都-結-合-界-良

 『Terra Dei』プレイ開始直後に世界観について語られるチュートリアルがある。

 そこで二柱の神についてや世界の成り立ち、人類がどうやって進んできたか等が語られるのだが、その後にプレイヤーである自分達がこの世界でどういう扱いなのかも知らされることになる。

 なんとこの世界ではプレイヤー達は転生者であると言うことが周知の事実となっており、世界全体で転生という現象がちょっとレア程度の扱いにされているのだと。

 よって住人たちは当然のように転生者と会話するしなんなら転生者と聞いてもスポーツ選手ですとか漫画家やってますみたいなちょっと珍しい職に就いてる人に出会ったぐらいの感覚でしかないのだとか――。


「今日転生してきたのか? そりゃ大変だったろ」


 ――そんなわけで、門衛たちが気にせず俺を通してくれるのは何も不思議なことではないわけなのだ。


「さっきモンスターに襲われて死にかけたよ」


「マジかよ。よく生きてたなお前」


「ギリっギリね」


 ラクトホルグ市壁門前で、門衛のおっさんと話して暇な待ち時間を潰している。

 何を待っているかと言えば当然通行許可の順番待ち。

 街に入る許可を出してもらう為の検問があってその審査官の人が一人づつ確認と承認をしていってるので俺の番まで暇だったんだなこれが。

 まあ話しかけるつもりがあった訳じゃなく向こうから話しかけてきたんだけど。

 なんでもめちゃくちゃすり傷だらけで服も含めてボロボロになってるし見覚えのない顔だったので声をかけてきたらしい。

 さっきから妙に見られると思ったらそういうことか。森の中を駆け回ってきたんだしそりゃ見た目悲惨な事になっててもおかしくなかったわな。


「で、どこで目覚めたんだ?」


「ああ、あそこの崖上の森で……」


「!?」


 さっきまで居た場所を指差しておっさんに教えたら、急にさっきまでのあっけらかんとした表情が固まってこっちを向いてきた。


「おまえっ……マジか…………あそこに行ったのかよ……………………」


「いや行ったっていうか行かされたっていうか、意識なくして拉致されて気がつけば森の中だったっていうか」


「どっちでもいい。とにかくあの森に入ったんだな?」


「まあ……それがどうしたの?」


 なにかそんなにまずいことでもあっただろうか?

 別にあの森入っちゃいけないエリアとかじゃ無かった気がするけどな。

 その疑問の答えはもちろん門衛のおっさんが教えてくれる。

 あまり大声では言えない話なのか少しこちらに体を寄せ、声のボリュームを下げて話してくれた。


「いやまあ上からお達しがあったとかじゃねえし正式な立ち入り禁止令とかは何もないんだけどさ、暗黙の了解みたいなもんであそこには誰も行かねえんだよ」


「なんで?」


 こちらも肩を寄せながらヒソヒソ話の声量で返す。


「バケモノが居るらしいんだよ」


「はあ?」


「だからモンスターだよ、めっちゃ強いモンスターが昔あの森に来て結界で封印されたって話があんだよ」


 いや何言ってんだ? そんなの居たら普通に討伐されるだろ。


「なんで封印なんかしてんだよ、倒せばいいだろ」


「そこが問題なんだよ、お前は転生したばっかだから知らねえだろうけどこの国の人間は基本弱いんだよ」


「ああ、そういえばそうね」


「ん? なんだお前知ってんのか?」


「え? あっ、いやまあ、ね……」


 やばい転生自体はメジャーでも転生者がこの世界について知ってるわけないってこと忘れてた。

 ゲームの事だから知ってましたなんて言う訳にもいかないし、俺はアホか。


「さっき前の方に居た人がそんな事言ってたから……」


「ほーん。そうか、まあそれはいいんだけど」


 危ねえ。

 あとちょっとでこの世界の全てを知ってるとか語り出す狂人認定されるところだった。

 いや別に全ては知らないけど余計な事ゲロっても良くないしこの世界については知らない艇でいくことにしよう。


「まあそれでこの国の誰も倒せねえしだからといって他国のやつらに頼む訳にもいかねえって理由で結界で囲って閉じ込めてるんだとよ」


「ふーん、そりゃ怖い話だな」


 確かにそれなら封印もするか。

 正直そういうのはさっさと倒せるやつ呼んで倒したほうが良い気がするけどねぇ……。

 まあこの国にも色々あるんだろう。


「でもそれなら別に森に入っても問題ないのでは? 普通に結界で先進めないだろうし」


「いやそれがなんかモンスターが強いから閉じ込めるためには対象をその一体に絞った結界じゃないと捕まえられないんだってさ」


「なんか妙に詳しいなおっちゃん」


「噂で流れてくるんだよ、この国なら誰でも知ってる話だぞ」


「ふ~ん……」


 結界、つまり対象を捕らえるための檻には当然壊せない強度が要求される。

 だが今回の場合相手が強すぎるがゆえに普通に結界を用意しても簡単に壊されかねないから特別な結界を用意したということらしい。

 つまり捕捉対象を単体に絞ることでその分強度を向上させたということだ。

 ただその所為で誰でも結界を素通りできるようになってしまったので危ないから森に入ってはいけないと言われるようになったらしい。

 まあ絶対そういうの馬鹿なやつが度胸試しとか腕試しとか言って入ってたりしてそうだけど。


「まあ生きて帰ってきたんなら問題ねえよ」


「いやだから行ってきた訳じゃないから帰ってきてもねえよ……!」


「ハッハッハ……!」


 本当にこのおっさん細かい事気にしないタイプだなぁ。別にいいけど。


「ところでお前なんて名前だっけ?」


「いや忘れるの早ぇーよ! さっき自己紹介したばっかだろうが!?」


「いやぁ、名前覚えんの苦手で……確かリベロだったか」


「リ・ベ・ル・だ・よ!! リベル・アロン20歳だ!」


 話しかけてきた時に名乗ったばっかだってのに。

 勝手にレシーブ専門家にしてくんな!


「おーそうだったそうだった、なんか変な名前だったから忘れてたわ」


 こいつ……。


「次、そこで喋りたがりの馬鹿に絡まれてるやつ!」


「あ、順番来た」


「おい待て誰が喋りたがりの馬鹿だヴェイニ!!」


 やっと検問の順番が来たので前に進む。

 普段はこんなに人居ないんだけどねぇ。これがゲームと現実の差なのかそれとも今日混んでるだけなのか? まあどっちでもいい話か。

 あとおっさん今の評価は妥当だと思うぞ。

 まあとりあえずなるべく波風立てないように受け答えしてさっさと許可を貰おう――


「おいこいつ転生者らしいからそこらへん考えてやってくれよ」


「言われんでも散々お前が騒いでたんだから聴こえてる」


 ――恥ずかしいんだが。

 馬鹿みたいに騒がれていたのが聴こえていたという。

 すっげぇ気恥ずかしいんだけど。

 なんか周りの人もよく見るとこっち見てクスクス笑ってきてるし。

 おのれおっさんこのあと覚えてろよ!?


 ――結局この後もこのおっさんはひたすら喋りまくり、反対に縮こまった俺を見る周りの目が妙に生温かいものだったことを伝えておく。





「いやぁ、面白いやつだったな」


「お前の玩具にされて可哀想なやつだったな」


「うっせぇよ、リベルのやつが暇そうにしてたのがわりぃ」


「とんだ暴論だな」


 リベルが街に逃げ込むように去った後、逃げる事になった元凶の門衛であるヴァンは楽しそうに街の方を見ていた。

 審査官のヴェイニに辛口で刺されてもあまり気にすることなくニヤニヤしている。

 こういうところがなければそこそこ優秀なやつなんだがなとため息をつく昔からの仲の相方は、馬鹿の相手は疲れるとばかりに首を振って仕事に戻っていった。

 その様子を片目で流し見ながら、ヴァンはふと少し真面目な顔になる。


「にしても……転生直後にモンスターに襲われてボロボロになりながらも生きて帰りました、ねぇ……」


 さっき街に入っていったばかりのからかいがいのある黒髪の青年。

 中性的な顔立ちでガタイもあまり良くなかった。見た目だけなら頼りないという言葉がこれほど似合う男もそうは居ないと言える姿だったはず。

 正直モンスターと出くわして生きて帰ってこれるとは思えない。

 なのに実際に会って話した感想は、妙に落ち着き払っていて戦闘経験者特有の余裕が感じられる奴、だ。

 ちょっと髪でも伸ばしてしまえばそこら辺の店で看板娘でもやってそうなおとなしげな顔しといて、その実は相当な戦士かもしれない。


「おもしれぇ……」


 ひょっとすると将来とんでもない事でもやってのけるかも…………そう考えて、しかし流石にその評価はまだ早いか、と考え直す。

 けれどおもしろそうなやつが来たという事に変わりはないだろう。

 そう考えてヴァン……千剣の異名を持つハイロンド最強の男は、もう一度街の方を向く。


「名前、憶えとくかねぇ…………」


 勘がそうしておけと言ってきている。

 そう呟いてフッと笑うのだった。

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