第三章 理解は絶望と共に

第16話 束の間の安息

 センを救出してから、一週間ばかりの時が流れ――


 研一は用意された自分の部屋で物思いに耽っていた。


(サーラ、あんまり頑張り過ぎてないといいんだけど……)


 あれからサーラとは、ほとんど顔を合わせていない。


 理由の一つは単純にサーラが忙し過ぎるから。


 いよいよ魔族との戦が近くに迫っているらしく、その対応に追われているだけでも忙しいだろうに――


 センの一件以来、不当な扱いを受けている魔人の落とし子が居ないかの調査と保護を積極的に行なっているらしい。


 それも下の者に命じるのではなく、サーラ自ら陣頭指揮を執っているのだそうだ。


 しかも、小耳に挟んだ話によると全く寝ていないらしい。


(地球だったら絶対に倒れてるよ……)


 常識的に考えれば大袈裟に言っているだけで、少しくらいは寝ていないとおかしい話なのだが、それはあくまで地球基準の常識。


 そもそもサーラは不眠不休で高度な儀式を続けて、地球から研一を呼び出したという前例だってある。


(何か魔法で体力とか回復してれば寝なくてもいいらしいけど――)


 それでも物凄く無理をしている事には変わらないらしい。


 そうでもなければ、城中の嫌われ者である研一の耳にまで噂は届いてこない。


 だからこそ心配せずには居られなかった。


(まあ、他人の心配している余裕なんてないのかもしれないけどね……)


 実は研一の方も大きな問題を抱えていた。


 というのも、そもそもセンの救出は善意や正義感の元に始めた事ではない。


 元々は、国中の民に恨まれる為の作戦の第一歩目だったのだが――


(全部、サーラにやらせる事になっちゃったからなあ……)


 当初の予定では、センの救出を皮切りに魔人の落とし子の件は、自分の名前を大々的に出して関わっていく予定だった。


 そうすれば、この世界に来たばかりで何も知らない癖に好き勝手やりやがってと、国中から恨まれ放題だし。


 子どもを助けて恨まれるなら研一の心だって大して痛まない。


 少なくともスキルを強化する為だけに、罪もない相手に無理やり嫌がらせとかするよりは遥かにマシという一挙両得の計画の筈だったのだが――


(名前を大々的に出すどころか、魔人の落とし子の件には一切絡ませてくれないんだよな……)


 おまけにセンの救出の件で完全に信用を失ったらしく、監視の目が厳しくなり新しく何かをするのも難しい状態だ。


 保護された子ども達の様子を見に行く事さえ許されていない。


 ――と言っても、そこはサーラだし悪いようにしてないだろうと思っているのだが。


(魔族との戦に向けて俺の事隠しておきたいってのもあるのかもね……)


 理由は何であれ、想定していたスキルの強化が出来ていない。


 それでも不幸中の幸いというべきか。


 フェットと繋がっていた権力者達は研一の存在を知っており、突然サーラが魔人の落とし子への取締を強くしたのは救世主に誑かされた、みたいに考えたらしい。


(それで少しは強くなったみたいだけど――)


 本当に僅かにしかスキルが成長した感覚がないのだ。


 まるで何かに邪魔でもされているみたいに。


(マズイよなあ)


 これから本格的な戦いが始まるのだ。


 今ままでは苦戦どころか戦いになる相手すら居なかったものの、今後も楽勝の相手しか出て来ないとは限らない。


 出来れば今の内に大幅な強化を図りたかった。


「…………」


 そこで思考が途切れたからだろう。


 研一は自分を無言で見詰め続けている十歳前後に見える黒髪の少女、センに視線を向ける。


(この子の事も色々考えていかないとなあ……)


 魔族の女と約束したし、暫く面倒を見ていくつもりではある。


 けれど、目的さえ果たせば自分はこの世界から去る身。


 それだけじゃない。


 これから研一は更に憎まれ恨まれまくる予定の立場なのだ。


 自分への憎悪の矛先がセンに向いてしまう可能性を考えれば、緊急避難先の確保という意味でも自分以外の人間とも関わっていってほしいと思っているのだが――


「あの、センちゃん。いつも言ってるけど、お城の中なら俺の事なんて気にせずに遊んできていいんだよ?」


「私は研一さんの話し相手です。だから研一さんが話したくなった時に、いつでもお話出来る場所に居ないといけないんです」


 ずっとこの調子で、基本的に離れる事がない。


 今までの状況を考えれば仕方ない部分もあるかもしれないが、これでは緊急避難先がどうこう以前にセン自身にもよくない。


 少しずつでいいから、周囲との交流に興味を持ってほしくはあるのだが――


「その、邪魔です? 邪魔なら見えない場所に居るから――」


 殴ったりしないでほしい。


 なんて怯えた目で身体が震えるのを我慢しながら告げられると、どうしても邪険に出来ない。


「ああ、いや。邪魔なんて事は本当にないんだ。凄く役に立ってくれてる。センちゃんには本当に助けられてるよ」


(これはお世辞とかじゃなくて本当にそう。センちゃん居なかったら、もう胃潰瘍にでもなってないのが不思議なくらいの状態だったし……)


 それに正直なところを言えば、センの今の状態は研一からすれば有難くはあったのだ。


 というのも、基本的にセンは研一以外の人間が近付くと酷く怯える。


 特にサーラに関しては近付くだけで震えだし、向こうから話し掛けようものなら泣き叫んで研一に縋り付く始末。


 ――これがサーラとあまり会わなくなった、もう一つの理由だろう。


(そのお陰というか、センちゃんが来てからはサーラも俺の部屋で寝ようとはしなくなったし、部屋の中だけは落ち着いて過ごせるようになったのは事実だからなあ)


 自室の中だけとはいえ、人の目を気にして悪党の演技をする必要もなく、素の状態で心穏やかに過ごせる時間が手に入ったのは全てセンのお陰だと言っても過言ではなく――


 これもまた、センに他の人ともっと交流するように強く言えない理由でもあった。


「前にも言ったけどさ。あの赤い髪の人は別に悪い人じゃないんだよ? むしろ、びっくりするくらいに良い人なんだって俺は思ってる。だから、そんなに怖がらなくてもいいと思うんだけど……」


 それでもセンの事を心の底から心配している筈なのに、避けられているサーラの事を考えると忍びない。


 何か誤解があるだけだと思うから、一度しっかり話してみてほしいと思うのだが――


「そ、それは命令ですか? それなら、研一さんが良い子だって思ってくれるなら。頑張り、たいとは思うので、す……」


 サーラの何がそこまでセンを怖がらせているのか。


 話題に挙げるだけで、半泣きになる有様である。


「ああ、いや。センちゃんが仲良くしたいならでいいんだよ。こういうのって本人の意志が大事だからさ」


「だ、大丈夫です。研一さんが喜んでくれるなら我慢しますから」


「ごめんごめん。意地悪言った。センちゃんが仲良くしたいなら話してほしいけど、我慢して嫌々でやるなら俺は喜ぶどころか悲しいよ」


「そ、そうなんですね。それじゃあ、あの赤い髪の人とは話したくないです……」


「うん、それで大丈夫だよ」


 心底ほっとした様子で胸を撫で下ろすセン。


 それだけで相当に苦手な事が解る姿に、一体サーラの何がそこまでセンを怖がらせているのかと疑問に思ったところで――


(そういえば何で苦手なのかって訊いた事なかったな……)


 よく考えれば怖がるのが当たり前みたいに感じていたけれど、実際に理由を訊ねた事がない。


 何を誤解しているのか解かれば、少しはサーラへの苦手意識を減らす言葉を掛けられるのではないかと考え、早速訊ねてみる事にする。


「ちなみにあの赤い髪の人の一番どこが怖い?」


「えっと、いきなり服を脱ぎ始めちゃうところです」


「……ああ、うん。そりゃ怖いよね」


(そのとおり過ぎて反論の一つも出て来ない!)


 研一はあの時の突然過ぎるサーラの脱衣行為が、センを助ける為に形振り構わず全力で挑んできた結果なのだと知っている。


 知っていて尚、何でだよと思わずには居られない絵面なのだ。


 それを機微を解からない子どもに察してやれ、という方が難しい話なのかもしれない。


 ――そもそも脱いだ方が強くなるからって、実際に脱ぐのがこの世界でどれくらいの恥ずかしい行為なのかイマイチ解かっていない部分もある。


(センちゃんの中ではサーラの必死の想いなんて一切伝わってなくて、ただの恐怖の全裸女でしかなかったって事か……)


 だとすればあまりに不憫で報われない。


 せめて魔族との戦いでは大いに役に立ち、救世主の召喚は間違ってなかったと胸を張れるくらいに魔族を倒しまくろうと決意する研一なのであった。


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