第10話 脂ぎっしゅな権力者
「これはこれは救世主様! このような場所にどのような御用でしょうか?」
問題の館へ辿り着いた研一を出迎えたのは、その館の持ち主であるフェットであった。
年齢は四十半ばくらいの脂ぎった太った男で、媚びでも売るように擦り寄ってくる姿は、資料を先に読んだ先入観と相成って権力者というよりも、ゲームで見た奴隷商人のような印象を研一に与える。
「ほう、俺の事知ってんのか?」
いきなりの訪問にも拘わらず主人自ら出迎えてきた上に、当たり前のように自分の素性を知っている事に僅かに警戒心を覚えつつ――
それでも表面上は傲慢な馬鹿を装って話し掛ける。
「御姿を拝見するのは初めてですが伝承通りの御姿ですし、何よりも佇んでいるだけでも抑え切れない高貴な気配が滲んでいると言いますか。見るからにそこ等の凡骨共とは雰囲気が違いますからな。一目で貴方様が救世主様なのだと解りましたぞ!」
はっきり言って胡散臭い。
傲慢な若造がアポ無しで突撃してきたにも拘わらず、こんな態度を取ってくるなんて何か企んでいるとしか思えない。
気になる部分だってある。
「だろう? 城の馬鹿共と違って、お前は救世主様への礼儀ってモンを弁えてるじゃねえか」
だが、とりあえず今は乗っておく。
こんな露骨なお世辞に喜ぶ馬鹿だと思われていた方が話は早そうだから。
「それで本日は、どのような御用件で?」
「それがさあ、聞いてくれよ。姫様も女騎士様も見た目は良い感じなんだけど、こう、何つーか面倒臭いというか、つまんねー女でさあ。いざヤろうってなってもイマイチ気分が乗らないっていうかさあ、ぶっちゃけ萎えんのよ。解る?」
「ほうほう。それで私めに、何を求めておられるのでしょうか?」
「解ってんだろ? ちゃんと調べてきてるんだぜ? 使い勝手のいい性処理用の道具をたくさん揃えてるらしいじゃねえか」
「それは、その――」
フェットは言葉を濁しつつ脂ぎった顔に汗を滲ませて、チラリと研一の後ろを見る。
その視線の先には、今すぐにでも研一達を殺したいでも言いたげな目付きで睨むベッカの姿があった。
「ああ、こいつ? 姫様から俺の見張り頼まれてるみたいなんだけど、何も出来ねえから気にすんなって」
「何も出来ないだと! 私は――」
「うるせえだけだからピーピー吼えるなって。それとも何だ? 今からでも俺の邪魔してみるか? 俺は別にいいぜ。それなら俺は魔族と戦ってやる気なんてなくなっちまうだろうけどな」
「…………」
(悪いけど今は大人しくしておいてくれ)
恨めしい目で睨んでくるベッカに申し訳なさを覚えつつ、それでも有無を言わさせない。
もたもたしてサーラに気付かれれば、面倒な事になるのは目に見えているし――
「という訳でさ、早速だけど見せてくれよ。自慢の道具ってヤツを」
いつ自分がボロを出してしまうかだって解からない。
時間を掛ける事に何の得も見出せない以上、じっくり会話する事に意味なんてなかった。
「勿論です。いやあ、貴方様とは良い取引が出来そうです」
狙いは功を奏し、まだ疑われてはいないらしい。
同類を見付けたとばかりに親し気に下卑た笑みを浮かべるフェットを思わず殴り飛ばしたくなったが、ぐっと堪える。
「いやあ、そこのベッカ嬢と頭の悪い姫様には色々と苦労させられていましてな。折角商品を用意しても監視の目が厳しくて、取引相手を探すのは一苦労でしてなあ」
「あー、解る解る。どっちも糞真面目な上に無駄に働きもんだもんな。俺も息苦しくって仕方ねえよ」
言い終えると同時にベッカの方へと目を向ける。
サーラの事まで馬鹿にされているのに、何も出来ない自分への怒りと無力感で今にも泣き出しそうな表情をしているのに。
それでも視線を逸らす事無く研一達を睨んでいる姿に心が痛む。
(……そんな顔しないでくれよ。女神から力貰ってイキがってるだけの俺なんかより、よっぽど凄いんだからさ)
確かに被害者を全員救えていた訳ではないだろう。
それでも悪党の動きを鈍らせ、被害を抑える役目自体は果たせていたとフェットが認めたのも同然なのだ。
何も出来ない無力な人間だなんて思ってほしくない。
――スキルの特性を考えれば、決して伝えられない事ではあるのだが。
「如何しましたか、救世主様?」
「ああ、いや。商品を選んでいる最中に横からピーピー言われたら面倒臭えからな。コイツはここに置いていった方がいいんじゃねえかと思ってな」
(ここから先の様子なんて見ない方がいい……)
きっとそれくらいが自分がベッカにしてやれる事なのだろう。
悔しそうに歯を食い縛るベッカを見ていられず、フェットへと視線を戻す。
「それもそうですな。では参りましょうか、救世主様」
そうしてベッカを入口に置き去りに、研一はフェットに案内されるままに地下室へと向かう。
フェットをブチのめすと決めているからだろうか。
これから見る光景は悲惨なモノだろうと想像出来ていたにも関わらず、意外な程に胃は痛まなかった。
○ ○
「いやあ、これからは救世主様を後ろ盾に大々的に取引が出来るのかと思うと笑いが止まりませんぞ」
「ああ、そうかい」
コツコツと階段を下りる音に混じって、不快な声が続いている。
それに適当な相槌を打ちながら、研一は感情を表に出さないように苦心する。
「実は私の真似事をしようとする連中が後を絶たなくてですね。そいつ等の嫉妬と嫌がらせが大変でして」
「ふーん……」
「そりゃあ確かに前の戦で私が魔族の成体、それも雌を手に入れたのは偶然でしたよ。ですが、私以外にも手に入れた者達は居たのです」
そこでフェットは熱心に自分の苦労話を続けていく。
多くの者が好き放題に扱って使い潰していく中、自分はそれでは勿体ないと感じた事。
折角の雌。
上手く利用すれば大儲けが出来るのではないかと考えたそうだ。
「最初は本当に大変でした。両手両足を切り落として封印の魔法陣を刻んでいるとはいえ、成体の魔族ですからね。種付けさせようにも怯えて誰も動きやしない。ビビって動けない男を三人くらい殺して、ようやくでしたからなあ」
(何でこんな奴が生きて、好き放題に暮らしてるんだよ……)
「ですが一度犯ってからというものは余程具合がよかったのか知りませんが、こっちの指示がなくても犯りたがって、今度は抑えるのが大変でしてね。今じゃあ特別なお客様だけに相手をさせております」
そこからも妊娠してからの管理の難しさや無駄に子どもばかり増えて管理費や始末代が増え過ぎても困るので、絶妙に調整している自分の手腕の見事さ等をフェットは語っていく。
一切悪びれる様子など見せずに。
「さあ、着きましたぞ、如何でしょうか、救世主様?」
そうして誇らしげに見せられた光景は――
「へえ、思ってたより随分と綺麗だし広いじゃねえか」
あまりに予想外過ぎて、演技と本音が半々くらいに混じった言葉が意図せずに口から漏れ出てしまう。
地下なのだから閉鎖的ではあるものの、部屋のあちこちに明かりとなる炎が配置されており、薄暗さのようなものは一切感じない。
おまけに鉄格子のようなもので区切られた部屋がいくつかあるのだが、徹底的に掃除されているらしく、不衛生から感じる独特のカビ臭さや埃臭さがないどころか――
僅かに香でも炊かれているのだろう。
嫌味のない匂いが仄かに漂う空間には、ある種の高級感さえあった。
(薄汚れた地下牢みたいな場所で、鎖に繋がれて粗末に扱われているみたいな姿を想像してたんだけどな……)
部屋の中に居る子ども達も清潔そのもの。
もし子ども達が居るのが鉄格子に囲まれた部屋でなく、全員が洩れなく蠱惑的な下着に身を包んでいる事にさえ目を瞑れば、良いトコの子息達だと言われても信じただろう。
「随分と良い扱いしてるじゃねえか」
けれど、それは見せ掛けだけの清らかさなのだと、すぐに理解する。
研一達が来たにも拘わらず、子ども達は誰一人として視線一つ向ける事無く座り込んだまま動かない。
上辺だけ取り繕おうと、ここは心を殺し身体を縛り付けるだけの牢獄でしかないのだ。
「ええ、ええ! それはもう! 御自宅へと商品を持ち帰れないお客様の中には、ここで楽しまれる方も居りますし、商品の品質や使用限界にも影響しますからね。長く使い続ける為には清潔感を保つ事も重要な要素なのですよ」
皮肉を抑え切れなかった研一の言葉に気付く事も無く、よく気付いてくれたとばかりに自慢気な声が地下牢へと響いていく。
そこにあるのは慈悲や憐憫ではなく、ただ商品をどれだけ上手く運用するかという効率だけ。
「そういう下らない話は、いいんだよ。とりあえず、ここにあるの全部貰おうか」
あまりに不快で聞き続けているのも嫌で、無理やり話を進める。
「は? それはどういう……」
「こういうのって実際に使ってみねえと解からねえだろ? 見た目良くてもマグロのつまんねー奴も居れば、逆に見た目はイマイチだけど愛想が良くて良い感じの奴とか具合だけは良い感じの奴とか色々居るしな」
「は、はぁ……」
「だから一通り試していって要らない奴だけお前んトコに返していく」
「そ、それはさすがに! 第一、それだけの商品を買う代金はあるのですか!」
「代金だぁ? こっちはわざわざ異世界から呼び出されて命懸けで世界救ってやろうって言ってんだ。この世界の住人が協力するのは当然だろうが」
横暴で無茶苦茶にも程がある物言いなのは研一にだって解っている。
「むしろこっちが頼まなくても、そっちから是非にって差し出すのが当然だろ? わざわざ訪問して頂きありがとうございますくらい言えよ。身の程を知らねえ奴だなあ……」
そもそもマトモな取引をする気なんて最初からない。
ここに来ると決めた時から目的は一つ、この場所をぶっ潰しに来ただけなのだから。
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