毒かまぐれか

骨身

ドクハク

今から言うことは、あたしのドクハク。

あたしがどんな人で、どんなことを考えているのか、今から言います。長くなると思うし、拙い部分もあると思います。それでも、聞いてください。

まず、あたしの名前は「繋 恵」。どちらも一文字で、覚えやすい名前だなあって思います。読みもそのまんま、「つなぎ めぐみ」で、覚えやすいなあって思います。でも、そのまんま過ぎてつまらないなあとも思います。みんな、キラキラしていて宝石みたいな名前をしています。苗字もかっこよくて、羨ましいです。あたし、もっとキラキラしている名前が良かったです。例えば、「西園寺 鳴輝」ちゃん。これで、「さいおんじ なぎ」って読むんです。とても可愛くて、お上品で、素敵だなあって思います。名前の通り、西園寺家のお嬢様です。皆さん、知ってると思います。あの西園寺家です。この前、難民が最大で千人住める共同マンションを建てたお家です。この前、新しくできた法律の元を作ったお家です。この前、地震の募金に1億円も使ったお家です。すごいお家なんです。家柄も、名前も、全部羨ましいです。あたしももっと、いい名前が良かったです。

次に、あたしの家について話します。あたしの家は、お母さんとお父さん、弟、妹、兄がいます。弟は一人、妹は二人、兄は死にました。兄は、産まれてすぐに死にました。今生きていたら、あたしのふたつ年上の、十七歳でした。兄がどんな人かも分かりませんし、兄が生きていたらこんな性格だったんだろうなも想像できません。そうそうに亡くなったんですから。でも、たまに夢の中に出てくる男の人がいるんです。兄でしょうか。そんなこと分かりません。死んだんですから。死んだ人についてこれ以上言っても意味が無いですね。妹ふたりは双子です。今年で中学一年生になります。クラスはそれぞれ違います。双子ってやはり離されるのでしょうか。双子の一人目は「ちか」と言います。二人目は、「にか」です。漢字はありますが、書くのがめんどくさいので書きません。弟は一昨年産まれました。名前は「かなめ」と言います。兄につける名前だったそうです。お父さんは、普通のサラリーマンです。普通のです。毎日朝の七時に家を出て、七時に帰ってくる生活をずっとしています。お母さんは、保育園で働いています。なので、人の心がわかる子になろうね、と言われてあたし達きょうだいは育てられてきました。人の気持ちなんて、あたしはまだ分かりません。皆考えていることがばらばらすぎます。人の心がわかるように、と最初に言った人は、人の心が本当にわかっているんでしょうか。それは、押しつけではないのでしょうか。あたしは、少しばかり心配です。

次に、祖父祖母について話します。祖父は、足が少し悪くて、お仕事をやめてからはずっと家にいます。おばあちゃんは死にました。弟が産まれた一昨年のまた一つ前の年に死にました。とても優しい人で、暖かなシワシワの手を未だに覚えています。おじいちゃんが切って、おばあちゃんが持ってくるスイカの温もりを、あたしは覚えています。今は、おじいちゃんがスイカを切って持ってきます。けれど、おばあちゃんが持ってきた時より、少しだけ、より冷たく感じるのです。何が違うのだろうかと考えました。スイカの切り方はおじいちゃんが切っているので同じです。歪にくし型に切ってあります。盛り方もおじいちゃんがするので同じです。お盆に直置きで置いてあります。お皿の代わりにキッチンペーパーが置いてあるのも同じですし、何も変わらないのです。キッチンペーパーをそのまま手拭きに使うおじいちゃんの動作も、完全に同じなのです。けれど、より一層冷たいのです。あたしがスイカを嫌いになったとかでもないです。あたしは元々スイカ嫌いだからです。ウリ科です!と言わんばかりにウリ科の主張が強いからです。関わる人が少ないだけでこんなにも違うのでしょうか。二人が一人になるだけで、こんなにもひんやりするのでしょうか。ならば、おじいちゃんはどれだけの冷たさを耐えて今一人で暮らしているのでしょうか。考えるだけでぞっとしました。その日から、おじいちゃんがまるで人ではない何かに感じはじめました。はっきりいって恐ろしいです。特に変わった様子はないです。猫が決まった時間に餌を求めて家の庭に来ることも、それを見越して時間になると餌を嬉しそうに持っていくことも、何も変わってないのです。変わったことといえば、おばあちゃんが大事に大事に今まで育ててきた庭が荒れているくらいです。おじいちゃんは足が悪いんですから、手入れができないのは当たり前です。ですが、庭がだんだんだんだんと荒れていく度に、おばあちゃんの温度が、だんだん、薄れていっているようで、あたし、怖いです。

ここまで聞いていただき、ひとまずありがとうございます。ですが、まだ続きます。言いたいことが沢山あるんです。時間も沢山ありますし、ぜひ聞いてください。

友達が沢山いるんです。あたしが友達だと思っているだけかもしれませんけど。あたしは確かに友達だと、信じていますよ。信心深い方なんです。友達について話すことはそんなにないです。毎日くだらないことを話して、笑って、笑って、笑って、そんな日々です。彼女たちがいなくてもそんなに日常は変わらないんじゃないのかなとさえ思います。酷いと思いましたか?信心深いと言っていたのはどこに?と思いましたか。あたし、自分の心を騙すのが上手いみたいです。今この文章を書いていて気づきました、あたし、あの子たちのことあんまり好きじゃないらしいです。なんでか分からないけど、ずっと騒いでるし、頭悪そうな話ばかりするんです。あたしも頭悪いんですけど。

次からは、皆さんが気になっていることを話します。あたしが、あの子とどういう関係なのかです。気になっていましたよね?ひとつずつ、順を追って話していきます。ですから、慌てずに聞いてください。

まずひとつめです。あたしとあの子は、小学生の時に出会いました。あの子は、あたしのところに来て、屈託のない笑顔で、毎日「めぐみちゃん、めぐみちゃん」って話しかけてきてくれたんです。それがとても嬉しかった。あの子は友達が少なかったです。舌足らずで、頭はボサボサで、でもそれが愛おしかったです。あたしは、このことずっと友達でいると思っていました。しかし、周りの子達は、あたしとあの子が友達でいることを望んでいませんでした。あの子の名前を言っていませんでしたね。「吉川 奈々」ちゃんです。奈々ちゃんは、得意教科がひとつもなかったです。ペアワークの時は、皆嫌そうな顔をしていました。先生に変わっていいか聞いても、だめだと言われるばかりでした。だからでしょうか、奈々ちゃんは次第にいじめられるようになりました。歳をおうごとに、どんどん、エスカレートしていきました。多分皆、あたしと奈々ちゃんが関わることをよく思ってなかったんです。あたしが思うよりも。皆、奈々ちゃんをいじめていたのに、奈々ちゃんが被害者なのに、あたしばかりをかわいそうな子だと扱うようになりました。

また、ひとつ。殺すつもりはなかったんです。皆さん、気になっていますよね。あたしがどうやってあの子を、奈々ちゃんを殺したのか。なんで殺したのか。あの子は、宝石のような輝きを持っていました。あたしはそれが、愛おしくて愛おしくて、そして、握りつぶしたくて仕方なかったです。あの子の笑顔は、周りを明るくしました。マッチ売りの少女ってあるじゃないですか。あのマッチと同じです。周りにとっては特に気になるものでは無いけれど、その少女にとってマッチは、大事な心の拠り所だったじゃないですか。大事な心の拠り所だったんです。あたしにとって。殺すつもりは、なかったんです。実のところ、あたしは殺してないと思うんです。だって、あたしが奈々ちゃんに駆け寄った時には、あの子、既に冷たくなっていたんです。あの子に向かっている毒が、皆が、もしかしたらあたしにも向いていたのかもしれません。

この文章を読んでいるだけのあなた達は、奈々ちゃんがでてきたあたりの話の意味が分かりませんよね。あたしは、奈々ちゃんを殺した人として、たくさんの人に注目されています。みんな、奈々ちゃんに毒を向けていたのに、あたしは奈々ちゃんに寄り添おうとしていたのに、あたしだけが悪いみたいになってるんです。

そうですね。奈々ちゃんが、仮に自殺だとして、仮に皆の毒にやられて死んだとして、あたしが今のこの状況に題名をつけるなら、

「毒かまぐれか」

ですかね。

ここまで聞いていただき、ありがとうございました。あたしが、奈々ちゃんが、いい方向にむかいますように。

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