デイサービス

小池ひろみ

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利用者の数だけマグカップは干され今月はマイナス二個、赤と青


まっしろな髪を拾ってちり箱に入れるまでの指先のこまやかさ


認知症が彼女を野球選手にし車百台と家を持たせた


もう読めぬ文庫をいつも携えてたまにひらいてみたり閉じたり


塗り絵などやりたくないと昼過ぎの窓を向いたままの車椅子


戻るためのリハビリ戻る場所のない老人の見えづらい褥瘡


一日の終わりを静かに待っている人の手膝に重なったまま


やわらかいまぶたはやがて雨の庭を映す目をゆっくりと覆った


誰も弾かぬグランドピアノは薄紙の花で飾られ棺となりぬ


一年後たぶんここにいない人にお茶を汲むしっかりさましたお茶を


ほうじ茶にとろみを足せば夕暮れに沈んだ池のかけらのようだ


空襲は、言葉を切って中庭の木のうすみどりの桃を見つめた


一世紀を生きて黙ったままだったあなたが知っている草の味


生き延びた人だけがここにいることを忘れてしまう 桃が熟れゆく


雨水は甘い水 声 各々の喉をすべってゆく梅ゼリー


麻痺の腕はみぞおちの前に畳まれて風呂あがりは花の香りをさせて


リハビリを終えて廊下を戻りゆく小さな背に夕日のストライプ


皮膚がうすくやわらかく肉を押しとどめかろうじて保たれている 人は


帰りたい人も帰りたくない人も順に運んでいく送迎車


ハイターにすべてを漬けて 終わるまで熱いお茶を飲んで待っている

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