咲いた夢

梁瀬 叶夢

咲いた夢

「まもなく、永瀬、永瀬です」

イヤホン越しに車掌のアナウンスの声が耳朶を打った。私は今日、東京から三時間電車に揺られながら七年ぶりとなる私の故郷、永瀬村へと帰郷している。

私は高校を卒業してすぐにこの村を離れ、小さい頃からの夢であったシンガーソングライターの夢を叶えるために上京した。最初の頃はなかなか芽が出なかったし、路上ライブをしていてもオーディエンスが一人いれば、私にとっては大盛況といった具合だった。

そんなある日、いつもの場所で路上ライブをしていると突然見知らぬ男性に話しかけられた。

「君、いい声しているね。少し話があるんだけど、いいかな?」

まさか、と思った。ただでさえこんなにも私の歌を立ち止まって聴いてくれる人はいないのに、なんで私なんかをスカウトするのか。

いや、まだスカウトと決まったわけじゃない。話を聞いてから判断しないと。

私はそう考え、とりあえず彼の申し出に了承し、近くのカフェで話を聞くことにした。

「実は私、こういう者でして」

彼はそう言うと鞄から名刺を取り出し、私に差し出してきた。それを見ると、

株式会社ドリプロ スカウト課 羽田 優

とあった。本当にスカウトだったとは、驚きだ。しかもあのドリプロなんて。

ドリプロというのは、歌手からアイドル、声優まで幅広い分野をプロデゥースする国内でも有名な養成所だ。この界隈において、ドリプロにスカウトされたという事実だけで憧れの的になるほどドリプロへ入る門は狭く、チャンスも少ない。

というのも、ドリプロは面接や試験などを一切しない。スカウトのみがドリプロ養成所へ入る唯一の道なのだ。それゆえ、スカウトされたという経験でさえもドリプロに認められるほどの実力を持つということを示すので、多くの人たちが少しでもスカウトされるチャンスを増やそうと努力している。私は、あまりそれを意識したことはない。だからどうして私がスカウトされたのか不思議で仕方なかった。

「おそらく、私たちの会社のことは知っていることと思う。そこで伺うが、どうだろう。私たちに君の未来を託してはくれないだろうか。もし了承してくれるなら、私たちは君の夢を叶えるために協力を惜しまないことを約束する。必ず、君の夢を叶えてみせますよ」

私にとって、これはまたと無い千載一遇のチャンスだった。これを逃さない手はない、必ず私は夢を叶えてみせる。

それから私はドリプロに入ることを決め、歌手としての教育を受けた。その過程でとあるアイドルアニメの声優を担当することになり、さらに自分が担当するキャラクターが主人公ということも相まって私の知名度は飛躍的に上がった。

最初はなんで声優なのだろう、歌手としてのレッスンをもっとしたいのにと不満を感じたけれど、実際やってみると声の出し方、音色、抑揚とか、歌手に繋がるような経験ができたし、アニメが大ヒットしたことで私の知名度も上がったことを考えると決して悪くないことだったなと思う。

SNSへの書き込みを以てみると、

【あの声優さんの声と私のイメージする主人公の声が解釈一致すぎてびっくり!それにしても声優さんの声綺麗だったなぁ。まるで歌手みたいだったよね!】

【これほどにキャラクターと声優の相性が抜群だったことがあるだろうか。少なくとも、僕はこれを上回るものを知らない。素晴らしいアニメ、素晴らしい声優さんだった。】

【声が尊い。主人公じゃなくて声優さんが推しになっちゃった!まじで尊い。可愛いし綺麗だし、あぁもう尊すぎる!】

こんな感じで私自身に関する書き込みがとても多いことに驚くと同時に、私を見てくれる人が多くいることに気づいてとても嬉しく感じた。

個人的なイメージとして、かなり力のある声優でなければ世間に認知されにくいと思っていた。しかし、最近は声優にスポットライトが当たることが増えているらしい。子供の将来の夢ランキングで声優が上位に食い込むようになったのも、その表れだろうか。

とにかく、そうして飛躍を遂げた私だが、アニメが放送終了した後も声優としての依頼が止むことはなかった。それほどにあのアニメの反響は凄まじいものだったのだろう、一時には3作品ほど声優を兼任したこともあった。

歌手としてのレッスンを重ねる間に、声優としての仕事もする。その日々はとても辛くて、逃げ出したいと思ったことは一度や二度ではない。

でも、自分が声を担当したアニメが放送されて、その度に私の認知度が確実に上がっていっているのを実感するのはとても心地よいことだった。私の夢へと着実に進めている。

そんな日常を続けて七年。段々と仕事が安定してきており、ここ数年は歌手としても認知されるようになった。これから目指す舞台は、やはり日本武道館ライブだろう。


イヤホンから流れる音楽が止んだ。再生リストを全て聴き終えたようだ。

私は窓を覗く。するとそこには七年前と何ら変わらない寂れた駅のホームが見えた。駅舎もひびが入ったり、トタン屋根が酷く錆びていてもの悲しい雰囲気を醸し出している。昨今の少子高齢化により、都会から遠く離れた永瀬村は活力を失っているように思えた。都会の喧騒に慣れていた私にとっては、この静けさがむしろありがたく感じる。

電車はゆっくりとホームへ入り、キーっと甲高いブレーキ音を響かせながら停止した。開いたドアから私は一歩を外へ踏み出し、七年ぶりとなる永瀬村の地を踏む。

目の前に広がる、田んぼと点々とある民家だけの景色がとても懐かしい。一気にこの村に住んでいた頃の記憶がフラッシュバックして、私は少しの間この懐かしさに身を委ねた。

私は駅の改札を出る。寂れた街とはいえ、駅前は未だある程度の発展を保っているようだ。というか、七年前よりも発展しているのではないか。

道路や駅前も綺麗に整備されており、いくつか記憶にない店も開かれていた。それに、何人か外国人の姿も見受けられる。

どうやら、この街はこの静けさと自然を切り札としているらしい。外国人観光客にとって日本の稲作や田舎の生活は魅力的で、日本各地の農村部ではこうしたものを目的にやってくる外国人観光客向けの政策が行われているとか。

あちこちからトントンカンカンと家を建てる音が聞こえる。私はいつの間にこの街は発展のそぶりを見せ始めたのかと一人勝手に感心した。故郷の発展は、自分ごとのように嬉しく思える。

私は腕時計へと目をやった。今日は実家へ久しぶりに帰る予定で、両親にもその連絡はしてあるのだが、私は家に帰る前にとある場所へ寄ろうと決めていた。

それは私の思い出と願いが詰まった、韻命神社だ。

駅から歩いて15分、真っ赤に染まる立派な鳥居が見えてきた。韻命神社はそれなりに有名で、県外からも参拝客が訪れることがしばしばある。私も小さい頃から自分の夢が叶うようにとお祈りしたり、友達と遊ぶのに神社で集まったりと、この場所にはたくさんの思い出があった。

一番の思い出は、私が高校2年生のとき、ここにある大きな桜の木の下で幼馴染の隼斗くんに告白されたことだろうか。満開の桜が綺麗で、私の心がときめいたのを今でもよく覚えている。

でも、私が上京するときに別れてからそれっきりで、今じゃ隼斗くんがどこで何をやっているかなんてわからない。なんで連絡先を交換しておかなかったのだろうと不思議に思う。小さいからずっとそばに居てくれたから、いつまでもこれからもきっと隣に居続けてくれると慢心していたのかな。

お賽銭を5円入れて、鈴を鳴らして、二礼二拍手をし、神様に今までの感謝とこれから一層の飛躍を祈願した。あのとき、私がスカウトされたのはきっとここの神様がそう導いてくれたからだと思っている。それに、ここまで飛躍できたのも、理屈では説明できない運があったからだ。私はもう一度神様に深く感謝をし、一礼する。

不意に、なんとなく私はおみくじを引きたくなった。せっかく来たんだし、記念にと思ってお守り付きのおみくじを引くことにした。

中吉

願事 ただひたすらに突き進めば、おのずと道は開ける。

商売 焦らないことが肝要。時に振り返り、着実に進歩するが吉。

学業 一層の努力が必要。

恋愛 かつての縁が巡り来る。すぐ近くの未来に光あり。

金運 過ちを犯さないことだけに気を配るが良い。


まぁ、悪くない結果だろう。恋愛の項目に気になることが書いてあるな。縁が巡る、すぐ先の未来に光あり、ね。すぐ先の未来ってどれくらい先の未来になるかしら。

さて、おみくじ掛けに結ぶとしようかな。

そう思ってあたりを見渡すが、おみくじ掛けがどこにも見当たらない。こういう時は近くの木にかけるらしいので、私は桜の木に掛けることにした。そうした方がいいと直感的に感じたから。

私はまた腕時計を見る。まだ時間的に余裕はあるから、どこかでお茶でもしてから家に向かおうと決めた。確か、駅前にカフェがあった気がするから、そこへ行こう。

私は駅へと戻った。さて、お目当てのカフェはどこだったっけか。私は駅の周りをぐるっとゆっくり見渡す。すると、ちょうどここと反対側にカフェの看板が出ているのが目に入った。

お、あった。

私は店へと近づき、店名を確認してみる。

『カフェ・Beautiful Bloom』

私はその店名を見てハッとする。Beautiful Bloom。日本語に訳すと、美しく咲く。そして私の名前は美咲。

私はもしかして、と思う。しかし、それはほとんど確信に似た感触だった。

私はカフェも扉を開く。中は落ち着いた雰囲気で、この村の雰囲気とマッチしているようで居心地良く感じた。それとは対照的に、私の胸の鼓動は昂り体も少し火照っている。

カウンターの奥を見ると、一人の男性が唖然とした表情で私を見つめていた。私は照れながら彼に微笑みかけた。

「久しぶりだね、隼斗くん」

私がそう声をかけると彼はカウンターから飛び出してきて、私を強く抱きしめた。

私は一瞬驚いたけど、すぐに私も彼を抱きしめ返す。

すぐ先の未来は、思っていたよりも本当にすぐ先の未来らしかった。

私はあそこの神様に最大限の感謝をしながら、彼との再会を心の中で祝う。私は衝動に突き動かされて、彼に私の気持ちを伝えた。

「ねぇ、もう一度私と付き合って」

彼は言葉で返す代わりに、私に口付けをした。大丈夫、隼斗くんの気持ちはきちんと私に伝わったよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

咲いた夢 梁瀬 叶夢 @yanase_kanon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ