第19話 女共を差し出せと喚き散らしてみる

「そんな事、出来る訳がないでしょう!」


 悲鳴のようなサーラの怒声が部屋中に響き渡った。


 ここは城の中にある会議室。


 魔族との戦いというこの国の未来が決まると言っても過言でない事態に、見るからに地位や身分が高そうな人間が集まっているのだが――


「お、いいのか? 別に俺としちゃ今回の戦いを手伝ってやる理由もなければ、そもそも人間の味方してやる理由だってないんだぜ?」


 そんな中、いつもの態度で好き放題喚き散らしているのが研一であった。


 むしろ重要な会議な上に周りに大勢人が居る中でも普段どおりの態度と考えると、いつも以上に酷い有様とさえ言えるだろう。


「別におかしな事は言ってねえだろ? この前手に入れたガキも悪くないんだけどさあ。いつも同じもんばっかり食べてると、ちょっと飽きてきたっていうか。だから新しい女を調達してくれって言ってるだけじゃねえか」


「ですから! どうしてそんな事を国からの政策として行なわねばならないんです! 救世主様は対策会議を何だと思ってるんですか!」


 常識的に考えれば、研一を追い出して会議を進めるべきだ。


 居るだけで邪魔にしかならないし、救世主という立場ではあるものの軍勢も持たない個人でしかないのだから。


「むしろ姫さんの方こそ、何だと思ってんだよ? 今回の魔族との戦いで一番大事なのはなんだ? ん? 言ってみろよ?」


 ただし、それは地球規模での常識の話。


 この世界で強い個人というのは――


 手や剣から衝撃波を飛ばして遠くの大岩を粉砕するだとか、魔法で三階建ての建物を一瞬で消し飛ばせる攻撃を平然と放ち。


 そんな攻撃を受けても痛いで済む程度の頑丈さを持っている。


 言ってしまえば、人の形をしているだけの化け物。


 普通の人間では束になっても、相手にならないだけの武勇の持ち主の事であり。


 桁外れに強い個人の価値というのは、並の兵が百や千集まっているよりも遥かに大きなモノなのだ。


(人間同士なのに、像と蟻以上の戦力差があるんだよな……)


 たたでさえ個人個人の武勇にそれ程の差がある中、救世主である研一の強さは飛び抜け過ぎている。


 どれくらい飛び抜けているかと言えば、一国家の戦力全てを総動員して研一を倒そうとしても、相討ちに持ち込む事すら不可能な程の反則具合だ。


 ――ただし、ベッカに憎まれていた頃と同じ強さで力が揮えるならばの話だが。


「……救世主様の御力を、どう使うかです」


 そんな研一の圧倒的な力と重要性なんて、サーラの方が何十倍も理解している。


 だからこそ、どれだけ無茶苦茶な要望を言われても、それならば貴方の力なんて必要ありませんと跳ね除けて、会議から追い出す事が出来ずにいるのだ。


「ちゃんと理解してるじゃねえか。これでも知ってるんだぜ? 想定していた以上に魔族側の軍、規模がデケえんだろ? 俺の機嫌を損ねちゃマズイんじゃないの?」


「何故その事を……」


「救世主様だからかねえ。魔族の気配っていうヤツ? それが伝わってくんだよなあ」


 さぞ当たり前のように告げる研一であったが、そんな能力はない。


 事前にベッカから情報を集めていただけの事。


 これからは協力してくれるという言葉に嘘はなく、アレから監視としてベッカが派遣されて来る際には、それなりに話しているのだ。


 ――自分の戦力としての重要性を知っているのも、先に予習を済ませていたからだ。


(まあ、今だけの協力関係なんだけどね……)


 魔族との戦いまでに嫌われて、力を取り戻す方法は残念ながら浮かばなかった。


 それならば手段など選んでなんて、いられない。


 いつかは裏切り傷付け再び同じように憎んでくれるように努力するが、とりあえず今だけは上手く利用する。


(残酷な事をしてるよなあ……)


 けれど、願いを叶える為ならば誰から憎まれたって構わないと、とっくの昔に腹は括っている。


 それがこの世界で初めて自分を理解し、認めてくれた相手であっても揺るぐ気などない。


 とりあえず、ベッカの件は一旦置いといて。


 今大事なのは、サーラをどうやって言い包めるかである。


「俺だって少しは学んでるんだぜ。これで国中の女を全部差し出せーって言ったら絶対に姫さんは首縦に振りゃあしないだろ?」


「当たり前です」


 普通にやれば生真面目なサーラを悪行に巻き込むのは難しい。


 国の権力で無理やり女を捕まえてこいなんて言っても、こうやって絶対に了承しないのなんて今までの経験で解かり切っている。


 けれどマトモにやらないのであれば、いくらでも手はあるのだ。


「だからさあ、国の奴等に選ばせるってのはどうよ? 偉大な偉大な救世主様がお前等を守ってやる代わりに女を差し出せって望んでる。満足いく質と量が集まったら戦ってやるってな」


「そんなの認める訳――」


「お、何だ? 姫様が国民の意見も訊かずに独断で決めていいのかい? たかだか身体差し出すくらいで生き残れるなら喜んでって奴も大勢居るだろうに。くっそ真面目で融通の利かない姫様のせいで全員死んじまうのか。可哀そうになあ」


「そ、それは――」


 案の定、国民全員の命を天秤に掛け、選択は国民に任せるべきだと告げるだけで。


 あれ程頑なに拒んでいたのに、サーラは言葉に詰まって言い返す事すら出来なくなる。


「それで連中が要らないって言うなら、しょうがない。お役御免って事で別の国にでも行かせてもらうぜ。俺くらい強過ぎると、どこの国からも引っ張りだこだろうしな」


 駄目押しとばかりに自分はどっちを選んでも構わないとばかりに、興味なさげに付け加える。


 これで駄目ならば――


(……もう本当にヤバイ事しか浮かばないぞ)


 それこそ新婚ばかり狙って民家から新妻でも攫いまくるだとか、そういう次元の誤魔化しようのない悪事を働くくらいしか案がない。


(あぁ、本当に胃が痛い……)


 それは研一に演じられる悪役の範囲を色んな意味で大幅に超えており、想像するだけで胃がキリキリと悲鳴を上げていく。


 ――攫うだけ攫って、襲う襲うと脅すだけで手を出す気は絶対にないが、それでも想像するだけで吐きそうなくらい胃が痛かった。 


「……考えさせて下さい」


 幸いにも研一の心配は杞憂に終わる。


 国民の命が掛かっているのだから、国民に決めさせるべきだという提案にはサーラも思うところがあったらしい。


 今までのように無理だと一刀両断出来ず、迷うようにサーラは決断を先延ばしにする。


 ――それでも今までのように、城の中だけで隠蔽出来るような話ではない。


 魔人の落とし子の件は不当な扱いをされていた子ども達を救世主が助けたという形に対外的にはしていたが、今回の提案は、どう頑張っても国民に誤魔化しようがない上に。


 サーラ自ら国民に犠牲を求める形になるのだ。


 迷うのも当然と言えるだろう。


「それじゃあどうするか決まったら呼んでくれ。ああ、それと萎えるから中古の商売女を掻き集めてくるのは止めてくれよ。新婚や人妻は逆に有りだけどな」


 ここで無理に決断を迫れば、却って無理だと言われる可能性が高いと研一は判断した。


 あえて答えは保留のままにして、会議なんて面倒だという体を装って、部屋に戻る事にする。


 ――ちなみに身体を売る事を商売としている女性を弾いたのは、そういう女性ならむしろ王家から金を払い依頼すれば普通にOKされると解かり切っており。


 憎まれ恨まれたいだけで、実際に女に手を出したい訳ではない研一としては都合が悪いからだ。


「……噂には聞いてたが酷いな」


「……どうして国の命運をあんなゴロツキに託さねばならないのか」


 そうして会議室を出ようとした研一の背中に。


 会議中には押し黙っていたお偉い方が、あえて聞こえるような声量でここぞとばかりに嫌味の声を飛ばしてくるが――


(ん? これだとスキル成長しないのか?)


 一方的に言いたい事が言えてスッキリでもしたのだろうか。


 会議中は絶えずスキルが成長していくような気配を感じていたのに、急にその感覚が薄れていく。


「あ、何だ? 自分達の国すら守れず人任せにしようとしているゴミ共の癖に、口だけは一丁前だな。その口に見合った力もあれば俺みたいな奴に頼らなくてもよかったってのに、可哀そうな奴等だねえ」


 それならば無視せずにヘイトを稼いでおく事にする。


 特大の嘲りを込めた言葉を部屋中の全員に聞こえるように告げてから、言い逃げする形でそのまま部屋を出て行った。


(ああ、なるほど。確かにスッキリするな)


 もしかしたら、知らず知らずの内に鬱憤でも溜まっていたのかもしれない。


 心持ち足取りが軽くなるのを感じながら、研一はセンが待つ自室へと戻る事にしたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る