当て馬にされた悪役令嬢

まえばる蒔乃

第1話

「ケイト! 僕は君と婚約破棄すると決めた!」


 記念パーティで久しぶりに会った婚約者、金髪青瞳の美青年、リオネス・サンセッド公爵令息が叫ぶ。

 傍らにいる彼の親友、茶髪茶瞳で屈強な肉体の騎士、ゲイン・エンドリアル様が息巻いた。


「何を突然言い出すんだリオネス、ケイト公爵令嬢は君の婚約者ではないか!」


 熱く胸ぐらを掴むゲイン様。リオネス様は熱の籠もった目でいやいやと首を振る。


「ケイトはお前に譲るよゲイン。ケイトは家柄も顔もいい。侯爵令息のお前が婿入りをすれば、お前は晴れて公爵家の婿になる。僕はケイトとわざわざ結婚しなくても公爵家の男だ。お前のような立派な男は出世して、僕と同じ地位にまで上がってくるべきだ」

「なんだって……俺の出世のために譲ってくれるだと!?」

「そうだ。だってお前と僕は親友だろう? 家柄の身分を揃えれば、これからも親友として仲良くしていられるだろう?」

「ああ……! なんて優しい男なんだ、リオネス!」


 がし、と抱き合う二人。だが、すぐにゲイン様は大げさに天を仰ぐ。


「しかしリオネス、そうじゃないだろう! お前の女を譲ってもらって、さらにその女の家柄で身分を揃えるなんて、女々しいことを出来るわけがないじゃないか!」

「!! ゲイン……」

「へへっ。俺が憧れたリオネス・サンセッドという男は……そんな提案を、俺にするのは似合わない! 俺にケイト嬢は不要! 女の家柄でなく己の力で成り上がる!」


 ゲイン様の熱の籠もった言葉に、リオネス様は照れくさそうに鼻を擦る。


「そうだな……お前がそう言ってくれるのを、僕は少し期待していたのかもしれない」

「これからも女を譲り合う譲り合わないじゃなくて、仲良くやっていこうぜ」

「ああ。お前はお前の実力で、僕と同じ地位に成り上がってくれ!」

「もちろんだ! 親友!!」

「ああ、ゲイン! 我が友よ!!」

「リオネス!!」


 男達は固く拳をぶつけ、握手し、抱き合った。

 騎士養成学校に入ってから、リオネス様とゲインズ様は、男社会でもまれてすっかり暑苦しくなった。

 二人はきらきらとした笑顔で、私を見た。


「というわけで、婚約破棄は無かったことに!」

「これからもリオネスを支えてやってくれ、ケイト公爵令嬢!」


 同時に自分のほうを向いた婚約者とその親友に向かって、私は告げた。

 

「ふざけないでくださいまし」


 は? という顔をする男二人。

 ケイトは冷ややかな顔のまま、額の血管がバキバキになるのを感じた。

 ――もう、我慢の限界だった。


◇◇◇


「つまり、男同士の友情ごっこの当て馬にされちゃったってことなのね、ケイト」

「はい、さようでございます」


 私は第五王女殿下、ミレイラ・レキシス殿下との二人きりのお茶会をしていた。

 ミレイラ殿下は私と同い年の17歳。淡い桃色の髪と金の瞳が愛らしい王女殿下だ。銀髪に緑瞳のきつい顔立ちの私とは対照的な甘い雰囲気の可愛らしい人だ。

 普段は花も恥じらう気品溢れる令嬢だけれど、親友の私たちは二人っきりの時だけは腹を割って雑談をする関係だった。

 テーブルの上のマカロンを口にして、ミレイラ殿下はうーんと唸る。


「ええと。別に元婚約者と婚約者、同性愛者ってわけじゃないのよね?」

「はい。いわゆる……女を譲る俺……と、女を譲られるなんて求めてない……俺らの友情は最高だぜ! の当て馬にされただけでございます」

「本っ当に同性愛者じゃないの?」

「違うと思います。パーティーの後、ほろ酔いで馬車に乗って娼館に行ってましたので」

「……最悪」


 はい。王女殿下の最悪をいただきました。

 そんな最悪のブラザーフッドのつまみにされた私だが、残念ながら世間は私に冷たい。

 私は二人の男の間でふらふらと勘違いして誘惑した頭の悪い女ということになり、娼館で女を通じてさらに友情を固めあった男二人は「愚かな令嬢に友情を壊されなかった理想の親友コンビ」ということになっている。

 悪役令嬢なんて手垢のついた二つ名を、まさか拝命することになるとは思ってもいなかった。

 私は溜息をついて肩をすくめた。


「そんなわけで、実家にも居づらいのですよ」

「えっ、ケイトは失礼こかされた側なのに?」

「はい。婚約破棄撤回を撤回して婚約破棄を受け入れたことで、もう両家の親はカンカンです」


 実家は、思わず言い返した私を頭ごなしに叱った。


「両親は『信じられない』、『ただちょっとした冗談を笑って許せないと今後はやっていけない』とか、『プライドが高すぎる』とか、『弁えて鷹揚に許してやるのが婚約者のやることだ』、だとか」

「……相変わらず、どうしようもない実家ね。潰してあげましょうか?」

「ミレイラ殿下の醜聞になりますので、私的な粛正は控えてください」

「分かったわ。……というか、両家の親? なんで義理のご実家サンセット公爵家まで怒ってるの?」

「義実家は『息子の冗談や友人関係に口出しする最低な婚約者』扱いで、謝罪と損害賠償まで求めてきてるのです」


 社交界のドロドロをそれなりに世渡りしてきた歴戦の将、ミレイラ王女殿下がすっかり引いて青ざめている。

「……今までも、結構我慢していたのよね? ケイト」

「私なりに、努力して参りました」


 私は遠く空を見やる。この景色も見納めだ。

 思えば今までもずっと煮湯を飲まされてきた。


◇◇◇


 ――初めての出会い、婚約のお披露目の席で。


「なーんだ、可愛くないなあ。ママの方が綺麗じゃん」


 これが婚約者リオネス・サンセッド様の第一声だった。

 あろうことか、息子の発言を義母ママは否定しなかった。


「そうね、でも世の中の女の子のなかではマシなほうなのですよ。これからあなたがこの芋を育ててあげればいいのです」

「そうだな。僕が育ててやる必要があるんだな」


 にやっと笑ったリオネス様の顔に、嫌な予感がしていたのだ。


 ――それからは地獄だった。

 会うたびにブスだの、バカだの、やぼったいだのと揚げ足を取るような罵倒。

 それでも私は婚約が決まってからは節目節目に合わせて、誕生日プレゼントや、記念日のプレゼントをした

 けれど、相手はいつも文句しか言わなかった。

 これが良かったとか、これはいらないとか。

 かと言って何が欲しいのかを尋ねても嫌がるし、渡さないと大騒動を起こすし。


 私が学校で優秀な成績を収めたら可愛くないと言われて、私の親は夏合宿に行かせてくれなかった。

 学はあくまで良縁のため花嫁修行のためであり、嫁ぎ先の顔を潰すものじゃないと。


「学園のチェス部に入部してると聞いたよ。チェスなんて男の遊びはやめろ。恥ずかしいから」

「しかし……他にも、令嬢の在籍者もおりますが」

「は? 僕に口答えするの?」

「……もうしわけございません」


 そうしてチェスの趣味も奪われた。


 可愛い女にならねばならないかと思い、私が可愛い服を着ても婚約者は文句を言ってきた。

 また、何かプレゼントをくれたかと思ったら、飲み屋でお気に入りのバーメイドの私服と同じのを着てくれ、と言われたこともある。実際に着たら、地味だの胸がないだの、男友達たちと一緒に馬鹿にする。


 ――そういう態度は、15歳で騎士養成校に入ってから加速度的に酷くなっていった。


 そんなのも、全部「人生はこんなもんだ」とあきらめて弁えてきた。

 親にも義両親にも、「わきまえなさい」と言われてきたから。

 人生経験のない私は、公爵令嬢としてはずかしくない生き方をすることしか、己を保つ方法がなかった。

 全部、婚約者としての矜持だった。


 けれど私の心の支えだった「婚約者」というポジションさえ貶められては。

 ふざけないでくださいましーーだ。

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