ゾン活!推しの死を見届けるまで死ねないのでゾンビになりました 1
@sqnemo
第1話 ゾンビになりました
僕が一四歳の時だった。
星野キララは一二歳で福岡のご当地アイドルグループ「スキッチャ」に加入した。「スキッチャ」は二〇人の大所帯、歌もたくさんあったが、星野キララはいつも目立たない後列で踊っていた。でも僕はその姿に射抜かれた。一目惚れと言ってもいい。
それから僕の推し活は始まった。小遣いでは全然足りない。神保町の馴染みの本屋、アイドル専門古書店「偶像書店」のマスターである小金井さんに頼み込んでアルバイトをさせてもらい、金を稼いでは福岡に遠征にいった、それが二年続いた。
推し活三年目の春に転機が訪れる。星野キララは芸能界の大物プロデューサーの目に留まり、アイドルグループ「スパーくるっ」の一期生としてデビューが決まった。しかも一作目「キラりん! 星降る恋の夜」のセンターにいきなり抜擢される。「スパーくるっ」は「スキッチャ」よりもさらに人数が多く、デビュー前段階の研究生まで所属するマンモスアイドルグループだ。そこでセンターなんて! 僕は泣いた。応援の努力が実ったのだと思った。このまま幸せな推し活がずっと続く、そう思ってたけど、僕が一六歳の冬に状況が一変することになる。
札幌のススキノで、十代くらいの若い男が無差別に観光客を襲う事件が起きた。警官の説得にも応じない。やむを得ず警官は銃を発砲した。一発は威嚇射撃で空に撃った。男は怯まなかった。警官は男の肩を撃った。男は依然として怯まない。警官は両足を撃ったが、男の歩みを止められない。最後の一発を心臓に向けて撃ち、銃弾は心臓を貫いた。しかし、男は死ななかった。そこで事態を重くみた警察は、一帯の住民に外出禁止を言い渡して機動隊や自衛隊の協力を仰いだ。この様子は数多くのテレビやネットで生放送され、日本中が固唾を飲んで見守ったが、男の最後はあっけなかった。自衛隊の放った一発の銃弾が頭を貫いたとき、男は地面にうつ伏せに倒れ込み、そして動かなくなった。安堵の空気が流れたが、それが終わりでなく、パニックの始まりであることは誰も想像しなかっただろう。ゾンビパニックの——。
「池袋二番にズィー感染者四七体収容完了」
菊池隊員の声が響いて、続いてがちゃりと何かが施錠される音がした。菊池隊員の手にある端末には広めの空間に何かが密集している様子が映し出されている。やがて映像は切られた。
「池袋二番も、もういっぱいだわ。三番が準備できるまでに間に合うかしら」
「わかりません、でもズィー感染者の推移は横ばいです」
菊池隊員の後ろに控えていた男が答える。
「そうね、平野くん」
「感染爆発が心配ですか」
平野と呼ばれた男が言うと、
「それも心配だけど、心が痛いわ」
と、菊池隊員が吐息のような小さな声で答える。
「ズィー感染者に人間の頃の記憶や感情は無いというじゃないですか。何もしなければこっちが殺されるわけだし、生け捕りにしておいて無力化しないのは解せません」
平野が口を尖らせる。
「そんなこと言ってはだめよ、平野くん。これはズィー感染者に殺された人の家族も含めて日本国民の総意なの」
「政治家の言うことが国民の総意とか、納得いかないですよ本当に」
「でも、平野くん、ズィー感染者を前にして、本当にできる?」
「できるとも。武器さえあれば」
だから貸してみろとでも言わんばかりの目をして、平野は菊池隊員を見つめる。
「だめよ、あなたに武器は持たせられない。ズィー感染者は人間よ、どんな姿になっても、記憶がなくても一つの命だわ。その命の灯火を消す汚れた役目をあなたにやってほしくないの」
「ちぇ、俺が『アイドル』ならな」
「平野くんは、平野くんでいてね。わたしは、わたしでいるから」
子供を諭すようにそう微笑んで菊池隊員は歩き出した。
ススキノ無差別傷害事件の犯人は、遺伝子の情報から、札幌に住む高校生と特定された。高校生は、事件の数ヶ月から行方不明になっており、捜索願いが出されていた。司法解剖の結果、高校生は自衛隊員が頭部を狙撃して射殺する前にすでに亡くなっていたことが判明した。それは行方不明になった時期と一致する、不可思議なことであった。
それから間もなくして、京都の烏丸で年齢も性別も違う一五人の集団が観光客を無差別で襲う事件が起きた。この集団も警官の発砲に怯まず、銃弾による外傷を受けても攻撃の手をゆるめなかった。結局、ススキノの事件と同様、頭部への狙撃をもってこれを鎮圧した。そして、一五人すべての司法解剖の結果、すべての死亡時刻が異なるというあり得ない結果が出た。共通するのは京都市内の同じ病院に入院していた重病患者だったということであった。この烏丸集団無差別傷害事件の直後、政府から声明が出た。
『ズィー感染による人間のゾンビ化と対策について』
ススキノ無差別傷害事件及び、烏丸集団無差別傷害事件は、人間を死亡状態で活動させる未知のウィルス『ズィー』によって引き起こされたものである。このウィルスは、生前に感染し宿主を死亡させたのち、活動停止した細胞を乗っ取ること、ウィルスは脳に到達し、人間に対する攻撃衝動を植え付けることなどがわかっている。これをゾンビ化と称する。なおウィルス単体での検出には至らず、また予防、治療方法も現時点では不明。感染経路はズィー感染者の体液の付着によるものと考えられる。無力化の唯一の方法は脳にダメージを与えること。ただし、人道的見地から政府はこれを推奨しない。ズィー感染者を見かけた場合はその場を離れ、警察へ連絡すること。警察から各所へ連携し、ズィー感染者を隔離する。抗ウィルスワクチンが完成次第、隔離したズィー感染者への投与を行いこれを無力化し、遺体をご家族のもとに引き渡すものとする。また国民は、ズィー感染を広げないための行動すること。具体的には必要最小限の外出にとどめ、学業、仕事などは、支障をきたさない限りコンピュータ、タブレット、スマートフォンなどを用いたリモート学習、勤務に切り替えること、ならびに、学校、企業は可能な限りこれを支援すること。以上。
この声明以降、日本各地でズィー感染者、いわゆるゾンビが次々と現れる事態が起きた。マスメディアはこのゾンビパニックを大々的に報道し、テレビからは娯楽が消えた。ラジオからもネットからも、すべての娯楽が消えたかに見えた。僕たちは、ゾンビに怯えながらも娯楽を探した。幸い、僕たちにはSNSがあって、「スパーくるっ」のメンバーたちの安否や日常を知ることができた。メンバーたちが、星野キララが、同じゾンビの住む世界にいることで、より身近に彼女たちを感じた。とある夜、SNSにこんな投稿があった。
『わたしたち「スパーくるっ」は明日のフジサンタカイナテレビの夜八時のニュースに出演します! 楽しみにしてね!』
僕は、昼のリモート授業も上の空で、夕方に母さんの作ってくれたご飯も味がわからなかった。久しぶりに星野キララが見られるのだ! 七時にはテレビの前で正座していた。片手にうちわ、もう片手にペンライト、頭にはハチマキを巻いて、オフィシャルのTシャツも着た。どうしようもなく足が痺れた時、番組がはじまった。
「みなさんお久しぶりです! 『スパーくるっ』の星野キララです! みなさんを元気にするために、新曲を歌います! 聴いてください、『ヴィクトリー・ニッポン』」
アップテンポの音楽にのって、「スパーくるっ」のメンバーが舞う。星野キララは抜群に可愛かった。元気のない日本を盛り上げる歌で、制限の多い生活を強いられている僕には染み入るようだった。暑い夏にビールを飲んだらきっとこんな感じなんだろうか。そんなことを考えながら歌が終わる。
「ありがとう! ここでみんなにお知らせだよ! この『ヴィクトリー・ニッポン』を含めたぜんぶ書き下ろしの曲で全国チャリティツアーをします! 収益はゾンビ被害のみなさんのために使います! 来年に東京、大阪、名古屋、北海道、そして私の故郷、福岡に行くよ! みんな来てね!」
僕はびっくりした。ツアーだって? 信じられない! また会いに行けるなんて夢のようだ! これは現実か?
「いかせませんよ」
現実にもどされた。
「もう、このゾンビ騒ぎで大変なのにツアーなんて正気じゃないわ。この娘も、プロデュースしてる大人も頭悪いわね」
母さんが冷たく言い放つ。
「でも、チャリティだよ!」
「デモもストライキもありません。絶対ダメです。アイドルにうつつを抜かしてないで早くお風呂入ってきちゃいなさい」
そう言ってチャンネルを変えてしまった。画面にはゾンビのニュース。僕は仕方なく風呂に入った。
湯船に浸かりながら作戦を練る。どうにかツアーに行く方法を考えないと。なんでもいいから外出する口実を作らねばならない。それにチケットが取れるかどうかも問題だ。
「とりあえず、チケットだけ申し込むかあ」
そう考えて、体を洗って風呂を出た。そうしたら、星野キララのSNSが炎上していた。馬鹿げたことをしていると思ったのは、僕の母さんだけではなかったようだ。でも、こんなやりかた、許せない。
星野キララや「スパーくるっ」に対するバッシングは想像以上に酷かった。理路整然と全国ツアーの危険性を指摘してくる人ならまだいい。関係ないと思われる罵詈雑言も後をたたない。僕は気分が悪くなって、たくさんの人をブロックして、たくさんの単語をミュートワードに指定した。それでも星野キララは気丈に対応していて、僕より年下なんて信じられないくらい大人だった。
彼女は決して人命軽視をしているわけではない。こんな時代だからこそエンターテイメントが必要なのに、僕の考えは幼稚で子供っぽいのだろうか。確かにアイドル活動を通じて露出することでゾンビに襲われるリスクがあるかもしれない。自分の命よりもアイドル活動に注力することが不適切かもしれない。テレビクルーやライブスタッフの安全性に関してもリスクがある。なによりこんな状況で笑顔をふりまくことが不気味という意見もある。でも、それを加味した上でチャリティツアーを敢行しようとしてるのだ。力になれなくて、それで男か? おい答えてみろ自分!
やっぱり、星野キララを信じる! そう思った時、通話アプリの通知が来た。小金井さんからだ。
「もしもし、小金井さん?」
「ああ、ワタルくん。キラりん大変だね」
「許せないです。こんなこと」
「そうだなあ、でもまあ大人の言うこともわかってやってくれよ、そう言わないとメンツが立たないこともあるんだ」
「理解できるポストはいいんです、単なる誹謗中傷が多くて泣きたいですよ! いいえ泣いてます!」
「同情するよ。ところでワタルくん、時間ある?」
「なんですか」
「このゾンビ騒ぎでもアイドルオタクは関係ないみたいで、ああ、君もか、通販業務が忙しくて目が回りそうなんだ、お店を手伝って欲しい」
「母さんを説得できるかなあ」
「君、コンピュータ強いだろ、俺の半分……いや三分の一の時間で終わると思うんだ、頼むよワタルくん! 最初は君から頼み込んできたこと忘れた?」
「わかりました! でも母さんを説得できなかったら諦めてくださいね!」
そんなことがあって僕は久しぶりに外の空気を吸っている。なんだかよくわからないが母さんは僕の外出を許可してくれた。この調子でツアーにも行けたらいいのに。そんなことを考えながら神保町の街を歩いている。小金井さんの仕事はすぐに終わった。バイト代をもらって帰るところだ。そうしたら目の前で騒ぎが起きた。地下鉄の出口から人が飛び出してくる。なんだ? 嫌な予感がした。
「ゾンビだ! ゾンビが上がってくる! 地下鉄の出口を封鎖しろ!」
「まだ下に家族がいるんだ!」
「早く警察を呼んでくれ!」
飛び出した人が口々に言う。ゾンビだって、本当? だったら、逃げないと! 逃げるってどこへ? どこまで?
「聞いてないよ!」
僕は咄嗟に駅と反対の方向へかけだした、でも普段運動なんてしないから(オタ芸はするけど)すぐに息が切れて走れなくなった。
「無理だ……」
大きく息をしながら、地面に手をつく。
「もう逃げられない……」
そう呟いたら、上の方で女の子の声がした。
「YUM、聞こえますか? こちらKIR。逃げ遅れた人を保護しました。誘導します」
「YUM了解、こちらが囮になってズィー感染者をそちらから離します、気をつけてね」
「そちらもね」
女の子は無線みたいなものでそう言うと、こちらに目を向けた。口元が覆われていて顔がよく見えない。
「歩けますか?」
「え、ええ。怪我をしたわけではないので」
「よかった、こっちに身を隠せる場所があります。ズィー感染者——ゾンビを排除するまでそこにいて」
「わかりました」
女の子の目がすこし笑ったように見えた。どこかで見覚えのある目だった。その輝きに見入ってしまいそうだったが、女の子の後ろからくる影に気づいて、
「でも、後ろ……」
「えっ?」
女の子の体が大きく飛ばされた。日本人離れした巨躯のゾンビがそこにいた。
「力士もゾンビになるとか聞いてないよ!」
僕は力を失ってそこに倒れ込んでしまった。
「助けてください!」
我ながら女の子に助けを乞うとは情けないと思いながら、そうするしか方法はなかった。女の子は無事なようだったし、ゾンビの攻撃を受けながら立ち上がったからだ。
「おねが……」
いします、の声が出なかった。口元を覆っていたものが取れて素顔があらわになって、それに驚愕したからだ。
「キラ……りん……?」
女の子——星野キララは、はっとしたようだった。でも、すぐに元に戻って、
「今はそれについて話している時間はないの、ゾンビを無力化しないと」
力士ゾンビの方を見る。ゾンビは様子を窺っているが、無視してくれるわけではなさそうだ。
「いきます! 閃!」
煌めきが空を走った。星野キララは人間離れした跳躍力を見せてジャンプし、日本刀のごとき武器で力士ゾンビの首をはねた。ゴトリとゾンビの首が落ちる。もう心臓は動いていないはずなのに、首からは血飛沫が吹き出した。
「離れてください、体液を浴びるとゾンビ化しますよ!」
僕の頭は混乱した。星野キララがゾンビと戦っている。そしてすごく強い! でも、いつまでも無事でいられるだろうか? 僕はどうだろう? 死ぬまで星野キララを推せるか? え? 死んだらダメだよ、星野キララを推せない! 推しが死ぬまで見届けるのが男じゃないのか? どうする? どうする? どうするッッッ?
「ウワァー!」
「え?」
僕は無我夢中で力士ゾンビの返り血を浴びた。地面にたまる血潮に頭をうちつけた。それから記憶がない。
そして気づくと、暗い部屋の中にいた。
「僕は……」
周りを見渡して驚いた。
「ゾンビ!」
そこには数百と思われるゾンビがいた。みなうつろな目をして遠くを見ている。一言も喋らない。
「嘘だろ?」
ポケットからスマートフォンを取り出して状況を確認しようとするが、タッチがまったく反応しない。そこで手の色がおかしいことに気づいた。脈をとってみる。
「あれ? 脈がない!」
右手も左手も首もためしてみたが、ダメだ。胸に手を当ててみると、心臓が動いてないのがわかった。
「僕……ゾンビになっちゃった……」
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