第4話
検索結果が、出てこないのだ。私は一瞬、頭が真っ白になる。だって、ありえないだろう。出てこない、ことなんてないのだ。どんな芸能人にだって、アンチと呼ばれる人間たちが存在する────そう、存在するのだ。そんな存在が、ここまで有名である天崎まゆに居ないことなど、ありえない。
私はその場で固まり、大きく深呼吸をしながら椅子へ腰を下ろす。
「……どうして」
そこから私は、ここぞとばかりに彼女の名前の後に醜い言葉を打ち付ける。しかし、結果は真っ白だ。
ブス。歌下手。そこまで可愛くない。大根役者。過大評価。滑舌悪い。スタイル良くない。怖い。サイコパスっぽい。育ちが悪そう。辛いもの大好きキャラがわざとらしい。時々、目が笑ってない。陰でマネージャーをいじめてそう……。
思いつく限りの悪口を乗せ、しかし、出てこない検索結果に頭を悩ませる。
何故に出てこない。意味がわからない。私は一度、インターネットが繋がっているかどうか確認する。携帯端末でも検索してみる。タブレットでも検索してみる。だが、何も出てこない。彼女の悪い評判が出てこない。逆にいい評価ばかりで溢れかえっている。これはまるで────。
「洗脳みたいだ」
思わず飛び出た言葉に背筋が凍る。
……そう、洗脳のようだ。まるで、あまゆゥが完璧な存在であるかのように扱い、褒め称える言葉だけを脳に侵食させている。
しかし、そんなことありえないのだ。いくらマスメディアがそう操作したって、どこかでボロが出る。ほつれが生じ、いつしか爆発してしまうのが大体のオチだ。
そして、誰にだって分かりそうな問題であり、誰にも操作できない情報。それはあまゆゥが祖母の世代から存在しているという事実だ。だが、その矛盾に誰も疑問を抱いていない。この世には不死身の人間などいない。どんなに美しい花も枯れるのが世の理だ。そして、当たり前である生命の流れを皆が知っているはず。じゃあ何故、皆このアリエナイ状況を不自然に思っていないのだろうか。
私は椅子の上で腕を組み、項垂れる。
やがて思い立ったように顔をあげ、パソコンを操作する。とあるサイトへいき、彼女の名前を検索した。一番上に表示されたスレッドへ向かい書き込み欄へ移動する。
向かったのは、電子掲示板だった。ここには無数の人間がいて、日々様々な議論が繰り広げられている。天崎まゆを崇める掲示板に書き込めば、荒らしとして認定されるかもしれない。けれど、私の書き込みを見た誰かが違和感に気がつき、反応してくれるかもしれない。
私は数ミリの希望に賭けた。
────あまゆゥって年齢おかしくない?
簡潔にその言葉を残した。目を瞑り、時間が過ぎるのを待った。この世は広い。きっと、誰かが私の声に反応するに決まっている。いや、そうであってくれ。でなければ、私は押し潰されてしまいそうだ。
不安な心もそのままに、恐るおそる顔をあげ、画面を見た。更新ボタンをクリックする。
「なんだこれ」
そこに、書き込みは存在しなかった。私が書き込みを残した場所には別の言葉が記されており、綺麗さっぱり無くなっていた。
────確実に、書き込んだはずだ。
マウスを持った手が小刻みに震えた。全身に汗が滲み、不快感を与える。
深く息をしながら、もう一度、書き込み欄へ向かう。キーボードを強めに叩き、エンターキーを押す。一言一句、間違いなく同じ文言を記す。
────きっと、先ほどの書き込みはミスだったに違いない。
私は画面を見つめながら、自分のヘマを嘆く。
「え?」
しかし、画面に出てきたのはエラーの文字。書き込み不可、と赤文字で表示されたそれを、歪んだ視界で眺める。掲示板を利用したことは今まで何度もある。けれど、こんな画面を見たことがない。私はすぐさま別のスレッドへ行き、書き込み欄へ向かう。適当な言葉を入力し、エンターキーを叩いた。
「……なんで!」
出たのはエラー画面。ならば、と所持している携帯端末からアクセスし、同じような行動をとってみた。けれど────。
「嘘でしょ……」
同様、エラー画面が私の前に姿を現す。察するに、私の存在自体がこの場から弾かれたのだ。
「ど、どういうこと?」
脱力し、背もたれに力を預けた。貧血時のような眩暈が襲いかかり、なんとか踏ん張るように額に手を押し当てた。
想像したくないけれど。いや、しかし。所謂、これは。
「言論統制……?」
吐いた言葉にかぶりを振る。まさか。アイドル一人如きに、言論統制など。ありえない。意味がわからない。何故、そんなことをする必要がある。だって、ただのアイドルだ。歌って踊って……少し不可解な点がある、ただのアイドル。そんなアイドルに何故? 理由がない。する必要性さえ感じない。
「何かを隠してる?」
ふと、視線を感じた。顔を上げ、部屋を見渡す。途端に喉の奥が引き攣り、目を見開いた。
部屋が、あまゆゥグッズで埋め尽くされている。薄暗い部屋の中、浮かんだポスター。にこやかに微笑む彼女と目が合い、ゴクリと唾液を嚥下した。
そうだ、腐っても私は彼女のファンだ。出ている番組を網羅し、CDが出たらすぐに買う。彼女のグッズを買うためバイトをしていたし、ライブにだって今年、行く予定だ。
そのぐらい、彼女が好きだった。
「気持ち、悪い!」
私は叫びながらポスターを引き剥がす。ぐちゃぐちゃになったそれを握り締め、その場に疼くまった。
「ユキ、ご飯だよ」
一階から母の声がする。私は額に滲んだ汗を拭い、部屋を出た。
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