第20話 サラマンドラの狂犬
「姫様!!!! 私から提案があります!!!!」
研一が会議室を出るや否や、ベッカがあらん限りの大声と共に挙手する。
ベッカもこれで国一番の戦士であり、地位も親衛隊長という結構な位置に付いている。
下手に研一をフォローするような発言をして、研一の演技がバレる隙を作ってはマズイと思い気配を消すように黙り込んでいたから目立たなかっただけで――
最初から会議には、参加していたのである。
「……隣に居るのですから、そのように声を張り上げなくとも聞こえます」
「失礼しました。配慮が足りませんでした」
そして、サーラに注意される程に声を張り上げたのは失敗でも何でもない。
全て計算尽くの行動だ。
(あのまま放っておけば、あんな救世主を召喚してどういうつもりだ、なんて姫様が責められるのは目に見えていたからな……)
ベッカの狙い通り。
突然、耳鳴りがする程の爆音に襲われたお偉方の面々は、しかめっ面を晒しながら耳を抑える事で精一杯。
耳鳴りが収まり始めた後に取れる行動なんて、これだから武力以外に脳がない者は、と言いたげな目でベッカを睨み付ける事くらいだ。
「それで提案とは何です?」
「あの者の提案に従った振りをして、女性を集めるだけ集めてしまうのです」
これは研一から指示されている訳ではなく、ベッカの独断での行動だ。
スキルの詳細なんて聞かされてないし、研一が何を考えているのかなんて今でもベッカは知らないのだが――
(誰にも認められないのに子どもを助けた人間が必要だと言ってるんだ。理由は解からないが、何か大事な事なのだろう……)
集めるだけ集めたところで、傷付けるような事なんてしないだろうという絶対の信頼を抱いている。
それならば研一の申し出を成功させるように動くだけだった。
「確かにそれしか手はないように思えます。ですが国がそのような事をしたという悪しき前例を残すのは――」
「滅んでしまえば前例も何もないではないですか。それに集めるだけですよ。我々が魔族との戦いに赴いている最中に、集められた女性を全て逃がしてしまえばいいのですよ」
そして、いくらでも自分やセンに手を出す機会があるのに出していないという事は、実際に手を出すのは何か不都合があるのだろう。
そう判断したベッカは、最終的には研一が手を出さずに済むように状況を整えていく。
「何も問題等ないでしょう? あの者は国の力を使って女を用意しろとは言いましたが、管理するのは、用意された女性を受け取ったあの者の責任です」
「そんなのは屁理屈でしかないでしょうに。それで救世主様が納得してくれると思いますか? 魔族との戦いに勝利しても、次は我々が救世主様に滅ぼされてしまいますよ」
研一の普段の態度を考えれば、サーラの言葉の方が正しく聞こえるだろう。
だが、そんな事にならないという確信を持っているベッカは迷う事無く言葉を紡いでいく。
「かもしれません。ですが、国を滅ぼせば女性だって死に絶えますし、それでは他の国に行こうとなっても、身勝手な理由で一つの国を滅ぼした者など受け入れる国は多くないでしょう。それくらいはあの者だって理解しているでしょうし、次は女共を逃がさないようにしろ、と厳重注意する程度で終わる可能性は十分にあります」
「その場凌ぎではないですか……」
「ですが、この場を凌がない事には何も始まりません」
自信に満ちた言葉というのは何の根拠なんてなくても、ここまで言い切っているのだから正しいのではないかという印象を相手に与えるもの。
「……確かに。アナタの言うとおりなのかもしれません」
特にそれは迷いを持っている者に程、強く響いてしまうものであり。
あれ程に渋っていたサーラも、ベッカの言うとおりにするべきではないかという気持ちが強くなっていた。
「本当にあの者が女性を逃がした事に怒りを覚えて暴れようとした場合は、私にだって覚悟があります」
(ここが決め時だな)
「逃がした女性達に代わって私が相手をすると真っ先に立候補しましょう。そして少しでも怒りを鎮められるよう、この身の全てをあの者に捧げ尽くします。無骨で女としての魅力に欠けるとはいえ、私だって若い女です。ストレス解消要員くらいにはなるでしょう」
まかり間違っても、そんな展開になんてならないだろう。
けれど、何かの手違いでそうしなければならない流れになってしまっても、ベッカとしては好いた男に抱かれるだけの話。
(それはそれで悪くはない)
何も問題ないというか、むしろ望むところでさえあった。
「それ程の覚悟をしてまで、ですか……」
誰よりも信頼する腹心であるベッカにそこまで言われてしまうと、もうサーラとしては否定する言葉なんて出て来ない。
――そもそも他に良案がなく研一の提案を断り切れずに保留にしていた時点で、遅かれ早かれ結末は似たようなものになっていたのかもしれない。
「……私が至らないばかりに辛い役を与えてしまい申し訳ありません」
「お気になさらず、姫様。この国の未来と姫様の為ならば、この身、この心。捧げる事など当然の事です」
申し訳なさそうに謝るサーラにベッカは後ろめたさなんて欠片も見せず、むしろ自らの忠誠を示すように恭しく頷いた。
もし研一が今回の件を見ていれば、サーラを騙すような事をしていて、いけしゃあしゃあとそんな態度取れるのかと、感心を通り越して恐怖を覚えた筈だ。
けれど、真実を知れば別の意味でそれ以上の驚きと恐怖を隠せなかっただろう。
(これでこの件は全て問題ない。あいつの提案も最高の形で解決されるだろうし、国も救われ姫様の心労も減る。私が身を犠牲にするような姿を見せた事で、他の者も口出しをし難くなった筈だしな)
というのも、ベッカにサーラを裏切っているつもりなんて微塵もないからだ。
研一を含めた多くの者は誤解しているのだが、一見するとベッカはサーラに従順な忠犬のように見えるだろう。
隠し事の一つもせず、盲目的に主に付き従う自身の考えを持たない部下。
そんな印象を抱いている者が多いが――
(だが、姫様の発言力が高くなり過ぎるなどと考えて、下らない嫌がらせに動く馬鹿が出ないとは限らない。戦の前だ。場合によっては物理的に退場させる事も考えなければな……)
ベッカは決して意志無き駒ではない。
サーラの為になると思えば、命令などなくても自らの意志で勝手に障害の排除に動くし。
逆にサーラの為にならないと感じれば、サーラの命令なんて平気で無視しまくる。
それは過去の行動からも明らかだ。
(それにしても最初に出会った頃は、あいつにこんな気持ちを抱く事になるなんて、想像すらしなかったな……)
研一が召喚された時だって、サーラが止めたって無視して勝負を挑んでいたし。
サーラが嘔吐する程に身も心も汚されたと思えば、救世主の力は今後の為に必要だと言ってた筈なのに、そんな言葉なんて言った覚えがないとばかりに即座に本気で殺そうとする。
(それも仕方ないか。誰にも認められずとも、悪党共を叩きのめして子ども達を救わずには居られない。恰好良過ぎるものな)
挙句の果てに魔人の落とし子達が不当な扱いを受けていると解っても、サーラの負担にしかならないと思えば伝える事もせずに隠蔽に走り――
本心では子ども達を助けたくて堪らないのに、自らの心を殺して黙す事さえ厭わない。
(そうだな。あいつの隠している事情次第ではサーラ様の元へ婿入りしてもらい、側室に私を置いてもらうという道が一番いいかもしれないな。折を見て一度あいつに相談してみるか?)
彼女の本質は、主の為ならば何でもする狂犬なのだ。
その狂気は自らの恋心にさえ揺るぎの一つも見せる事無く――
ただサーラにとっての最善だけを求め、愛した者を巻き込むさえ平然と容認させる。
(ふふ、姫様と一緒の初夜か。そんな事態になって驚くあいつを姫様と私の二人掛かりで夢中にさせる。うん、いいじゃないか)
ベッカの静かな狂気を知る者は、まだどこにも居ない。
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