遭遇

「はぁ~……おのれヴァンのおっさんめ。疲れさせてくれよって」


 喋り続けるおっさんをなんとか止めながら検問には合格して街に入った。


 あのおっさんただ野次入れてきたり話に入ってきたりいらん事言い出すだけならまだしも話をずらしまくってくるから駄目なんだよ。

 話を変に広げていってレールから逸れていくというかどこまでもレールを曲げていくというか。

 まあなんやかんやで口添えしてくれて楽に入れたのはありがたかったけどそれはそれとして気疲れが凄いんだよ。

 途中から審査官のヴェイニさんまで憐れみの目でこっちを見てきだしたときには泣きたくなってきた。

 ひょっとすると気を遣って早く終わらせてくれたのかもしれない。

 ほんとにあのおっさんなんで上の人から怒られてないんだろう。

 ――いや既に怒られた後な可能性あるなぁ〜。

 ハァ。

 まあとりあえず街には入れたんだし良しとしよう。


 それよりもさっきヴェイニさんから転生者だからということで寝食付きの職場を紹介された。

 転生者はこの世界に来たばかりで衣食住もその為の金も何も持っていない状態なので、次の職を見つけるまでの間ギルド内で雑用係をさせてもらいこの世界について色々学ぶという制度が作られているのだとか。

 こういうゲームでは無かったシステムも現実ならではのものなんだろう。


 というわけで善は急げとギルドに行きたいのだが、ひとつその前にやっておかないといけないことがある。

 異世界転生したんなら誰でもしたがる例のやつ。

 つまり、ステイタス! オープン――!! てやつである。 

 ただ残念ながら『Terra Dei』世界に於いては唱えれば出てくる自身の個人情報が事細かに記載された異世界転生御用達のスーパー便利アイテム、ステイタスボードくんは未実装なのでオープン・ザ・ドアしても開けゴマしても心の扉は開かれるヘブン◯・ドアしても自分のステイタスを確認することは叶わない。

 やってみたかったんだけどなぁ……、ステイタス開いて私の戦闘力は(魔力)43000です、とか。


 因みにステイタスボードくんも無ければ当然アイテムボックス、或いはインベントリみたいな亜空間収納術も無い。

 あんな都合の良いスーパーハイパー超越ウルトラズルはこの世界には存在しないのだ。まあ異能で持ってたやつなら居たけど。

 ――あいつは本当に多くのプレイヤーから大ブーイング食らってたからなぁ。

 ほんっとチートだったもんなぁ……。


 まあそれはともかくステイタスを自分で確認することは出来ない。

 ではいったいどうすればステイタスが見れるのかの答えが今向かっている場所にある。

 このメインストリートの途中に建てられてある筈の――


「あったあった、あれだな」


 ――白色に染められた木造りの奥行き広い建物。

 三角の屋根が乗っけられた大きめの木屋は、建てられてからの時の流れを感じさせるようにどこか古ぼけており、近くに建てられているレンガ造りの真新しい商い店とのアンバランス感が妙に味を出している。

 その入り口は常に開け放たれていていつ何時誰の来訪であれど受け入れる事を表している。

 天窓の位置にシンボルである八芒星を掲げたその建物は古教会。

 この世界の一般大衆に広く根づいている世界宗教、カテジナ教の支部教会だ。

 この宗教は名前通り唯一善神らしいカテジナを崇拝する者たちによって作られ、今世界中に信者のいる組織。

 カテジナというのは世界を創った神の片割れであり、この神が人を創ったとされている。

 そしてもう片方の神はモンスターを創り出した存在であり、いずれ世界を終わらせにくる邪神とされて、恐れられているのだ。


 なんで闘いで疲れ切った筈の神たちが人やモンスターを創り出したのかって話だけど、彼らは自分たちが眠っている間に相手に世界を好き勝手されるのが怖かったらしく己の眷属としてそれぞれ人とモンスターを創って置いていったのだとか。

 あとはまあ目覚めた際の雑兵的な役割だろうか?

 勝手な想像でしかないのでなんとも言えないが神というのは世界の占有率によって戦争シュミレーションゲームのように力がけっこう変わるとよく言うし、必死なんだろう。


 まあ神様に関してだとかこの宗教の事だとかは今大事じゃない。

 ここに来たのはステイタス確認のためだ。

 それを済ませるために、シンプルかつ清白な扉が開け放たれてある入口をくぐる。

 中に入ると信者が座るための座席がズラッと二列並んでいて、アーケード状の木柱が左右に広がっていた。

 その座席の真ん中を歩いて奥にいくとそれなりの長さの先に大きな祭壇がある。がそっちには行かずにそのすぐ横の小さな礼拝堂へと入る。

 中には人が四人いて、一人は教会の神父さん、他の三人は一般の人っぽいけど、席に座って下を向いて祈っているのでここに急ぎの用があるわけではないのだろう。


「こんにちは」


「はい、こんにちは。今日は祝福の石板を確認しに来たのですか?」


 神父さんに挨拶をすると柔らかに返してくれ、更にこちらの用件を読んで聞いてくれた。


「そうです、ちょっと今どうなってるか知りたくて。大丈夫ですよね」


「そうですか、もちろん構いませんよ。我らが神が与えられた祝福は皆に平等に、それが絶対の教えですから」


「ありがとうございます、それじゃあ早速……」


 優しそうな神父さんに許可を貰ったので部屋の一番奥に設置されている巨大な石板に近づいていく。

 これは祝福の石板。

 触れたものの力を教えてくれる、導きの道具だ。まあぶっちゃけるとステイタス確認の為のアイテム。

 これに触れると石板に自分の現在ステイタスが浮かび上がるのでこれを見て自分の現在の能力を確認するのだ。

 ステイタスを見れるのは自分だけで、それ以外の人が見ても石板はなにも変わっていない。

 情報漏洩防止として素晴らしいシステムである。

 この世界にはこれ以外にステイタスを確認する方法がないので、実質的に管理している教会だけがステイタスの確認場所となっている。

 各教会には一基ずつこれが置いてあるので、ゲームではプレイヤーが結構教会で列を作っていたんだけど、この世界だとやっぱりプレイヤーがいない分あまり人はいないらしい。

 まあそんなにステイタスが短期間で激変することはないので、死んだら終わりの現実でここに何回も確認しにくることはないんだろう。


 ちなみに石板は教義で宗教信者以外の誰でも自由に触っていいことになっている。かつてこれを独占したものが居てえらい事件が起きたらしく、それ以降は教会が管理し誰にでも開放するようになったのだそう。

 まあこんなの個人が独占したら大暴動起きるだろうからね、妥当なところだろう。


 とにかく、そういうわけで今現在の俺のステイタスがどうなっているのかこれで確認しにきたわけだ。

 転生した結果おそらくレベルはリセットされているんだと思う。

 けど職業や異能なんかは別かもしれないし、なにより転生特典的ななにかチート能力が追加されている可能性もなきにしもあらずなわけで、それに期待して見てみたい。


(……さてどんなものかねぇ)


 そっと手を石板に伸ばしていく。

 指先が触れて、ひんやりとした石の感触が感じられる。

 滑らかな石の表面をツゥーとなぞっていると、次第に石に変化がでてきた。

 石板の表面から微細な光が漏れ出てくる。光は手を伝って纏わりついてき、身体中を囲んで包みこんでくる。

 それはまるで祝福のように。

 そのままじっと待っているとゆっくりと、表面に盛り上がりができてくる。ミミズがのたうち回ったかのように石板の上を荒らし回ったそれは、最後にはしっかりとした文字へと変化していた。


 LV.56

 職業:賢者

 称号:孤高の継者

 異能:【破魔の浄ブレイクタッチ】 触れた魔力を霧散させる :【天之愛し子ベネディクト】 魔法の構築及び発動時、魔力消費に補正 :【魔力炉エクスゲート】 魔力の質を一時的に上昇 :【魔力湧泉フォンス·マギカ】 魔力回復に補正 :【疾風幻影オーバードライブ】 走行時の敏捷速度に三段階毎の補正


 レベル以外特に変わってない。ってか弱っ!

 まあ蜘蛛モドキ倒しただけだしなぁ。逆にこんだけ上がってるんだからあの蜘蛛それなりに育ってたのかね。

 まあそれはともかく結局転生して新しく得た力なんかは無かったみたいだ。

 もともとのスキルを貰えただけでもお釣りがくるぐらいなのでそんなに不満はないけど、それはそうとして俺も異世界チートで無双しまくって俺tueeしてみたかった気持ちが少しあったり。


 だって無限の魔力で魔法乱発したりとか拳の一振りで地震を止めたりとか敵の最大火力攻撃を喰らって無傷で耐えて「なんだ、その程度か……?」とか言ってみたりしてみたいじゃん。

 俺は泥臭く足掻いて強くなっていくのも好きだけど最初から馬鹿みたいに強くてニューゲームするのも嫌いじゃないんだよ。

 自分でやるなら断然強くてニューゲーム。


「ま、こんなところか……」


 確認は終えたし、このあとギルドに行く用事もあるからさっさと行くか。そろそろ日も暮れるし割とこれは徹夜コースかねぇ。

 そんなことを考えながら手を石板から離して後ろに戻る。

 傍に立っていた神父さんと少し話してこの部屋を立ち去る、そんなところだった。


「確認できました」


「そうですか。その様子ですとなかなか良い結果だったようで、こちらとしても嬉しいものです」


「アハハ……、分かっちゃいますか。まあ、想像してたとおりではあったかなぁってかんじです」


「それはよかったです」


 そんな時、後ろから席を立つ音がした。


「おや、今日はもういいので?」


「ああ、そろそろ時間だからな」


 振り向くとさっきまで座っていた人がひとりこっちに歩いてくる。

 ずっと座って何かを一心に祈り続けていたけれどなにか身内が重病に罹ってたりでもするのだろうか?

 神官さんにも顔を覚えられているみたいだし結構熱心に通ってるんだろう。

 それはそうと流石は異世界、祈っていた時には見えなかった顔は少しやつれていながらも大層イケメン、一般人の顔面偏差値高過ぎじゃあないでしょうかねぇ~なんて思ったり。

 それにしてもなにか見覚えが……


 ――いやちょっと待て、嘘だろ……。


「それでは私も、っと……、俺も帰らせてもらう」


 見間違い、いやそれはない。同じ顔で同じ声の人なんて何人も居てたまるか。ましてやこの人の顔はもうゲーム内イベントで何回見たかも分からない程見てきたわけだから間違えるわけがない。

 でもだとすると、ほんとにこの人がこんなところに居るのか?


「……どうした? そんなに俺の顔なんて見つめてきて。なにか付いてたりするか?」


「……え? あ! いや、違います違います。えと、その、なんていうか、顔かっこいいな~って思っていたっていうか……」


 しまった、ジロジロ見過ぎてた。考えすぎて怪しまれてしまったかもしれない。いちいち見たことある人を見つけるたびにこんな顔になってたら確実に不審に思われる。良くないぞ。


「……そうか? 多少は整っているだろうがそこまで見てくるほどのものでもないと思うが……まあいいか。ところで、おまえは帰らないのか?」


「あ、はい。いや帰りますよ。それじゃ神父さん、今日はありがとうございました」


「ええ、カテジナ様の加護があなたにも与えられますように願っていますよ」


 神父さんにお決まりの挨拶を言われるけどそんなこと気にしてる余裕がない。

 こんなところでこんな人に出逢うなんて心構えができてなかった。というかできる訳が無い。

 まじになんでこんなところにひとりで居るんだ。


 部屋の扉を抜けて、なるべく普段通りを意識しながら帰りの廊下を歩いていく。

 当然ぎこちない動きになっているものの、こればかりはどうしようもない。

 必死に自分の後ろにいる人に意識を向けないよう気をつけながら長過ぎる通路を進んでいく。

 けれどやっぱり、頭の中は彼の事で埋め尽くされてしまう。

 (やばいだろ、どう考えたってこの人がひとりなのは)

 いやそれとも、見えないだけで誰かいるとでも言うのだろうか。隠れてこの人を護衛している者がいると言うのなら、理解できない話ではない。

 まあ例えそうであったとしても、どのみち問題なことに変わりはない気もするけれど。

 何故ならばこの人は――。


「そんなに黙り込んでどうした――」


「いぇ はぃぃ!?」


 (……緊張で声が変になってる⁉)


「す、すみません。びっくりしちゃって変な声出ちゃいました……」


「それは悪かった。驚かせてしまったか」


「あ、いえ……」


「………………………………」


 (気まずい〜〜〜!!)

 どうすんのこれ、マジでどうすればいいんですか〜!?

 なんでこんなとこにこの国の第一王子様が居られるんですかねぇ〜!!!?

 

 そう、レオン・アルクレシアだ。

 獅子の如き金糸の髪に見る者の気を引き締める少し圧のあるシャープな顔。

 貴公子というよりは変な言い方になるが獣王とでも言った風貌。

 身長も高く荒々しいイケメンって感じ。

 それがハイロンド第一王子にして天才的観察眼の持ち主。

 ゲームでも大規模イベントで遠くから眺めてる位しか見ることのない超絶レアキャラクター。それが何故かこんなところで一人遭遇エンカウントした。

 不意打ちの突発的イベントにも程がある。

 この人は本来首都アドニスに居て滅多に出てくるはずないのに……。


 きっとこんなに焦りまくってるんだから怪しまれるのは確実だろう。というかもう多分むこうも俺がこの人の正体に気づいた事を察している。

 隠し通せるはずがない、この人は人の機微を一瞬で察知してこっちの情報をすべて見抜いてくるんだ。

 あまりに勘がいいのでこの人と会話しただけでこちらの頭の中全部読まれているんじゃないかとまで言われている。

 この人に知られたくないことがある場合思考を隠す唯一の方法は一切会話をしないこと。

 例え怪しまれてもそれで済むのならば一番それがマシとされている。 

 そんなふざけた対処法が本気マジ定石セオリーとされているのがこの人なのである。

 一説ではエスパーなんじゃないかと言われている。


(どうしましょう、本当にどうすればよいのでしょうか? 何を話せばいいのでしょうか)

 そもそも俺がこの人に隠さなきゃいけないことってなんだろう。

 まずはこの人が第一王子様である事に気付いたという点。

 これに関しては別にもうおそらくバレてるので問題なし。

 いや問題しかないけどまあ変に突いたりしなければおしのびで市井の見学をされている高貴な人に気を遣って触れないでおくことにした奴ってことになるだろうからその線でいくことにする。

 次に隠すことは…………………………あれ? 特に無くね?


「……あのぅ、すみません。つかぬ事をお聞きしますが、転生者の事ってどう思っていますか?」


「はぁ……?」


 会話ミスったぁああああああああああああ……!!

 そりゃそうですよね! いきなりそんな事聞かれても訳わかんないっすよね!

 俺ってアホだったのかな?

 ビビって思考が飛躍し過ぎだぁ。


「…………よく判らないがまあ質問に答えるなら好ましく思っている、としか言えないな」


「ありがとうございます……!!」


 勝った! 勝利した! この人は俺にとって敵ではない!

 特に心配する必要はなかったらしい。

 肩書に勝手にビビって焦りまくっていたけどよくよく考えれば向こうから見た俺って取るに足らない路傍の石だもんな。

 正体がバレたからといって何も言わなきゃちょっと警戒されるだけで何も起こりゃしないって事に気付いてなかった。


「ありがとうございます……? なんだ、お前転生者なのか……?」


「え? あ、はい。さっきこの世界に来たばかりで右も左も分からない状態のものです」


 そうやって安心していたからかもしれない。

 気づかなくてはいけなかった相手の変化に、気づくことができなかったのは。


「ということはお前、今泊まる場所もなくてギルドの見習いを紹介されたところだな」


「……まぁ、そうですね」


 このあたりでようやく、なにか不穏な空気になってきていたという事に遅まきながら気づいた。

 そしてその変化はとっくに手遅れの状態までたどり着いてしまっているのだということを、なんとなく察してしまう。


「なるほど、なるほどなるほど……………………」


「あのぉ~、何故嬉しそうな顔でこちらを見て頷かれているのでしょうか……………………?」


 猛烈に嫌な予感がして、一歩後ずさってしまう。

 若干声が震えながらそう尋ねると、眼前のレオン・アルクレシアさんはそれはそれは惚れ惚れするほどイイ笑顔で、というか狩られる前の仔羊にでもなったかと錯覚させてくるような凄みのある笑顔でこう言った。


「今日はもう遅いからな、お前今日は俺の住んでいる家に泊まっていけ」


「なんでぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ…………っ!?」


 ――ゲームばかりしていた俺は読んでいなかったのだが、『Terra Dei』には原作の漫画があり、その舞台と設定をそのままゲームにしたものを普段遊んでいる。

 よって実のところ俺は原作の内容がほとんど分からないし当然ストーリーだって知らない。

 出てくるキャラクターの顔や立場ぐらいは知っていてもどこに居てどんな性格で何をしているかなんてロクに分かっちゃいないのだ。


 故に知らなかった。

 ハイロンド第一王子には好きなことがあって、それは知らない事を見聞きすることだという事を。

 特にこの世界とは異なる異世界からやってきた転生者達から故郷の話をしてもらうことが最も好きで、転生者を見つけるとテンション爆上がりしてし暴走を始めるちょっと残念な所があるということを。

 原作を読んでいれば主人公が転生者というところから接点が生まれた事を誰でも知っているので、この事態は回避できたという事を、俺は知らなかったのだ。


「いや! 別にギルドに行けば泊まる場所は見つかるらしいので!」


「もう日が暮れるぞ。今から行ったら寝れるのは月が落ち始める頃になるが、その見るからに疲れている身体で耐えられるのか?」


「うぐっ……」


 それはそうだ。

 ただでさえずぅっと動き続けていたんだ。我慢してきたけど実は割ともうしんどい。

 今は寧ろハイになっているから体が軽いけど、どう考えても夜遅くまで動き続けてはいられない。

 疲れてたせいで思考も鈍っていたのか。

 いや、でもこの人について行くって事はおそらくどっかのっかい宿とかじゃ済まない。

 今日日テレビでもそうは見ないような豪邸でも出てきたらそれはそれで寝れなさそうだし、そもそも何の目的で俺を連れて行こうとしているのか……。


「ああ、別に大層な目的がある訳じゃないぞ」


「…………顔にでも出てましたか?」


「それはもうありありと」


 これはこの人の勘がいいから心を読まれたのか本当に誰でも分かるような顔を俺がしていたのかどっちだ?


「ただ単純にお前の元居た世界の話をしてくれれば良い。俺はそういう聞いたことのない話が好きなんだ」


「……なるほど」


 本当かどうか、分からない。

 なにか他に理由があるんじゃないだろうか。

 ノコノコついて行ったらパクリと食われたりしないだろうか。

 いやまあ流石にそんな童話みたいな事は起きないだろうけど、それでも信用していい人かは判断しようがない。

 …………ああ、でもちょっと限界だ。

 意識すると疲れがドッと押し寄せてきた。ちょっと我慢してあと数時間耐えられる状態ではない。

 すごい不安だけど、今回はこの悪魔か天使か何かもわからない人の提案を呑むしかなさそう。


「…………じゃあ、今日だけ厄介にならせてもらいます。リベル・アロンです」


 そうお願いすると、この人はニヤッと笑って手を差し出してきた。


「ああ、分かった。俺の名はレオンだ、よろしく頼む」


 正直悪魔との契約をする気分でその手を取った。

 ゴツゴツとした手のひらはとても分厚い、おそらく相当鍛えてきたのだろう。


「それじゃあ家へ案内しよう、着いてきてくれ」


「よろしくお願いします」


 背を向けるその人に着いて教会を出る。

 丁度沈んだ日の姿が見えなくなったところで、薄っすらとその輝きだけがラクトホルグを囲む街壁の上から漏れ出ている。

 その方角を少しだけ流し見た後、振り向いて前を行くあの人の背を小走りに追いかけた。

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