ジャム

sui

ジャム


鍋の中。

クツクツと音を立てながら果実が震えている。



日中に届いていた段ボールは田舎からの便り。

開ければ見慣れた赤い果物がゴロリゴロ、といくつもくつも現れる。

気を遣われた嬉しさと先を思い浮かべた面倒臭さが五分と五分。

一つ二つと数えた上で、今度は四日三日と指を折る。


これはもう加工してしまった方が良いだろう。



皮までよくよく洗ったら丸ごと乱雑な角切りに。種とヘタだけ外してしまう。

何切り何センチだの、そんな細かい話は分からないが、包丁を使う事にはいよいよ慣れた。


深くも考えず一人暮らしを始めてみたら、世間は複雑な工程に満ちているのだと気が付いた。

家を出るには新たな住まいが必要だし、住まいを得るには資金と信用が必要で、引っ越しと言う経験をした事がない身にはそれだけで中々の苦労があったのだけれども、何とか面倒を乗り越えてみれば、その先もまだまだ未知だらけだった。


楽しい事をしていても、苦しい事をしていても、あっという間に一日は終わる。

こんな状態で新しい知識や技能を得るなんて、ただの絵空事でしかない。それなのに見知らぬ状況に対応する場面は次々と来る。


あまりの辛さに思考が爆発したり、思わず逃げ出してみたり、それでいて冷静な対応をする人や立ち向かう人の姿に自分の惨めさを感じたり。


そんなこんなを繰り返してもう数年。

ジャムを作る自分の姿を今は見ている。


いつ、どこでこんな事を覚えたのだろう。

子供の頃に台所で見た光景だったか。家に来た彼女が作ったんだったか。それとも自分で調べたのか。

ただ忙しく生きていただけのようで、気付けばこんな事をしている。出来ている。


鍋の中で砂糖に塗れた果実が段々と崩れて行く。

水気が出たかと思えばとろみを帯び出し、プツプツ、となって甘い香りを立て始める。

焦がさないよう鍋の中身をかき混ぜ続ける。どんどん水分が減って、重たくなっていく。

逃げ場をなくした熱がいよいよフツフツ大騒ぎし始めたらスイッチを切る。


鍋を下ろして粗熱が取れるのを待つ。

その間にスマホを掴む。

普段から連絡を取っていない訳ではない。だからそんなに気負う必要はない。

ただ何となく、いつもの文字で済ませるのではなく喋りたい、そういう気分だった。



「あ、今平気?」


「荷物が届いたから、一応」


「うん。でもあんなに沢山は要らないよ」


「うん。まぁ煮ておいたけどさ」


「え?いや、一人暮らししてたらそれ位出来るようになるって」


「……うん、そっちも気を付けて。今度時間あったら戻るよ」


通話を切って一呼吸。

そんな自分の振舞いで、頭を過ったのは映画の場面。まるで何かの主人公になれたような、そんな気分。

突然面映ゆさを覚える。



大人だな。



頭の中の人物みたいに格好つけて、鍋から温もりを残すジャムを一掬い。

口に入れれば、思ったよりも甘くはなく。


「……そうそう上手くは行かないか」


日々毎日。

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