この世界から突き放して。

鈴乱

第1話



 呼ばれて飛び出て、なんて、どっかで聞いたようなフレーズが、頭をめぐる。


 あらゆる作品が、正義だとか根性だとか愛だとか、そういうキレイなものを語りかけてくる。


『あぁ、うざったい』


 ベッドに寝っ転がって、腕で目を覆う。


『そんなキレイなもんが、あると本気で信じてんのかよ』


 嘲笑にも似た心地だった。


『馬鹿が。そんなもんは、どこにもないんだよ。どこにも。……馬鹿が』


 自分にだってそういったキレイなもんを信じてた時代があった。

 目をキラキラさせて、心躍らせて、ヒーローやヒロインの一挙手一投足に憧れてた。


 そうさ。信じてた頃もあった。


 自分もそうなれると、そうなりたいと、無邪気に純粋に信じていた頃が。


 だけど、もう、疲れてしまった。


 信じて裏切られるばかりなのは。


 決して覆らない、序列、立場。


 在りたい自分と、現実にある自分の乖離。


 伝えても、伝わらない言葉。


 そのうちに、声に出るのは嘘ばかりになって、自分の本音が掻き消える。


 嘘をつくのも、限界になってきて、最近じゃ声すら出なくなってきた。


 分かっちゃいるのに、変えられない。


 何かの封印がずっと自分を引き留める。


 古い古い呪いが、人との間に距離を取らせる。


 別れが怖くて自分から切ってしまう。


 ……愛することが、怖い。


 何かを大切に思うことが、怖い。


 また失うくらいなら、最初から近づきたくない。


 優しさなんて要らないから。


 だからどうか、僕を突き放して。


 冷たく冷たく突き放してよ。


 僕にとっては、それが愛なんだ。


 ひどい扱いを受けるのが、愛なんだ。


 優しさに、甘えて、帰れなくなるのはもう嫌だ。


 ねぇ、お願いだ。


 僕をこの世界から、突き放してくれ……。

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この世界から突き放して。 鈴乱 @sorazome

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