スローライフをしたいがために、異世界転生しても私は社畜になります
三上てつき
第1話 持たざる者、嗚呼、非力なり 一
「汝は現世での生を終え、転生の刻を得てここにあらん」
脳に直接響いてくるような声に私は目覚め、かすむ視界のまま周囲を見渡し、眼前に立っている男を一度見てスルーし、それから自分を見下ろした。
状況をのみ込むまで約三分ほど。
「……とりあえず……パンツだけでも履かせて貰えませんかね」
転生を果たしたはずなのに、荘重たる私の第一声はなんとも情けない一言から全ては始まった。
「ならば汝、これより初期ポイントを使い、自由に己をデコるがよい」
デコるとか、やけに現代風に言うねえ。
ギャルか、この神様は。
そもそも論なのだけれど、目の前のもじゃもじゃ長髪で髭面のガリガリのおっさんは神様でいいんだよな?
雰囲気それらしいし。
勝手に私の先入観で目の前の御仁を神様扱いしているけれど、しかし、実際のところはこの場の雰囲気で察しているだけなのだ。
ヨーロッパあたりの世界遺産の教会にありそうな、天井高く、ステンドガラスの窓はカラフルで、大理石でできた円柱型の柱や装飾からいって、今私の立っている建物内は中世の建築物を思わせた。
窓からは太陽の光がまばゆく室内を照らし、視界は薄く白みがかっているほどである。
近くで小鳥の囀りが聞こえてき、これが早朝ならば優雅にモーニングティーでも飲みたくなるに違いない。
そんなイギリス貴族の真似事でもできそうな空間に、一糸まとわぬ私と、上半身剥き出しで下半身はボロ布きれをまきつけだだけの、乞食のような風貌の神様の二人きりだ。
むしろ私の初期ポイントとやらを使ってこの人に服でも着せてあげたいくらいだ。
もちろんあげないけどね。
私の意識が戻ったのはほんの五分前だった。
つまり、すでにこの状態に陥っている時からだ。
もっとも、意識が戻る前の記憶もちゃんと残っている。
霞ヶ関で人間性を全て政に捧げている超エリート官僚。
それが意識を失う前の自分だった。
はたから見れば確かに誰もが羨む出世コースかもしれない。
けれども、実情は激務をはるかに超えた酷務だった。
まず自分の自由な時間は捨てなければならない。
したがって、人間としての生活は捨てなければならない。
そして文字通り、身も心も全て仕事に捧げないと、激しい生存競争の中で生き残ってはいけないと言うことを、私は自分の生きる全てを賭けて知ったと言うわけだ。
ほんのついさっきまで、とある政治家の起こした汚職についての弁明記者会見に使う発言要旨を考えていた最中に、強烈な頭痛に見舞われたのを最後に意識を失った記憶が微かに残っていた。
その時のことを思い出そうとすると、まだ頭の中が疼く。
そんな思考の整理に取り掛かっている私に、目の前の神様はどこかじれったそうに口を開いた。
「さあ、ポイントを使って初期装備を整えぬか」
この神様、やけに人間臭い気がする。
神様はなにもなかった床に装備品を出現させ、並べてくれた。
やっぱり神様だったんだ。
手品師でなければだけど。
聖騎士の装備シリーズ ;初期ポイント1,500,000
竜騎士の装備シリーズ ;初期ポイント1,000,000
*
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*
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幸せのベール ;初期ポイント300,000
破滅の下駄 ;初期ポイント250,000
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二級黒術士の髭 ;初期ポイント30,000
グレートソード ;初期ポイント10,000
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*
初級戦士装備シリーズ ;初期ポイント2,000
初級白術士装備シリーズ ;初期ポイント800
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*
火蜥蜴の目玉(火炎効果);初期ポイント200
ポーション大 ;初期ポイント150
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•
•
模造刀 ;初期ポイント20
ステテコパンツ ;初期ポイント10
こん棒 ;初期ポイント10
まるでフリーマーケットの値札のように必要なポイントが貼られている。
それにしても、ラインナップは相当な種類があるけれど、上から下までの差も相当激しい。
とりあえず聖騎士の装備一式なんて交換できる気がしない。
いや、そもそも自分が何ポイント持っているか分からない。
「神様、私は何ポイント持ってるんですか」
当然のことを訊ねただけなのに、神様は軽く舌打ちをした。
いや、ガラの悪い神様だな。
「汝、己の瞳で値札を見続けてみるがよい」
神様、値札って言ってるけど大丈夫か。
この異世界、ちょっと設定がグズグズなんじゃ……。
とりあえず、私は眼を見開いて適当な装備品の値札に焦点を合わせた。
火喰い竜の赤ちゃん(ぺット);140,000
所持ポイント ; 10
所持ポイント不足 ;139,990
値札の数字の下に、『10』という数字が現れた。
その下に赤字で所持ポイント不足もご丁寧に現れている。
えぇぇ、なんも買えねえし!
……いや、パンツかこん棒しか買えねえし!
愕然としている私の目の前から、何やらクックックという、押し殺したような笑い声が聞こえてきた。
見上げると、神様が下を俯きながら口元を押さえ、小刻みに震えていたのだった。
こうして私は持たざる者となり、変な異世界へと足を踏み入れることとなったのであった。
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