~小顔で小柄な妻~(『夢時代』より)
天川裕司
~小顔で小柄な妻~(『夢時代』より)
~小顔で小柄な妻~
或る日を境に小さな躰と顔を保(も)った可愛い女性(おんな)が僕に現れ、次第次第に氷が解け行き体温(おんど)が芽生え、白壁(かべ)が崩れて彼女は僕の家内に成った。始め彼女は知らずに芽生えた友人に在り、昔の旧友何人かと一緒に遊ぶ内の一人に在った。そこで知り合い始めて春夏秋冬、幾朝・昼・夕、通り過ぎ行き、互いに互いの表情(かお)と思惑(こころ)を知り合う内にて友人以上の絆が生れ、この世で、この地で、〝生涯揃って添い遂げよう〟など知己の情緒も芽生えながらに躰が透り、僕達二人は体(からだ)が繋がる程度の合致をした為、相対(あいたい)して行く他人(ひと)の背中に如何(どう)でも浮んだ肢体(からだ)を宿して転々(ころころ)転がり、他人を偽る防御の術など携え終えつつ人間(ひと)の嫉妬(ねたみ)を糧へと変え大きく寝そべる夢遊を知りつつ自然の立場を要所に射止めた。そうした経過を徐々に歩いて地均しして行き、二人の土台は岩に立ち行く未来を携え新鮮と成り、互いに誓った未来の歯車(くるま)は大をも小をも兼ねる迄にて思惑(こころ)を宿し、僕達二人は結婚をした。
二人の住まいは京都に具わる小さな丘にて昔は此処に大きく拡がる塚が根付いて幽体と成り、今では見えない死者の霊など浮遊するのが或る狩人達には透って見えて、二人は変らず無感であった。そうした霊の類(たぐい)を何も感じず独歩(ある)いて来る内、二人が揃った土台の夢想(ゆめ)では現行(いま)の在り処を仔細に形成(つく)って具体が表れ、伝えられ得た二人の躰は白く流れる白雲(くも)の態(てい)して二人を見下ろし落ち着いて在り、二人の新居は過去から現在(いま)まで躰を透した怜悧な様子に仔細に暴れて静かに鳴りつつ、次の機会を二人に呈して硝子細工をこの世で繕う丈夫な仕草を認(したた)めている。しかしこうした新居に過去から吹き行く暑くも寒くも感じられない静かな風など続けて流行(なが)れて二人の思惑(おもい)は無感に喫する内にも懐かしくもある過去の大風(オルガ)が暫く生れて「俺」だけ捕え、家内(かない)は家屋で何か細々、朝な夕なに内職(しごと)の分業(ノルマ)を熟(こな)して行くけど矢張り透った閑静(しずか)に在って二人の体動(うごき)は暴露(ぼうろ)され行き、京都に移って来る以前(まえ)、俺が密かに幼少頃から暮らし始めた小さな影響(はへん)が所彼処(ところかしこ)に此処にも具わり、俺の〝幼少期(こども)〟を久しく隠した古巣の小都(みやこ)は此処から隣府(となり)の賢く生き得た大阪にて活き、小風(かぜ)を起した夕日の背中に紅(あか)が芽吹いて白体(はくたい)と成り、京都の新居は大阪(むかし)に芽吹いた社宅を想わせ緩々身構え、二人に対して淡く建ち活(ゆ)く故習を呈して沈着していた。二人の未熟(あお)い活気が間髪入れずに日毎に頷き小事(しょうじ)を携え迎えて来るので、二人の姿勢はそれでも嬉しく〝負けまい〟とした若い向上(きりょく)が十分上向き忙(せわ)しく流転(ころ)がり、新居の体(てい)とは一国主(いっこくあるじ)の城の態(てい)より二人が落ち着く小庭が適して相応(そうおう)しい、等、如何(どう)にも衒った若輩(わかさ)が飛んで白日夢の下(もと)、一居(いっきょ)は別の表情(かお)して次第に微睡み、大阪(むかし)に咲き得たマンション等へと変って行った。間取りの広さはアパート程にて昔の巨体は小さく畳まれ、外見(そとみ)を気にした二人の姿勢(ようす)は此処(ここ)でも具に照明(あかり)を点(つ)け出し他人(ひと)を呼び付け、自然の内にも初春(はる)が芽生えて秋風が活き、小じんまりした二人の広さはアパート程の小さな間取りに落ち着き入(い)って、新婚夫婦が丈夫に寄り添い暮らして行くにはこれと言って不足の無いまま経過(とき)が成り立ち二人の世界は誰から知られず幸福(しあわせ)だった。
俺の心身(からだ)に異変が起り、心は澄んで現(ここ)に在るのに、対人して行き喋って居ると、両脚(あし)が地からふっと浮くような感覚(かんかく)に見舞われ、見舞われるまま気を許して居ると、そのまま左右の何方(どちら)か、椅子から転落しそうな恐怖が成った。彼の心はそのまま自体を按じ、誰と居るのも気分が乗らずに臆して行ってとにかく人目が飛び交う人群(むれ)から離れて自室に居ようと、疲れを怖がり自然に在っても俺の心身(からだ)は自室に在った。何時(いつ)しかこうして自室に在っても物思いのまま自身の置かれた状態等を連々(つらつら)想って鞣して行くと、如何(どう)にも解(げ)せない未開の様子が自身に備わり根付いていると新たな不安が恐怖を呼びつつ叫んで来るので、俺はとうとう堪え切れずに新居も空想(おもい)も棄てて現実世界と泳いで行って、二月の寒い日、最寄りの院へと入って行った。診断書には〝自律神経の乱れ〟と記されて、その院の内でもDrから一々諭され丁寧成るまま諭され続けた経過(じかん)に於いて幾度かふらふら失神しそうに成っては居たが、その度その度ぐっと堪えて足場を固め、精神薬(くすり)を三種貰って帰路へと就いて、帰る迄にも早々(さっさ)と歩いて自分の用途を済ませる為にと丈夫な表情(かお)した隣人達が変らず在って、それ等を観るたび俺の精神(こころ)は俄かに騒いで空を睨(ね)め付け、彼等の居所(いどこ)に自分も何時(いつ)かは還元されると執拗(しつこ)く嘯き車を走らせ、自由気儘に生活して行く。厳寒以上の酷寒(こくかん)成るまま京都に根付いた二月の最中(さなか)を俺の心身(からだ)は温度を低めて自活を図り、生き抜く術など見付ける為にと人間(ひと)の最中(さなか)を深々(しんしん)降り行く雪に見立てて音の鳴らない環境(かこい)を見付けて埋没して行く。そうして辿った自宅は今でも、これまで独歩(ある)いた京都の姿勢(すがた)に温度(ぬくみ)を献じて立たされて在り、俺の還りを静かに喜び落着していて、二重写しに自体を着飾る妄想(ゆめ)の御殿へ意識を取られて優柔不断に徘徊して在る。次第に晴れ往く高空(そら)の居場所が酷寒(さむ)さに悩んで居場所を探し、探した序(ついで)に俺の精神(こころ)を奇麗に睨(ね)め付け見付けた贈物(たから)と次第に喜び俺へと跳び付き、高空(そら)が環境(まわり)を構築したのか、御殿の周辺(あたり)は奇麗に並んだ木々が色付き木々は疎らに隣家へ化(か)わって涼風(かぜ)が吹き行く住宅地(まち)の内には俺へ跳び付く人間(ひと)の勇気が軋々(きしきし)鳴りつつ俺の個室へ迷って這入る。
自然と時流の二つが並んで俺を呼び込み、俺の心身(からだ)は自然に透って流行(はや)りを欲しがり、時に適った嗜好の限度に俺と人間(ひと)とが共存して行き、俺の言動(うごき)は人間(ひと)を止まらす小枝の様(よう)に儚く誘う対象(オブジェ)を見せ得た。実際これまで俺の元には徹底するほど誰も寄らない空白(空き室)が具わり孤独だけが来て照明(あかり)を換え行く不変の一定(ルール)が活きつつ人間(ひと)の還りは無かったのだが、結婚した後、嫁の効果か影響なのか、波及して行く流行(はやり)の如くに嫁の魅力は抜群成るまま新居から洩れ、釣られた来客(きゃく)など薄笑み浮かべて転々(ころころ)転がり、遥か彼方の遠方(いなか)からでも、嫁の魅力に一目逢うため身を粉にさえして〝来客(きゃく)〟と成るのを切望して居た。始めの内には来客なれども肩を並べて薄い絆に集った仲間を装うように、何人かで来る団体(かたち)を呈した来客(きゃく)であったが、次第に俺と嫁とに解け合う内に各自は自ら付き得る情(なさけ)など見て隙間など見て、各自は各自で自活して行き気丈を呈し、予想通りに俺へは付かずに嫁へと付き行く自信(おのれ)の丈夫に物を言わせて悦を欲しがり、無い物強請りの権化と化し行く各自の身元は俺の新居を足掛かりとして、右往左往に進歩して居た。次第次第に新居(いえ)の小庭へ降(お)り付き小鳥の純朴(すなお)が逃げ去るくらいに新居の内では沢山集った来客(らいきゃく)達が嫁を掲げて喝采して居り、老若男女が何時(いつ)も居座る狭い〝我が家〟へ新居の形成(かたち)は益々遠退き俺を眺めて、嫁一人で成る、来客(きゃく)一人で成る、逃げた小鳥の一匹で成る、淋しく冷たい新居の体(てい)へと付かず離れず俺から独歩(ある)いて自生を手に取り、行先(さき)の見えない開かずの間なども新居に居座り涼風(かぜ)を吹かせて、来客(きゃく)と嫁との匂いを以て充満して行く淡い新居へ身を化(か)え始めた。俺の予想は独歩に在って何時(いつ)も冷静足るまま沈着して在る来客(きゃく)の姿勢(すがた)を射止められずに嫁との関係(あいだ)を始終気にした不安が立ち行き、幾度か手にした不倫に対する疑惑の陰にも何にも無いのが常と成りつつ俺は萎え行き、明りが差し込む狭い居間には母性を奪(と)られた小さな男児が褒美を強請って沈着して在る。来客(らいきゃく)の内には知己とも呼べる教会から来た人達が居り、俺の狙った淡い平和が出来得る一つの形成(かたち)に、飽和を呼び込む気色も並んで幸福(しあわせ)だった。
俺は時折り自分が大人だと言う事を忘れ、子供の頃に知り合った男の友人(安尾、平尾)と程好く遊んだ。安尾は元々俺の自宅(いえ)から数歩離れた隣家に棲み付き、又、俺が唯一喧嘩で勝った友人であり、平尾は少し離れた他所の地域に居を構えて在って、他人顔して生意気であり、高校頃からすくすく伸び得た手足を拾ってやんちゃと成り着き、俺の目前(まえ)から何時(いつ)しか失(き)え得た冷たい体(てい)した友人である。そうした彼等と気構え失くして程好く遊んだ男児の肢体(からだ)は遠(とお)に芽吹いて季節を仰ぎ、四季を無視して大空(そら)を妬んだ幼稚な醜態(ぬくみ)を慌てて隠して無音を鳴らし、俺の表情(かお)には彼等が解(ほつ)れて情(じょう)の綻ぶ小さな男児が興(きょう)を忘れて未熟を引き出し、出元(でもと)と成り得た自然の主(あるじ)は到底届かぬ高空(そら)の彼方へ還って行って肢体(からだ)を寝かせ、俺と彼等が程好く遊んだ四季の香りを涼風(かぜ)に乗せつつ逃がして在った。俺と彼等は昔に憶えた英雄(ヒーロー)を知り、〝ウルトラマンごっこ〟で心身(からだ)を火照らせ笑ったようで、俺は内(なか)でも〝ウルトラセブン〟をピックアップして採り、彼等が遊ぶ悠々自適を自然に還(かえ)して無感と成り着き、彼等の四肢(てあし)が自由に跳ぶのを細目に捉えて保温を憶え、彼等の遊戯(あそび)を傍観するまま俺の四肢(てあし)は静かに在った。そうする最中(さなか)に自然は遊泳(およ)いで弱体と成り、俺の眼(まなこ)は弱り果て行く微細を捉えて彼等に当てて、四季の経過(ながれ)に遊泳(ゆうえい)して行く彼等の稚体(みじゅく)を宵に捉えて弱体を知り、人間(ひと)の弱身(よわみ)が何処(どこ)を如何(どう)して流行(なが)れて行くのか自然に引かれる〝自活〟を知りつつ俺の心身(からだ)は無欲を欲しがり、田舎に芽吹いた〝思う葦〟等、到底適わぬ天空(そら)の思惑(おもい)に四肢(てあし)を延ばして独歩を按じ、安き束の間、慌てふためくテレビの音声(こえ)など涼風(かぜ)に運ばれ俺の耳内(もと)へと素直に転がる。彼等かテレビか区別の付かない幽体めいた無機体(パフォーマー)が、茶稚(ちゃち)な過去(むかし)に色付けられつつ男児の興味を了(りょう)して廻った足取り付かない極致に達した特撮で、俺の拾ったウルトラセブンを放映しながら熟(じゅく)して在ったが、そうして形成(かたち)を射止めた特撮機構は足取り付かずの幽体離脱を何度もし掛けて自体を貪り、遂には見えない遊歩を憶え、〝ウルトラセブン〟はその撮影時に自身を晦ます被(かぶ)りを知らずに挑戦して行き、そのとき丁度見付けた〝ウルトラの母〟の衣装を纏って自体として居た。頭頂から高空(そら)へ目掛けてにょっきり突き出る〝アイスラッガー〟の代わりに、左右の耳から延び得たピッグテイルが矢鱈に目に付き、白雲(くも)を眺めて〝母〟を観た時、俺の眼(め)からは白い涙がほろほろ流れて不出来の自身を誘い上げつつ、遥か遠くにゆったり寝そべる青い寝床(ベッド)へ俺の自信は独歩(ある)いて行った。
隣家に居座り、力加減も仄かに俺へと寄り着き俺の調子にふっと配慮して居た安尾と俺とは非常に仲良く、荒唐無稽に遣る気を飛ばして丈夫に在ったが、平尾と俺とは功を逃がした失敗を睨(ね)め行く、互いに添えない平行上での友情(なさけ)の間で努めて寄り添う気丈に立ったが、終ぞ束の間、友情同時(ゆうじょうどうし)が顏を合せて〝知己〟と語った試しなど無く、間柄(きょり)は一瞬足りとも縮まらないまま転寝して居る〝吟遊詩人〟に詠われて行く。俺は一線画した平尾を睨(ね)め付け、手足の出せない間柄(きょり)の最中(さなか)に興(きょう)を見付けて無体を頬張り、始終喧嘩し果てる〝喧嘩友達〟に情(じょう)を見付けてこの場を行こうと、往来して行く両者の姿勢(すがた)を丸く牛耳り、遁々(とんとん)下(お)り行く幼少時代の因縁達が俺を捕えて活性する頃俺の快感(オルガ)は感覚(いしき)を捉えて白く飛び立ち、心許ない諸業(しょぎょう)の周辺(あたり)を独歩(ある)いて引き寄せ独歩(ある)いて引き寄せして、俺の興味は平尾を失くさず二人の〝知己〟にと自然を寄せ付け緩衝とした。一緒に在っても喧嘩ばかりをして居る二人の間柄(あいだ)は、そうかと言って〝殺したい〟など無闇に吠え行く悪行には無く、取り敢えず二人は二人にして在り、わくわくぞくぞくさせ得る低空(そら)を見付けて仄かに在って、今にも烈しく落ちる夕立を予想させ得た夕暮れの下(もと)、手ぶらでかさこそ、ぶらぶら、はらはら、嘆くに足りない情緒を射止めて涼風(かぜ)を吟味(あじ)わい、出会ったり別れたりを繰り返していた。見ていると、安尾と会話を続ける俺の心内(うち)にも心底譲れる友情等には手付かず儘の至宝が寄り添い、届かぬ贈物(たから)を心上(こころ)に携え遊戯(ごっこ)を愉しむ二体が在って、如何(どう)ともされずに打ち解けられず、確立して居る二つの勇者は互いに曇った配慮を投げ合い希薄に延ばした遠慮を扱い自信を止(とど)め、無事の自然に悠々居座る自体を手懐け体温(ぬくみ)を保ち、俺の余身(よしん)は薄く疲れた支柱を立て得て両者を擁した。俺はそれでも平尾を葬る試算に労は燃やさず、どっち付かずの恋の行方に翻弄され行く晴天(はれ)の舞台で自分に課された模索を手懐け迷った様(さま)にて、相手の居ない仇討ち合戦などに興味を落した一青年の肢体を容易く手に取り、何処(どこ)まで行っても仇(かたき)を求める固有の紳士に落ち着いて居た。そうしててくてくとくとく独歩(ある)いて行くのが自分の運命(さだめ)と微かに牛耳り、翻弄され行く世間(うみ)の内でも自分の個体をしっかり保(も)ちつつ融解しないで、明日灯(あさひ)を見るまでしっかり自覚し生き抜こうと言う俺の心中(こころ)は妙に騒いで落ち着かない儘、間抜けに準じた淋しい思惑(こころ)は未解を目前(まえ)にしんどく在った。
その俺達に纏わる〝家庭模様〟が流れる内に、川端康成氏の書斎での光景・風景、何か作品に就いての取材風景、等が差し込まれるようにして流されて来て、晩年の頃に白くにょっきり目立った白髪を緊(きつ)くオールバックにした康成氏が、取材に来た誰かと喋って居るのが薄ら見えた。二人共笑って居た。インタビュアーが「此処(ここ)の処の表現は少し…」と言えば康成氏は、「ははは、それは、君が寝てた間(あいだ)に書いた」とお道化(どけ)て返し、和気藹々とした中に、流石作家ならでは、と言う上流・一流を醸し出す雰囲気が漂っていた。そうした薄らするほど貴重に乱れた風景を見て、俺も束の間目立った論客を集める文士の態(てい)へと移って居たが、その際、俺も氏を真似して他人に「寝てた間に…」等と直勘(かん)を疾(はし)らせ危ういムードを拵(つく)ったものだが「寝てた」が吃ってしまい言えずに、インタビュアー・論客との間に少々壁が成り立ち不純に愚図愚図、妙に口跡を訝る自然な癖が俺と彼等に付いてしまった。
唯一つの言動を賄う内に、間隔を置き、適度に新居へ訪れ始めた来客(かれら)の内には、俺が大阪で見知った牧師から、その教会に居座り続けた信者達まで含まれ始め、俺が観ていた両刃の仲間(うち)には酷く萎れた自刃が立ち活き一つと成って、俺の新居は妙に歪んだ単色世界(モノクロリズム)に訪れ出した。曇った空気は白や青など人に集(たか)って晦ます如くに明度を保って明るく輝き、白昼堂々狭い我が家を誰にとっても大きく構える遊戯の巣窟へ変じて行った。そうして却って敵意を捨てさせられ得た俺の敵意(こころ)は妙に緩んだ模様を観て居り、静寂(しじま)に潜んだ人間(ひと)を見抜いて、俺の自声(こえ)など天井(うえ)に敷かれた蛍光灯へと注目し始め人間(ひと)を棄て去り、淡い虚無へと投身して行く。〝皆で昼御飯を一緒に食べよう〟という事になり、平家(ひらや)の造りに何時(いつ)しか段が付けられ灯りが点され、多くの人間(ひと)など出入する程拡(ひろ)く成された玄関等には見えて好いようにと蘭の花など花瓶に挿(さ)されてひっそりと在り、そうして成された玄関(ひろま)が建たせる大きな支柱は低空(そら)から高空(そら)へと突き出す程度に大きく構えて階をも増やし、増設され得た我が家の〝新居〟は、到底本来(もと)へは戻れぬ逆火(さかび)を燃やした一間(ひとま)の屋敷へ象られていた。上階(じょうかい)と下階(げかい)とに分れて、実際何階在るかも知れない俺には、宙(そら)を睨(ね)めてた人間(ひと)の関係(もよう)に欠伸を憶えて未知と成りつつ、人間(ひと)の徘徊(まよい)は俺の周囲(まわり)で何処(どこ)から何処(どこ)まで終点(ゴール)と決めずに行ったり来たりに精力遣い、俺の広場を大きくして行く。高空(そら)を突き抜け宙へと渡った人間(ひと)の体温(おんど)は上階・下階に足りなくなって増やした新居の他にもう一つの敷地を費やしビルなど建て行き、俺の広場は二つに跨る活気を憶えて静かに在った。〝ビル〟はそれから所帯を見せ行き人間(ひと)の温度を温々(ぬくぬく)保って、宙(そら)から落ち得た人間(ひと)の声には人間(ひと)を惑わす精力(ちから)が在って人間(ひと)は夫々所帯(うち)へと近付き、丁度バブルが七色(いろ)を見せつつ人間(ひと)の利口を散らした頃まで所帯の一室(へや)にはレトロが忍び、此処(ここ)だけ新居を離れた落ち着く一室迄に、と、俺の精神(こころ)も研ぎ澄まされた。研ぎ澄まされ得た俺の傍(そば)では知らずに拡がる界隈(せけん)が成り立ち、そこを通った藻屑の群れには新居を知った上での慧眼が成り、ビルはビルでも人間(ひと)が住まうビルには過程を通った体温(おんど)が在る、と初めて気付いた胎児の体(てい)して取り決め始めて、一つに儲けたビルの様子をマンションと呼び、新居の二階に彼等の発声(こえ)は真向きに対して〝マンションの一室(へや)〟と口を揃えて呼び始めていた。
新居の二階に備わるマンションの一室の居間では所狭しと皆が集まり、外の灯(あか)りが小さな窓から差し込み明度をくっきり保(も)たせた一間(ひとま)の内では、焦げた茶色の卓袱台などは自然に落ち着き人の出入りを流行(ながれ)に止めたり、そうして止まった環境(くうき)の内には台を囲んだ来客(きゃく)の姿勢(すがた)が程好く映って落ち着いて在り、来客(きゃく)の内にはあの時見知った牧師の姿勢(すがた)もきちんと在って、牧師は母と真向きに座ってお茶を呑みつつ、日頃の調子を話題(あて)にしながら小さく細く談笑して在る。「母」とはこの二階が出来た頃から引かれて出て来た様子に落ち着き、俺の母とはこれまで呈した病の底など重々憶えて形象(かたち)を手に取り、俺の目前(まえ)には牧師が居座る一室(へや)の内でも軽々言動(うご)いた母体(はは)の姿勢(すがた)が如何(どう)違うかさえも見当付かず、重ねて観得た母性(はは)の肢体(すがた)を陰に隠して主(あるじ)に立たせた母子の関係(あいだ)が目立って在った。それ故母の顔など差し込む陽光(ひかり)に影を被(かぶ)され牧師は見えても暗く落ち着き、客観していた俺の眼(め)からは一室(へや)に飾った洗濯物にて丁度見えない死角が講じて母の姿勢(すがた)は奇麗に見えず、肩から下など、台から近い人体(からだ)が光って愈々目立ち、その逆光からでも母の表情(かお)には具体が咲かない。唯、牧師を捕えて落ち着き話す母の姿勢(すがた)が、お茶を呑みつつ湯気が昇った空想(おもい)の陰にてひっそり輝き、釣られて温もる牧師の姿勢(すがた)に重々敷かれてこっそり笑う、母の発声(こえ)だけ、俺の精神(こころ)にはっきり在った。
空間(ひろま)を異にした別の界隈からも牧師に釣られてわいわい集まり、内にはその牧師の妻を努める名誉牧師も消息を見せ、俺の新居へ相対(あいたい)して行く。彼(か)の名誉牧師は俺が大阪(まち)へ出て来て最初に掴んだ第二の母とも呼べ得る東京生れの女であって、母体の拡がる女性(にょしょう)の内には一つも目立った色香(いろか)等無く、事細かく刻んだ性(せい)の在り処に、男児を擁する柔らの嗣業がひっそり成り立ち、年(とし)の離れた肢体の内には母性(ぼせい)を富ませた神秘の残影(すがた)がすっぽり嵌って、俺を何時(いつ)でも迎えてくれた。そうで在っても東京生れが功を奏して、関西まで来て人間(ひと)と接する内には、十に六つは気位などが高く位置して隣人(ひと)を見下ろし、〝自分は他人(ひと)とは違う〟と言った箴言(ことば)の意味など解体する折り、少々曲がった力の行方が人間(ひと)を刺し活き喧嘩をする等、でっぷり肥えた過程の陰にて必ず避暑地を設けた剛直婆へと変身して行き、「剛直」と「婆」とを分けた人間(ひと)には利(い)きて婆(ばあ)には利(い)きない、こんな調子が程好く続いて名誉を勝ち取り、他力の内でも自力が統べる人間(ひと)の狼煙を婆はしっかり牛耳り俺へと向いた。そんな母性も新居を囲った第二の一室(へや)では皆に紛れて和気藹々と団欒して居り、〝人間(ひと)には夫々秘密に儲けた経過の幾つが在って然りのものだ。必ず打ち解けるにはこうした秘密を両者が携え暗黙しており、譲歩の精神(こころ)を静かに寝かせて、団欒等では澄まして笑う。彼女も彼等も、俺にも母にも、そうした過程は人間(ひと)故に在る…〟など云々彼々(うんぬんかんぬん)御託を拡げて人間(ひと)へと対峙し、嫁の姿勢(すがた)も薄々忘れて、俺は人群(むれ)の輪(うち)へと這入って行った。唯、肩の荷が下り、世間に揉まれて腹が空くのもそれほど遠くの目的(あて)には見えず、これまで嫌った彼(か)の友人・知人に親友達まで俺に対して素直に笑い、秘密に隠した企図の手腕は何程にも無く〝礼儀に衒った心算(しんさん)なのだ〟と昼陽(ちゅうび)に照らされ俺は笑った。唯、楽しかったのを、俺は覚えてあった。
そうした所へ俺の嫁がふと還って来て、寝耳に水とはこの事なのだと、災い等は忘れた頃にもやって来る、初めて見知る幸福などは三年寝て待ちそうした折りから人間(ひと)の精神(こころ)は開眼するのだ、等と、不調を呼び込む嫁の言動(うごき)は高く居座り、俺の頭上へ妙な文句を並べて来たのだ。初めて、俺達夫婦は外界(そと)の刺激を無視した儘にて自発に活した投合を保(も)ち、互いに見知れぬ気分を害して喧嘩しそうな雑事を擁した。新居に構えた四畳の部屋にて、何時(いつ)しか恐らく嫁が吊るしたカーテンの汚れが目立って来たので俺と俺の友人だけでそのカーテンを取り外し、カタログ等見て次のカーテンを注文し得てもやって来るまで暫く期間が在るのは仕方の無い儘、そのまま四畳の部屋をカーテンの無い状態にしてしまい、それ等を見付けた俺の嫁は気分を害して復讐に出て、嫁が何時(いつ)しか見知って置いた自分の友人達との相談の上、その友人の一人に〝用意して貰った〟という大きいエプロン(高齢者などが施設にて宛がわれるような前掛け)を持参して来てカーテンの代わりにしようと言い出したのだ。壊れた部屋の補足であった。非常に己惚れ始めた俺の表情(かお)にはそうした妻の言動(うご)きが露骨に見え出し虚無にも駆られ、言い出し、繕う、妻の表情(かお)には、何故自分に一言も言わずに自分勝手に家の内の事を決めるんだ、とでも言う程、少々立腹して居る女性(にょしょう)の姿勢(すがた)が目立って在って、〝己惚れ屋〟に投身して居た俺の精神(こころ)はそうした妻の些細に非常に腹立ち、神経を逆撫でされ行く調子も芽生えて煙たく見え出し、立腹同士が無間(むかん)を競って経過を観て行きやがては折れた俺の精神(こころ)が妻の憤怒を鎮めて遣ろうと気遣いながらに、新居を囲ったそこ彼処に向き小さく礼して、謝りながらに注意して居た。汚れたカーテンから新しい物に取り換えようと算段した際、共に試算して居た俺の相手が男だったから良かったのかも知れない、妻は俺の配慮を理解し受容してくれた様(よう)で、俺達夫婦はそうして再び元の姿勢(すがた)へ還って行った。見知らぬ所で片輪の体(てい)して現れ得た自然の差配(さはい)は、俺と妻とを元へは戻すが又何処(どこ)かで野茶(やんちゃ)な表情(かお)して現れそうで俺の精神(こころ)は無感を覚え、自然が残した景色の内でも到底止まない流行(ながれ)を手に取り俺は鎮まりながらに妻に対する釈明等を努めて在った。俺が友人と相談して汚れたカーテンを外し洗濯をして、あの物干し竿に干したのだと、二階のベランダに出て説明して又部屋に帰ろうとした時、無い筈の白いレースのカーテンが急に俺と妻とを隔てるようにして現れ、俺はその簾の様(よう)に揺ら揺ら揺れるレースの隙間に、妻の真っ白い顔が微動だにせず此方を凝視して居る光景と情景とを見定め、恐怖を憶えて辟易(たじろ)いで居た。一体これまで俺は幾つの新居に居座る家具や人間(ひと)へと向かって謝ったのか、注意を払って生き抜いたのか、微動だにせぬ女の顔が白い宇宙を小さく拵(つく)って部屋へと居座り、何処(どこ)の部屋だか見知らぬ無間(むかん)を呈して俺を誘(いざな)い、昼の陽光(ひかり)を遮る間(ま)に間(ま)に人間(ひと)も部屋も自室に備えた妻の姿勢(すがた)を俺は予定の無いまま知る破目ともなり、一体誰に相対(あいたい)したのか、どの部屋を愛していたのか、本当に妻は俺に存在したのかさえ、知れず分らず自由が芽生え、束縛されずに堂々巡りの質疑に終え行く俺の連想(ドラマ)は一巡目にして宙(そら)へと還って気を引き離し、俺の勇気は新居の内にて活き続けて行く。
妻は漫ろに歩いて部屋へと這入って陽光(ひかり)に差されて具体を呈し、顏の角(かど)など丸く抑えて俺へと対して始終を彩る顔の模様を具に教えて突っ立って居る。顔面パックをして居て顔が白かったのだ。何時(いつ)の間にしていたのか分らなかったが、流風(かぜ)が吹き込み調子を変えて、俺と妻とは心地良いほど真向きに立ち合い気分を読んだ。夢想の内では褥に包(くる)んだ妻の家庭が俄かに表れ俺を擁して、俺の精神(こころ)は硝子に透って手足を出せ得ぬ柔い檻にて自由を貪り、妻の行方を捜してあった。妻は微笑(わら)って他の男を用意してあり、如何(どう)にも失せぬ煩悩(よく)の波間に肢体(からだ)を慣らし、飼い馴らされ行く未熟な獣へ落ち行くようだ。新たな男性(おとこ)は荒い男性(おとこ)で、妻の裸体を弄(あそ)んだ挙句に仄々零れた笑みを見せ付け、妻の被虐欲への補充を為すべく妻の女尻(めじり)をぱんぱん叩いて悦ばせて行き、男性(おとこ)を訓(おし)えた男性(おとこ)の狂気は妻にとっては狂喜へ変り、妻は男性(おとこ)に対して何度も何度も懇願しながら欲芯(からだ)の疼きを紛らす為にと〝お尻を叩いて頂戴!もっと叱って…!〟と男性(おとこ)が聴けば喜びそうな文句の羅列を、何処(どこ)で知り得て来たのか、一個の女性(おんな)として言い、男性(おとこ)が飾った欲への調子は瞬く間にして女尻に敷かれたモルモットへと変態していた。俺は檻から時折り脱出して居り、そうして成った男性(おとこ)の役など具に演じて妻を虐めて、被虐に満ち得た妻の心身(からだ)は容赦の無いほど火照り始めて男性(おとこ)を睨(ね)め付け、愛情(なさけ)を欲しがり、とうとう還れぬ男女の密林(しげみ)へ真っ逆様に転落して居た二人の正義に後(あと)で気付いた。俺は唯妻の白く塗られたパックの顔を傍(はた)から覗いて傍観して居り、体温(おんど)の冴えない妻の表情(かお)には何処(どこ)ぞで覗いて知り得た見知らぬ女性が固く居座る気色を講じて活き活きしていた。
惰性に留まる二人の気色は一瞬毎の浮気な四畳を片手に隠して宙を貪り、深夜(よる)が来るのを密かに待って、白昼(ひる)の夜空を愉しみ始めた。そうした妻と旦那(おれ)との昼間の情事は男女に分れて変態して行き、独歩に根付いた阿鼻叫喚にて、哀れに認(みと)めた人間(ひと)の初歩(いろは)を値踏みして行き単色と成り、旦那(おれ)は今でも妻を深く好んで相対して行き、妻の方でも何かと旦那を気遣う振りなどこそこそして居た。一瞬間にて全てを講じた二人の連続(ドラマ)は助長を許して新居を拡げ、二人同士は共にさっさと行動して行き白い簾を軽く掻き分け部屋へと入り、皆が居座り談笑して居る居間の方へとてくてく歩いて戻って行った。
少し日影で暗い通路(ろうか)を渡り終えると白い昼陽(ひかり)が真向きに飛び込む光景(けしき)に出会って俺は跳ね出し、予測して居た人間(ひと)の会話に強く望んで片身を凝らせ、初めに見付けた名誉牧師に向かって腰を下して座談を始め、カーテンに纏わる自分と妻との揉め事等を牧師に話し、夫婦の知恵を得る事などを目的として、彼女の話を好く聴こうとしていた。こうした妻との淡い揉め事等を他人(ひと)に語れる身分が既に俺には悦びであり、妻は俺のそうした時でも集い始めた皆の為にと菓子を用意しお茶を入れ替え、居心地良さ気な居間の内にてもっと沢山来客などが集まる頃には知らぬ間(あいだ)に取り置いて居た野菜や肉など隠れて料理し気遣わせず儘、〝旦那の為に〟と無酬の家事にて精を費やし、旦那と一緒に喜んで居る。パックをしながら大きく照輝(てか)った光沢(ひかり)の泥濘(そこ)に世間が花咲き妻の様子を大きく見せても、白顔(パック)に隠れた小さな表情(かお)した小顔で小柄な女性の不憫に素直に立ち行く妻の姿勢(すがた)を、俺は確かに愛して居たのだ。妻も自分を愛してくれたと信じたかったからである。
~小顔で小柄な妻~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji
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