第6話 持たざる者、めでたく卒業
唐突に世界の破滅を語る彼女の瞳に、嘘や冗談は含まれていなかった。
「世界が壊れる? この世界は争いの火種があるということですか」
「そういうことだ。善と悪は立場や主張で変わるが、種族の元々が持っている善悪性は変わらない。大きな種族で考えるのならば、人々のもつ感情の多くは性善説であり、魔族の持つ感情の多くは性悪説というふうにな」
「なるほど。そこに勇者が誕生すれば性悪説の魔族は弱体化するし、魔王が眠りから醒めれば、人類が滅ぼされるかもしれない」
彼女はゆっくりうなずいた。
いよいよこの世界はゲームや小説のような世界観なのだと思ったけれど、一つ疑問が増えた。
「それならば、人類はみんなで協力して蒼いカルマを貯めて勇者を誕生させ、魔族を滅ぼしてしまえばいいのでは?」
「ふふふ、見かけによらず、君は交戦的で他者を排除する思想を持っているみたいだな。だがそれを悪と決めつけるほどボクもウブじゃない。しかし、それだとな、この世界を構築しているそのものが滅んでしまう可能性がある」
この世界を構築? 抽象的で分かりにくいが、つまりは私の住んでいた日本やアメリカ中国といった、地球そのものの破滅というような意味だろうか。
「まあ、今はこの世界のすべての理を説明する時間はない。それこそ四歳から十四歳まで教育する規模の話だからな。端的に言う。人々は文明を開き、世界を発展させていく能力が備わっている。これに伴う代価は世界の原初を衰退させ、自然が滅びていく。逆に魔族は世界をリセットさせ、世界を原初に戻す能力が備わっている。世界は自然の活力を取り戻し、様々な小さき生き物の誕生と繁栄に繋がる」
相反する関係だからこそ、この世界はうまくバランスが取れているというわけか。
「魔族も人類から見れば悪だが、世界そのものから見れば性善説に則っているとも考えられるわけだ」
「世界自体の自然を壊していく人間の方が悪なのかもしれませんね」
日本や世界が己を取り巻く利権や主義主張を言い合い、地球そのものの環境問題をおざなりにしてきた人間の愚かさを思い出してしまった。
魔族のいない私の住んでいた地球は、いつか滅びを迎えていくのだろうか。
逆にこの世界は魔族と人間との共存を図り、生き残っていくのだろうか。
「なかなか難しい話ですね」
「そういうことだ。そんな世界で君は自分の成すべきことを見つけてもらいたい」
「私の成すべきこと、か。一つだけ成しておきたいことがあります」
「ほう、なんだいそれは」
「そろそろパンツ以外の、服を着させてはもらえませんかね」
こうして私は無事に? キャット姐さんから服をゲットできた。わーい。マジ嬉しい。
皮のズボンに皮のベスト、皮のハンチング帽までくれた。どれもほどよく使い込まれていて身体のサイズにマッチしている。不潔な感じもしないし、すぐに気に入った。シャツは薄いオレンジ色の染色がされていて、これは三枚もらえた。
おまけに、初期装備として三十センチほどの刃を持ったショートソードのような剣もくれた。
これが予想以上に重たかった。多分五キロくらいはありそうで、こんなの振り回して敵と戦ってもすぐに疲れてしまいそうだ。
……いや、戦う? この私が?
ふとそんなことを思って愕然とする。
いやいや、ゲームの世界で戦うのは簡単だけれど、異世界とはいえ現実と同じ生身の自分が爪や牙なんて持って襲いかかってくる敵と戦うなんて、無理に決まっている。即座にそう思う。
異世界転生したことで、なんとなく本来生きてきた現実と切り離されたような気がして、最初こそこの新しい世界では現実感というものが無かった。いや、正しくは現実感が失われ、かつての自分ではない感覚でいられると思った。
ゲームで遊んでいた頃の記憶、私の意思で自由に動いてくれる勇者たち。それを操る自分。この世界でもそんな感覚だと錯覚していた。
全然そんなことはなかったのだ。
かつての記憶をそのままに新しい世界にやってきても、自分の身体がかつてとは変わったとしても、現実は現実だ。
元の世界でショートソード持った私が飢えた虎と戦うなんて、現実じゃ無理だし怖すぎる。
そんなことをこれから私がこの世界でやるなんて、リアル死にゲーじゃないか。
そもそも、私は異世界転生なんてしたら、働かずにスローライフを満喫したかったのだ。かつての企業戦士はもうごめんだ。社畜に戻るのもごめんだ。
……かといって、今のこの状況では働きませんとは言えなかった。一応は助けてくれた恩もあるし、というか、私の根本的な性質なのだろう、人から頼まれると断れなかった。悲しい性。
となればとりあえずは頭を切り替えて考えていくしかない。
スローライフを目標に、それを達成するためには何をするべきか。
今はキャット姐さんに従って、自分の出来そうな範囲で頑張るしかないのだ。
そこで一つ閃いた。
私にはなにかチートスキルは備わっていないのか。転生者である私にだけ密かに与えられたスキル。
そんなのがないと、剣一つで戦えなんて勘弁願いたい。
「どうした? 何をソワソワして自分の身体をチェックしている」
「あの、私にはなにかスキル的なものはないんですかね」
「スキル? スキルとはなんだ」
むしろ質問されてしまった。
「その、例えば三秒間無敵になるとか、大猿に変身するとか、手のひらから火の球を投げられるとか」
「そんなことが出来たら君は立派な化け物だ」
はあ、まあそうだよね。現実はそう甘くはないよね。
「まあしかし、それに近いものは出来るようになる。それは君次第だが」
「え、本当に?」
「それはそうだ。魔族と戦うには剣一本では流石に無理だからな。世の中には魔術という能力を扱うことができる者もいる」
「よし、それをまず教えてください」
「いや、今の君には無理だな。まずは、この街を出て西の森に行き、スライムを五匹倒してきたまえ」
問答無用にそう告げられて、私は西の森に行って来ることになってしまったのだった。
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