第11話 吹き飛べ、悪人共

「人が下手したてに出ていたら調子に乗った事を!」


 あまりに勝手過ぎる研一の物言いに、さすがに我慢の限界を迎えたらしい。


 フェットは叫んだかと思うと、突然拍手でもするように手を二回叩く。


「野郎共、久しぶりの雇い主からの呼び出しだ! 気合入れろ!」 


 途端に荒くれ者といった感じの雰囲気の男達が前後左右、そこ等中から次々に現れた。


 かと思うと、あっという間に研一を取り囲んでしまう。


 ――完全に狙い通りの展開に内心でほくそ笑んでいた研一だったが、次のフェットの行動には度肝を抜かれる事になる。


「いやあ、残念ですよ。あなたとなら良いお付き合いが出来るのかと思ったのですがね。ここまで話が通じない相手とあっては、こちらも相応の対応をせねばなりません」


 フェットが突然、服を脱ぎ捨てて半裸になったのだ。


 その後も何か色々言ってきていたが、もはや言葉なんて研一の耳に入って来ない。


 何で自分は突然、だるだるの脂ぎった男の身体を見せ付けられないといけないのかという怒りにも似た戸惑いしかない。


(……ああ、そうか。魔法使いは露出多い方が有利になるんだったな)


 少し遅れて気付いた。


 自分を取り囲んでいる筋肉質な荒くれ者達に混じり、杖を持った少し線の細い半裸の男達の姿が見える。


 この半裸の姿こそ、魔法使い達が本気で戦うという宣言のようなものだと。


「身の程知らずの若造に教えて差し上げましょう! サラマンドラ王国でサーラ姫に次ぐ魔法使いである、この油塗れのフェットの力をね!」


 そしてフェットという男が、ただ子どもを食い物にしているだけの権力者ではなく、自らも戦うタイプの魔法使いであるという事を。


(誰得の絵面なんだよ……)


 心の中で突っ込まずには居られないが、そういう世界なのだと諦めるしかない。


 やや気勢を削がれたが、これから戦いなんだと気合を入れ直す。


「あの女を入口に置いてきたのは間違いでしたね! いくら救世主としての力を持っているとはいえ、まだこの世界に来て数日程度。この人数相手ではどうしようもありますまい! 直接その身に魔法陣を刻んで、私の操り人形にして差しあげますよ!」


 フェットの声に導かれるように荒くれ者達が襲い掛かってくる。


 どいつもこいつも何故か光り輝き始めたが、ベッカも戦闘時には光り輝いていたし、そういうモノだと割り切って気にせずに戦う。


(相手が複数だとこんな感じに見えるのか……)


 それは奇妙な光景であった。


 まるで俯瞰視点で見ているゲームのように、周囲どころか自分の姿まで確認出来ている。


 おまけにベッカと戦った時と同じように、勢いよく襲い掛かってきている筈の荒くれ者達の動きがスローモーションにしか見えない。


(これで負けろって方が難しい話だ)


 背後から襲ってきている荒くれ者達を倒そうと意識した瞬間、まるでゲーム内のキャラを操作しているような感覚で身体が動いていく。


「ぐぇっ!」


 目の前の敵に攻撃したいと考えれば、拳が勝手に突き出され――


「うわっ!」


 面倒だから纏めて倒したいと念じれば、振り払うように動かされた腕から衝撃波が発生して広範囲を薙ぎ払う。


 その度にまるでスカスカの人形でも殴っているんじゃないかと思う程に、荒くれ者達が勢いよく吹き飛んでいった。


(腕から何か出たんだが……)


 あまりに圧倒的過ぎて危機感がない上に、俯瞰視点で見ているからだろう。


 自分の腕から衝撃波が出た事を他人事のように感じながら、戦闘とも言えない蹂躙を続けていく。


「ば、馬鹿な……。ベッカと戦った時はここまで……」


 そこで半裸で杖を持った男の一人から、そんな言葉が零れ出るのが聞こえた。


(ああ。やっぱり居たか……)


 おかしいとは思っていたのだ。


 いくら救世主の伝承があり風貌が似ていたのだとしても、それでもパッと見ではただの若造にしか見えない自分を救世主と確信して持ち上げるのは違和感しかない。


 だから自分の事を直接見た事がある人間が、フェットに協力している筈だと思っていたし。


(明らかに俺の強さを誰かから聞いてた雰囲気だったからなあ)


 その中でも研一とベッカとの戦いを直接見ていたのは、サーラ直属の親衛隊の兵士達か、あるいは王女であるサーラや親衛隊長であるベッカに近い地位を持つ者だけ。


 後で城内の人間も徹底的に調べさせようと心に誓う。


「す、素晴らしい! これ程の力があれば魔族の雌など捕まえたい放題ですぞ! 確かに私めが身の程知らずでした!」


 そこでフェットの感極まったとばかりの叫び声が地下中に響いた。


「ご要望通り今ある商品は全て差し上げます! 他に望みがあれば可能な限り、お聞きしましょう! 私と貴方様が組めば稼ぎ放題思いのまま! さあ、私と共に甘い蜜月の日々を歩もうではないですか!」


(こいつ、うるさいな……)


 今回の戦いで解った事だが、魔法を使うには詠唱や特定の動作等が必要らしい。


 それと魔法使いに用事があったので荒くれ者達を先に倒したが、別に他にも魔法使いは居るんだし先に倒しておけばよかったと心の底から思う。


「今更遅いんだよ」


「グギャッ!」


 起きていても鬱陶しいだけだし、フェットを殴り飛ばして黙らせる。


 悪党演技をしているから仕方ないが、同類に思われているのが嫌で他の奴等以上に力が入ってしまった気がするものの、脂ぎった悪党がどうなろうが知った事ではない。


(サーラに次ぐ魔法使いとか盛り過ぎだろ……)


 たったの一撃で白目を向いて泡を吹いて倒れたフェットを尻目に。


 返す刃で勢いのままに、残った他の魔法使い達も叩きのめす。


「おい、お前」


 ほとんどの人間を吹き飛ばして気絶させたところで、最後に一人だけ残していた男――


 ベッカの事を呟いていた半裸の魔法使いへと声を掛ける。


「…………」


「無視とは良い度胸だなあ? それとも殺されたいから俺の事、わざと無視してんのか?」


 あまりの研一の強さに信じられないとばかりに立ち尽くして反応しない男に、苛付きを抑えられないといった感じで声を掛ける。


 実際、少し焦っていた。


 フェットの無駄話が長くて、当初の予定よりも少し時間が掛かっている。


 このままでは用事を済ませる前に、サーラが嗅ぎ付けてしまうかもしれない。


「ひっ! こ、殺さないで……」


「なら今からする俺の質問にさっさと答えろ。嘘だと思った時点で殺す」


「話す! 話します! 何でも聞いて下さい!」


 だから殺さないでと半泣きになって懇願を始めた魔法使いの男へ質問をしていく。


「いい返事だ。それじゃあ――」


 聞きたい事は色々あったが、差し当たって知らないといけないのは子ども達の事。


 魔人の落とし子を育てる上で、普通の人間にはない気を付けなければいけない事はあるか。


 フェットは研一に対して、魔法陣を直接刻んで操り人形にするなんて話していたが、その魔法陣は子ども達に刻まれているのか。


 それ等の事を長く性処理道具を使い続けるにはどうすればいいかという風に聞こえるように、出来るだけ悪辣で傲慢な態度で訊ねる。


(なるほどな……)


 話を聞いて解ったのは、原則としては食事等は普通の人間と同じで構わない事。


 魔法陣は既に刻まれているが、それは反乱防止の為に魔人の落とし子には全員刻まれている通常のものだけで――


 人間に危害を与えようとすれば魔力が暴走して死ぬ程の激痛が走り、度を越せば本当に死んでしまうという事だった。


(操り人形にする魔法陣は特殊な上に、下手すると術者が操り返される事もあって危険だから、余程の事でもない限り刻む事はない、ねえ……)


 そんな危険な代物をフェットは研一には刻み込もうとしていたらしい。


 救世主という存在は、それ程までに魅力的に見えたのだろうか。


 ――あるいは興奮して口走っただけの脅しで、本当に刻む気はなかったのかもしれない。


(とりあえず今把握しておけばいいのは、この辺か……)


 他にも生命力は強いから多少飯を抜いたり雑に扱っても大丈夫だとか、魔族の血が濃く出た者は特殊な能力を持っている事があるとか他にも色々言っていたが――


 そこは後で改めて確認しておけばいい話。


「よし、寝てろ」


「えっ――」


 一先ず聞きたかった事は聞けたので殴っておく。


 突然殴られたからだろう。


 悲鳴を上げる事も出来ず、僅かな戸惑いの声一つで男が吹き飛んでいった。


(……この世界の奴等って頑丈なんだな)


 別に全身全霊で殴った訳ではないが、それでも死んでもいいかという雑な気持ちで手加減なんてせずに全員殴ったし、吹き飛んで壁や天井に激突している。


 それでも大きな怪我一つせず気絶しているだけの男達の姿に僅かに驚きを覚えつつ、周囲を見渡す。


(あった、あれか……)


 フェットが脱ぎ捨てた服の中から鍵を回収した後で、気絶した男達を空いている部屋に押し込んで鍵を掛けた。


「すぅ、はぁ……」


 そこで一つ深呼吸。


 子ども達に関しては残念ながら今すぐに出来る事はない。


 牢から開放して外に出したところで行く当てなんてない事は解かり切っているし、だからといって研一だけで世話を続けていくのは不可能。


 最初から子ども達の事はサーラに協力させる事が前提だ。


 それでも研一が急いでいたのは、どうしてもサーラが来る前に済ませて起きたい事があったから。


(この先に居るんだよな)


 それは囚われている魔族の女に会う事。


 もしその女の怪我が酷くてどうしようもないのなら、サーラが見る前に後始末を付けなければならない。


 それはサーラみたいな人間に惨劇を見せたくないという部分もあったが――


 それ以上に自分が始めた戦いなのだから、ケジメは自分で付けるべきだという研一なりの意地のような面もあった。


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