第2話
「次は高崎川~、高崎川。」高崎出身の歌手、篠原ミツ子の「我が チー」のメロディラインがスピーカーから流れ、列車の乗客が左から右へと傾く。
大企業Asiyaへと席を宏樹よりも何十分も早くぶんどっていたまだ安月給の新卒達がこぞって立ち上がって、列車の緑色のボタンを 押して改札へ向かおうとしていた。
たくさんの乗客がこの駅で降りることを知っていた宏樹はどうにかして客席をとれないかと考えていた。
まだ6駅あるが一番のピークはここの2駅先。それまでにすわって おけば他の人に荷物で迷惑をかけなくてすむし、痴漢もうたがわれない。何より一駅前でおりた太った茶色のメガえをかけた中年のおばさんに舌打ちをされたことが気がかりだったからだ。
だが人の流れを一旦待たずに逆走するというのがいけなかった。
つり革を一つ一つたがいながら、そのたびに誰かとこすれあってウィンドブレーカーのほつれがさらにもろくなっていく。
それだけならよかったのだが紺色のスーツの軍団の中にいる派遣らしき黒スーツの男のビジネスの黒くて硬いかばんと右手があたりそこにほとんど強く握りかくしていた高崎南までの朱色の850円のハンコが押された切符を落としてしまった。
「あっ!」
ひらりひらりとまいおりた切符は人の流れに入りこみ、そしてAsiyaの高卒新入社員の谷崎の買い下ろしたたばかりのくつのうらにすべりこみ、ランデブーを果たした。
ゴムでできたくつうらと切符の表面にまとわりついた人の皮脂とが相性がよいのか、それともチューインガムがくつのうらに現住民として 新たな住民を受け入れたのかしらないが、切符はぴったりとくっついた。
だが、そんな足の違和感はスマートフォンから流れる Tiktokの踊ってみたの視覚情報が有先されてしまったので、18歳Z世代の若々しく新しいAsiyaのメンバーは列車の外へと宏樹の切符をもちこんでいく。
「待ってください!!」左手に持っていた同心円状 に割れたスマートフォンを急いて砂で茶色くなってしまったN.Hirokiという白いプリントが刻みこまれたウィンドブレーカーのポケットにすべりこませ、右に医隙バッグを左手に リュックサックを持っていそいで降りるはずのなかったプラットホームへと向かった。
一方谷崎は駅のコンクリートの感触でやっと足の違和感に気がついた。サビメロだけが切り取られた音楽が流れ続けるスマートフォンをポケットにいれてベンチに座らずにその場で確認する。以前ガムを踏んだところに紙らしき何かを踏んでいた。
以前ガムを踏んで、なんとか取り除こうとしたが靴裏の溝のところにはまったガムは残ったままだったのでそれがなんとかくっつたのだろう。
上手く紙の方にガムが引っ張り出されてほしい。そう願ったが、靴と切符の隣人の綱引き戦争はずっと居続けて絆が深かった靴裏のK.O勝ちで切符は谷崎の靴裏にくっつく前のそのままの姿で引き離された。
紙をよくみてみると、750円の朱色の切符でハンコが押されている。 自動改札の暮らしをして、今まで切符を見たことの無かった谷崎はこの切符は使用済でもう駅を出た後にもらえる無用の長物であると勘違いし、近くにごみ箱がなかったので、無作為に地面におとして、改札へと向かっていった。
切符はまたひらひらとまってどこかに行ってしまった。
プラットホームに出た宏樹は先ほどの男の顔を覚えていたので急いで男を追った。きっとまだ駅の中にいるはず。
そう思って、男を探した。
だが、人の流れは流れを逆らうものも、先へ先へと向かおうとするものも許しはせず、宏樹は話しかけることもできないまま男が自答改札にスマートフォンをかざしているのをみることしかできなかった。
そうしているうちに列車は高崎川の立ち寄り時間をとっくにすぎて、次の目的地へとゆっくりと足の速度を早めていった。
もう手遅れだった。
プラットホームに立ち尽くしていると、最後駅のレールの横にご主人様から姿を隠していた切符が列車の風圧でこれでもかと舞い上がって、フェンスを越えて、プラットホーム横の駐輪場にフェンスを超えてダイブした。
着地点は早朝の雨でできた水溜まりだった。
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