10 命は美しい


「わたしは竹和未来。アイドルグループ青梅街道77のメンバーで、みんなからはちくわと呼ばれています」

「あっ、そういえばなんか聞いたことあるような気がします!なんで、ボクなんかを止めにきたんですか?」

 なんでって言われても、たまたまだよ。本当、偶然の連続でこんなことになっただけだよ。でも、それが人生ってもんじゃない?

「あのね、わたしも正直言えば死にたくなることだってあるんだ。たまに、ってどころじゃなく、1日1回は死にたくなる。今日だって、あなたと会うまでは、ずっと死にたかったくらいだよ」

「それじゃあ、ボクと一緒に死ねばいいじゃないですか。ボクも、あなたが一緒なら心強いです!勇気を出して、さあ飛び降りましょう!」

 なんかこの子も、頭のネジが吹き飛んだのか、やけに前向きに死にたがるなあ。

「でもね、人間って勝手なもんで自分が死にたくても、他の誰かに死なれるのは嫌なんだよ?」

会ったことはなくても、テレビの中でよく見掛けて、それなりに好きだった俳優さんや女優さんが相次いで自殺したときがあった。あの頃のわたしは、まだ、一般人だったけど、なんだか親戚の人が亡くなったときのようなもやもやがしばらく心の片隅に残ったのだった。

「それはちくわさんが優しいからですよ。世の中には、誰が死のうが関係ないし、むしろ人が死ぬのを見て楽しんでるやつだっているんです」

男の子の声が震えていた。子供の声とは思えない諦念に満ちていたその声は、確かに怒りに震えていた。


「ちくわさん、お持ちのスマホでボクの配信チャンネルを見てくださいよ」


 チャンネルどこだよと聞くまでもなく、X(旧Twitter)からの最新プッシュ通知が、この子の配信チャンネルをリンクしてるポストだった。しかし、旧Twitterて付けるのめんどくせえな。イーロンのやつ、余計なことしやがってと自分自身の思考にツッコミを入れつつ、X(旧Twitter)のアプリを開き、そこからこの子の配信チャンネルを見る。アホ面でスマホを覗き見る自分が映っていたが、それはともかく、わたしはコメント欄を見て、驚いた。


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はやく、飛びおりろよ!おせえよ!

死ね死ね死ね死ね!とにかく死ね!

みんなおまえが死ぬのを今かと待ってんだよ!

死ね!はやく死ね!

今日も人が死んで飯が美味い!

すごいグロ映像が見れると聞いて期待しています!脳漿ブチ撒けて、手足吹っ飛んで、内臓ポロリするの待ってます!がんばれ!

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「……クソがっ」

 ちくわちゃんかわいい!的なわたしへの応援コメントが少しは見られるかと期待していたのだが、そんなもんは全然なく、目の前の男の子が死ぬことを期待するコメントがひたすら並んでいた。わたしはスマホを放り投げた。画面割れたかもしんないけど、もうそんなこと知ったこっちゃねえ。関係ねえ!


「ねっ。わかりましたよね?みんなボクが死ぬことを期待してるんです。ボクが死ねばみんな喜んでくれるんですよ。いつもいつも、みんなから役立たずだ、ゴミだ!って言われてるボクでも、死ねば喜んでくれる人がいるんです!それじゃあ死にます!お望み通り死んであげますよ!ボクの自殺を娯楽として喜んでくれる人がいるなら、それでいいじゃないですか!」


 男の子は、柵に手を掛け、乗り越えようとしている。


「それでいいわけ、、、、ないでしょうが!!」

 

 わたしは叫んでいた。

 ビクッと身体を震わせ、動きを止める男の子。まだ6分は残ってる。勢い余って飛び降りるのだけは、やめてくれよ。


「見てるか世界のバカども!この子は絶対死なせない!わたしが絶対に連れて帰ってみせる!あんたたちの望み通りにさせるもんか!」


 おバカキャラのわたしにバカって言われるのはどんな気分?ねえ、どんな気分?

 番組内のコントん中じゃ失敗続きでも、それは台本に書いてあるからなんだよ。今日のこれからの台本は、わたしの思うがままに進ませてもらうからな!そこに失敗の文字はないんだ!


「ねえ! あなたも本当は死にたくないんでしょ! バカに死ねって言われて死ぬなんて、バカのやることだよ!このまま死んでも、それは負けだよ! バカどもを見返すようなスゴいやつに今からでもなればいいんだよ!」


 柵に手を掛けた体勢のまま、今にも泣きそうな表情で顔だけをこちらに向ける男の子。


「ボクだって、、ボクだって、、でも、ボクには立ち向かう勇気なんて、無いんですよ! 今日だって、ボクはもう中2なのに、おまえはバカだから『のぐそドリル』でもやってるほうがいいってあいつらに言われて、、ボクは従うことしかできなかったんです!」


「へ、中2!?」


 彼が小学校高学年にしか見えなかったわたしは、その事実を聞いて驚いた。紺のブレザーにスラックスを履いたその姿は確かに中学校の制服だとすれば納得だ。でも、中2で、その小柄な体型で女の子のような高い声。周りから、からかわれるのも頷けるちゃあ、頷ける。


「あれ、そういえば、さっき買った『のぐそドリル』、どこに行ったっけなあ」


 いや、柵に身体預けた状態で、懐をまさぐるのはやめてくれ。落ちっから! あと4分はあるから! まだ落ちないで!


「それはわたしが持ってっから!」

「え、なんで?泥棒ですか、あなたは!?」

「んなわきゃねーだろ!さっきぶつかったときに取り違えたの!代わりにわたしが買った『人間失格』が、今あなたのとこにあるはずだよ!」


 この状況で、なんでコントみたいなやり取りしてるのかと思ったが、時間稼ぎにはちょうどいい。あと、2分45秒。


「『人間失格』?ああ、あの暗い感じの?ボク、そういうのいらないです!ちくわさんにお返ししますから、あなたもボクの本を返してください!」


 あんたさっき『のぐそドリル』のこと、バカにされてるみたいでいやだーみたいな事言ってなかったっけ?

「いや、今から自殺しようとしてるやつが自殺マニアの太宰をバカにするのはおかしいから!その本はくれてやるから、ちゃんと読みなさい!『のぐそドリル』も返してあげるから!」

 

 あと1分半。

 この大芝居もそろそろ締めの段階だ。


「ね、おバカキャラのわたしがドリル解くの手伝ってあげっからさ!生きよう!友達がいない?大丈夫、わたしが友達になってあげるからさ。この天才的なアイドル様が友達になってあげるんだよ。光栄に思いなさい!生きてれば、こんないいことがあるんだよ!」


男の子に向かって、手を差し伸ばすわたし。


 男の子はなにかを考え込むように、顔を俯けた。それから30秒ほど経ちーー


「ははっ。天才的なアイドル様って、ちくわさん、あなた自分でおバカキャラって言ったばっかじゃないですかあ」


男の子は、呆れたような泣き笑い顔を見せ、わたしに向かって手を伸ばそうとーー


ヒュンッ。

強い風を切り裂くような音が聴こえた。それは、瞬きをした、ほんの一瞬のことだった。


ーーわたしに向かって伸ばされたその手は、わたしに届くこと無く、彼は闇へと吸い込まれるように視界から消えていった。


もちろんわたしは迷うことなく、その闇へと向かって飛び込んでいた。


彼の手を掴むために。

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