ep3 枯れた村

 初期装備とはいえ、武器を手に入れた漆黒はルインの案内の元、一番近くの村へとやってきていた。

「おいおい。これは。」

漆黒の目に映る光景は、干からびた人々の姿だった。今にも倒れそうにフラフラとなりながら懸命に土を掘っている。

「漆黒さん。おそらくですが、この村は旱魃に苦しんでおられるのかと。」

「旱魃?そういえば、この辺りには川もねぇな。」

「はい。この異世界では豊かな地域には貴族が住み、荒れた地域には農民が住みますので。」

「てことは、ここにいるやつらは下働き連中ってわけか。」

漆黒はそう言うと、知らぬ顔をして村を出ようとした。

「待ってください。放っておくのですか?」

ルインが漆黒の前に出て、動きを止めた。

「下っ端に用はねぇよ。それに俺は殺すなとは言われたが、助けろとは言われてねぇからな。」

「ですが。ここの人たちに同情する心はないのですか?」

「俺にどうしろと?」

漆黒にそう言われて、ルインは少し考えた。

「ひとまず話だけでも聞いてみませんか?」

「分かったよ。」

漆黒は仕方なく、ルインの後ろをついて歩いた。

「あの。すいません。」

ルインは、やつれた体で懸命に桑を振る男に声をかけた。

「旅人か。何の用だい?」

男は少し怪訝な表情で答えた。

「この村の村長さんはどちらにいらっしゃいますか?」

「ああ。爺さんならあそこの高床の古屋だ。」

「ありがとうございます。」

「何しにきたか知らないけど。見ての通りこの村は何もない。用が済んだらとっとと出て行きなよ。」

男はそう言うと再び桑を振り始めた。

「漆黒さん。とりあえず村長さんに話を伺いましょう。」

「あぁ。」

漆黒はそう空返事をしながら、男たちが堀っている穴を見ていた。

(水源が深すぎる。あれじゃあいくら掘っても出てきやしねぇな。)

漆黒の常人離れした耳には、遥か地下深くの水の音が聞こえていたのだろう。

「漆黒さん。何してるんですか?こっちですよ。」

ルインは少し離れたところから、立ち止まっている漆黒を呼んだ。

「あ。あぁ。すぐ行く。」

漆黒はルインの元へ走った。


村長の家。と言っても決して立派なものではない。四段ほどの木製階段の先に暖簾が吊るされていて、中は木板の上に藁が敷かれているだけで、他に家具などはなかった。


「旅人かい?」

「はい。そうです。」

ルインが答えている。漆黒は横で藁をいじっていた。

「わしに何か用かね?」

村長は見た目からは八十代くらいに見える。歳の割に受け答えははっきりしているが、足が不自由なようで、座っていながらも杖を大事そうに抱えていた。

「単刀直入に聞きます。旱魃に悩まされているようですが。いつ頃からですか?」

「もう随分前じゃ。元々この村は水がなくてのぉ。頼りになるのは雨と、山を越えた向こうの村から定期的に送られてくる水だけじゃった。しかし不幸は重なるもんでのぉ。ガレイド山に凶悪な魔物が棲みついたせいで、水の配送は止まり、追い打ちをかけるように雨も降らなくなってしもうた。」

それを聞いた瞬間、漆黒の稾いじりが止まった。

「爺さんよ。その魔物ってのはどんなやつなんだ?」

漆黒が口を開いたことに驚いていたのはルインだった。さっきまで興味がなさそうに振る舞っていたことが嘘のように食い付いている。

「それはわしにも分からんのじゃ。なんでも青薔薇の騎士団が討伐に向かい、返り討ちにあったと聞いておる。」

「なんとかの騎士団とかは知らねぇがよ。その魔物ってのを倒せば、万事解決するかもなぁ。」

「どういうことですか?」

ルインが不思議そうに尋ねた。

「タイミングの問題なんだよ。水の供給を遮るように現れた魔物と突然降らなくなった雨。仮説を立てるとしたらその魔物はよほど水が好きなんだろうよ。」

「水が好き。ということは雨を集める術を持った魔物だというのですか?」

「可能性の話だ。それとさっき音を聞いて確認したが、この村の水源はかなり深い。人の手でいくら堀ろうが辿り着けやしねぇ。その魔物が水を操れるとすれば、井戸の一つでも作れるかもしれねぇぜ。」

「漆黒さん。なんで急に乗り気なんですか?人助けはしねぇ。とか言ってたのに。」

「それは別にいいだろ。」

漆黒は照れ臭そうにそう答えた。

「旅人よ。ちょっと待たれい。話が勝手に進んでおるが、青薔薇の騎士団ですら倒すことのできなかった魔物をいったい誰が倒せるというのかね?」

「村長さん。青薔薇の騎士団とは何ですか?」

再びルインが受け答えをするようだ。

「青薔薇の騎士団を知らぬのか。そのような者がおるとは驚きじゃわい。この世界の安寧を守る王国騎士団の一つじゃ。」

「つまり王国直属の騎士団ですら倒せなかったというわけですね。」

「そういうことじゃ。」

村長は暗い顔をしていた。その顔をルインは気の毒だと感じたのだろう。漆黒の方を見た。

「漆黒さん。なんとかなりませんか?」

「最初から俺がやるって言ってんだろ?」

漆黒のその言葉を聞いて、村長は驚いた。

「正気か?上位クラスの装備を付けた三十人の騎士が倒せなかった魔物を、そんな初期装備の短剣一つしか持っとらん男が一人で倒せると思っておるのか?」

「簡単な仕事だ。」

「死んでもわしは責任はとらんぞ?」

「誰も頼んでねぇよ。」

「村長さん。安心してください。この人は化け物ですので。」

ルインがそう言うと、村長はそれ以上何も言っては来なかった。

 二人は村長が用意してくれた部屋を借りて、その日は休むことにした。

「どうして助ける気になったのですか?」

ふとルインが漆黒にそう尋ねた。

「水源が深いことに気づいた時に、こいつらそれに気づいてるのに堀り続けてるんじゃねぇかって思ったんだ。」

「どういうことですか?」

「できることがそれしかねぇから、足腰ぶっ叩いて桑振ってんだろうよ。なんかそれ見てたら、俺もできることやらねぇとなって思っただけだ。」

漆黒の真剣な表情を初めて見た気がする。

「やっぱりあなたはそれほど悪い人ではないのですね。」

「うるせぇ。」

ルインは漆黒を見て笑顔を浮かべていた。

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