻が置かれており、一見してみれば骨董店とも思える。しかし、いざ店内に入ると、その認識はまた変わった。
植木鉢で枯れたままの、何の種類なのかも分からない植物。傘立てに無造作に突っ込まれている模造刀や模造剣。幾何学的な模様が幾重にも記された羊皮紙に瓶に入れられた澱んだ液体等々、数え上げればキリがない。
それらが陳列されている通路を抜けると現れる従業員カウンター。その目の前に、人影はあった。
「それで、要件は何かしら? 何か欲しいもの、もしくは叶えたい望みでもあるのかしら」
この店の店主だと紹介した、年は十五、六ぐらいにしか見えない少女が瞳を真っ直ぐに、尋ねてくる。
店主に、ここへ来た意図を見透かされ、少し戸惑う。
軽い気持ちで、特に期待もせずにここへは訪れた。元々はインターネットの地方掲示板でよく名前の挙がる店で、その中身は詳しく知らない。ただ人々の願いや想いを形に変える場所、とだけ紹介されていたのだ。
怪しさは尽きない。インターネットで店のことを知った時も、店に入ってからも、店主と話してからも、その怪しさは何時までも付き纏う。
それでも、例え騙される結果に終わってしまうとしても、今抱いているこの想いに逆らうことなんて、出来るはずも無い。きっとこの場所が駄目でも、想いを遂げるため彷徨い歩くことになるだろう。
だから、思い切って尋ねる。独特の雰囲気を放つ、その店主に。
「楽に死ぬことが出来る方法、何かありませんか?」
それが目的。この店を訪れた理由。
世界に絶望した。この社会で生きていく意義を見出せない。それならば死んでしまった方が、楽になれる。
それほど短絡的な思考で、人生を諦めていた。
死んでも、悔いも何も無い。死への恐怖さえも、感じていなかった。
「悪いけれど、直接人を殺す物は取り扱っていないの。そんなに死にたければ幾らでも別に方法はあるでしょう。そういう所から当たっていった方が確実よ」
「それは、そうですけど」
ただ飽く迄もそれは死ぬというだけの話。求めているものとは似て非なるのだ。
楽に。何の苦しみも痛みも辛さも無く、意識を、消し飛ばしたい。何のしがらみもなく、この世から離脱したかった。
それだけ。たったそんな都合で、この店を訪れたのだ。
「じゃあ死ねなくても構いません。とにかく苦も辛さも、そんな負の思いをしなくても致死に達する道具とか、そういうものってありますか?」
それさえクリア出来ていれば、後は死に向かって進めばいい。死そのものが無理ならば、致死を望む。
それでも無理なら、この方法は諦めよう。
死の提供が否定されたので、致死もまた同じような結果になると考えていたのだが、幾何かの沈黙の後、返ってきた店主の言葉は予想に反していた。
「致死自体を与えることは出来ない。それはこの店のルールでもあって、私自身が心に決めていることでもあるから。それでも、あなたが致死を望むのなら、私はそれを無視出来ないし、否定するわけにもいかないの。だから、本当に内より欲するのなら、望む物を提供するわ」
そう言うと店主は、店の奥に引っ込んでいった。
死は無理だったが、これでそれに近い状態にはなるはずだ。何よりも熱望するそれを得られると分かり、つい笑みが零れてしまう。
死を前に必ず付き纏う、痛みや苦しみに、苛まれなくても済むのだ。それだけで、死への恐怖心は何倍にも薄められる。
まあ、元よりそんなものは無いが。
「お待たせ。これがあなたの求めを叶える物よ」
帰ってきた店主がカウンターの上に置いた物を見て、思わず言葉を失った。
それは黒い石だった。一見すればただの石ころ。そこら辺に落ちている石だと言われれば、そう信じて疑わないだろう。それほどに、この目の前の物はただの石だった。
その石に、申し訳程度に紐が通されているだけで、商品だと言い張るのかこの店は。
元から怪しかったが、その石で一気に信用出来なくなった。
明らかな落胆を受け取ったのか、店主が紐を摘まみ、見せるように持ち上げる。
「この石は『死神の御守』という代物。どこにでもある普遍的な石とは、そもそもの役割というか、在る意味合いが違うのよ。この石には存在価値があるわ。私からすれば、どうしようもない価値がね」
「……その石で、どうやって人を致命傷にまで追い込むんですか? とてもじゃないですが、そんな風には見えないんですけど」
「悪いわね。試しにこの力を見せてあげたいのだけれど、流石にそれは控えたくてね。この商品に関しては、お金はいらないわ。人を致死にする道具なんて、用途があるわけでもないのだから」
淡々と。感情の起伏を見せない店主の声が、店内に響く。
いや、響いて聞こえたのは店主の言葉を脳内で反芻させていたからかもしれない。限りなく胡散臭いわけだが、お金を払わなくてもいいというのなら、試してみてもいい。
どうせ死ぬのだからお金に未練は無いが、仮に騙されていた場合、また別の方法を取らなくてはいけない。それにもまた資金が必要になってくるから、ノーリスクで致死の可能性が買えるというのはおいしい話だった。
「じゃあ一応。貰っときます」
「そう……。この石を身に着けているとね、ちょっとしたことでも致命傷を負うことが出来る。死にたいと、これで死ぬことが出来ると、そう意識出来れば、致死に至ることが出来るものなの。ただそこから先は、自分でどうにかしてもらうしか無いわ」
店主からは何故か憂いのようなものが窺えた。
ただそんなことを気に留めることもなく、一人の少女は、その石を受け取った。
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