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バー。

真っ赤な荒野にぽつりと、明かりのある小屋があった。オレンジ色のARライトは「BAR SYU-MATSU」という文字を表示していた。

中には木製のカウンターと、一人がけの小さな丸椅子がいくつか並んでいた。カウンターの向こう側の棚には、様々な色や形の瓶がぎっしりと詰まっていた。

流しには濡れたグラスが置かれていて、蛇口からは水滴が垂れてポタポタと音をたてている。屋内はよく手入れされているらしく、目立ったチリや汚れは見当たらない。

全体的に妙な生活感があるが、やはり人はいないようだった。

中に入ったときは気付かなかったが、カウンターの上に一つだけ液体の注がれたグラスが置かれていた。……わたしの記憶違いでなければ入ったときには無かったはずだった。

その不審なグラスの中身は透き通った茶色っぽい液体で少し甘い香りがした。グラスには球体の氷が一つ浮かんでいた。正体不明。しかしそれが飲み物であることは感覚で理解できた。怪しさ満天の飲料を口にするほど飢えてはいなかったが、照明を反射してピカピカときらめくグラスに不思議と惹かれ、空気に流されるようにして口にしてしまった。

舌先が触れた瞬間、ぴりつくような辛味で視界がスパークし、独特の芳香が脳を掴んでぐらりと揺さぶられるような錯覚を覚えた。しかしそれは一瞬のことで、すぐに果実のような甘みがゆったりと喉奥に染みこんでいった。


ここまでがわたしが憶えている昨夜の出来事だ。記憶が曖昧になっているせいで経緯は不明だが、どうやらわたしはカウンターに突っ伏して寝ていたらしい。目を覚ました時には大量の空になったグラスに囲まれていた。状況を鑑みるに例の液体は催眠性の危険な代物だったと思われる。記憶のないうちにどれだけ飲んだのだろう。

……とにかくここは危険だ。頭痛が軽くなったらここを出る。

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