幼馴染みに「ツンデレって何?」と聞かれたので、「お前のことだよ」と教えてやった
墨江夢
第1話
ツンデレとは?
素直じゃないから相手に思ってもいないことを言ってツンツンした態度を取ってしまうものの、でも本当はその相手のことが好きだから時折デレてしまう。そんな行動そのもの或いはそんな行動を取る人間を指す。
特に女の子におけるツンデレという属性は強力な魅力として位置付けられることが多く、大半の漫画やアニメでは一人くらいツンデレキャラが登場するものだ。
普段素っ気ない態度を取っている分、たまに垣間見せる好意には圧倒的な破壊力があって。
一歩間違えば、相手に嫌われてしまうリスクもある。そんな諸刃の剣的な部分もまた、男心を揺さぶる要因なのだろう。
俺・月岡明人とツンデレという属性は、切っても切れない関係にある。
というのも幼馴染みの穂村梓が、絵に描いたようなツンデレ少女なのだ。
朝。
母親に「いってきます」と伝えてから自宅を出ると、タイミングを同じくして梓も自宅から出てきた。
「あっ、梓」
「おはよう、明人。偶然ね」
ぶっきらぼうな顔をしながら、梓は言う。
偶然、ね。一緒に学校へ行く約束はしていなかったわけだし、確かにこうして玄関先でばったり出会したのは偶然かもしれない。
しかし不思議なのは、昨日も一昨日もその前の日も、同じ「偶然」が起こっているのだ。
始業時間が決まっている以上、朝家を出る時間は大体同じだ。だけど、分単位で毎日同じわけじゃない。
それなのにこうも連日同時に玄関を出るなんて、そんな偶然が本当にあり得るのだろうか?
「どうせ行き先は同じなんだし、その……一緒に登校してあげても良いけど?」
さも今思いついたように提案する梓だが、それが嘘だと俺は見抜いている。
彼女は初めから俺と一緒に登校することが目的で。だからばったり出会したというのも、決して偶然ではないのだ。
俺と梓の家は隣同士であり、それ故小学生の頃は毎日のように一緒に登校していた。
しかし異性である以上、いつまでも「幼馴染みだから」という大義名分で一緒に登校することも出来ない。周囲からの視線を気にし出した俺たちは、中学に上がると同時に一緒に登校するのをやめた。
「これからは別々に登校しよう」。そう告げた時の梓の表情は、どこか寂しそうで。
彼女は「わかったわよ。明人と一緒じゃなくたって、全然寂しくないんだからっ」と言っていたけど、今思えばそれは強がりだったのだ。
本当は人目なんか気にせず、俺と一緒に登校したくて。だけどそのことを、素直に俺に言うことが出来なくて。
あれから数年が経過した、高一の春。梓は偶然を装うという形で、二人での登校を再開させようと企んだのだった。
俺は結構漫画を読んだりアニメを観たりする方だ。だから梓の言動が、ツンデレキャラのそれに部類されるとすぐに理解する。
結果、俺は今梓に対してどんな感情を抱いているのか?
超可愛い。その一言に尽きる。
内心ニヤニヤしながらも、ポーカーフェイスを保ちながら俺は梓に「一緒に登校したいのか?」と尋ねる。
すると梓は、一気に顔を真っ赤にした。
「勘違いしないでよねっ! 「偶然」会ったから、「仕方なく」一緒に登校するだけなんだからねっ!」
「……はいはい。わかってますよ」
テンプレ通りのツンデレを、俺は何食わぬ顔で受け流す。
「勘違いしないでよねっ」なんて、本当に言う人間が実在したんだな。
俺と梓は、並んで歩き出す。
春なのに「手、冷たいなぁ」とわざとらしく言って手を繋ぎたいアピールする様子も、とても愛らしかった。
駅に着き、電車に乗ったところで、ふと梓は俺に尋ねてくる。
「ねぇ、明人。そういえばアンタに借りた漫画でわからない言葉があったんだけど……「ツンデレ」って、どういう意味なの?」
俺は非常にシンプルかつわかりやすい例えで、こう答えた。
「ツンデレが何かって? お前みたいな人間のことだよ」
◇
昼休み。
俺は友人の守谷圭もりやけいと、食堂に来ていた。
「さて、今日は何を食うとしようかな」
カレーにラーメンにスパゲティ。ちょっと値段が高めだが、ハンバーグも捨て難い。
券売機の列に並びながらああでもないこうでもないと悩んでいると、圭に肩を叩かれた。
「もしかしたらだけど、明人はお昼買わなくて良いかもね」
そう言って圭が指差す方向には、梓の姿があった。
自動販売機の陰に隠れて、ジーッとこちらを見つめる梓。彼女の腕では、お弁当箱がしっかり抱えられている。……二つも。
お弁当箱のうち、一つは梓自身の分だ。では、もう一つは?
目は口ほどにものを言う。それが俺の為に作ってきたお弁当であることは、容易に察しがついた。
「穂村さん、相変わらずのツンデレっぷりだよね。明人が券売機に近付く度に、「どうしよう!」っていう顔になっているよ」
「だな。本当、面白い奴だよ」
「面白いだけ?」
口元を緩ませながら、圭は言う。性格悪いな、こいつ。
「……可愛い奴でもあるよ」
「素直でよろしい。……僕は今日一人で食べるからさ、明人は彼女のところに行ってあげなよ。明人から声をかけないと、多分あのお弁当無駄になっちゃうよ?」
圭のその予想は、恐らく正しい。
俺は圭に一言謝ってから、梓のところへ向かった。
「よう、梓」
声をかけると、梓はビクッとなった。
「あら、明人。何か用かしら?」
白々しい。用があるのはお前の方だろうか?
しかしツンデレな梓にそう指摘しても、素直にお弁当を渡してくれるわけがない。あくまで自然な流れで、彼女がお弁当を渡しやすい空気を作ってあげなければ。
「たまには二人で昼飯でもどうかなと思ってさ。なんなら、奢っても構わないぞ」
券売機を指しながら、俺は言う。
無論奢るつもりも学食のメニューを食べるつもりも毛頭なかった。
「二人で昼食も、悪くないわね。でも、お弁当を持参しているから奢って貰う必要はないわ。……あと、本当に「偶然」なんだけど、今朝お弁当を作り過ぎちゃったの。明人に分けてあげても良いけど?」
お前、「偶然」って単語を付ければ気持ちを隠せると勘違いしていないか? 偶然にそこまでの効力はない。
しかしツンデレが「偶然」と言うのなら、こちらも偶然と捉えるべきなのである。ラブコメの鉄則だ。
「ありがたくいただくよ」
俺は梓から弁当箱を受け取った。
俺たちは空いている席に向かい合って座り、早速ランチタイムにする。
弁当箱の蓋を開けると、中には唐揚げやだし巻き卵といった俺の好物が敷き詰められていた。
「……美味そうだな」
「でしょう? 明人の好き嫌いは、全部把握しているからね。特に唐揚げは、時間をかけて下味を付けたのよ」
俺の好物を時間をかけて、ねぇ。
「……偶然作りすぎたんじゃなかったのか?」
「! ……偶然明人の好物を作りすぎたのよ」
どんな偶然だ? 苦しい言い訳である。
俺の為に作ったなんて意地でも認めないだろうから、俺はそれ以上追及せずにお弁当を食べ始める。
お弁当は、見た目通りの美味しさだった。
特に唐揚げは絶品だ。下味をしっかりつけただけのことはある。
食事中の会話の内容は、今朝の「ツンデレとは何か?」ということだった。
「ツンデレ? について私なりに調べてみたんだけどね、何あれ? ツンデレって、めっちゃ面倒くさい女のことじゃない。好きな人の前でぶっきらぼうな態度を取るとか、バカなんじゃないの?」
うん、お前が言うな。
「しかもふとしたタイミングで好意を示してくるとか、あざといにも程があるわよね」
だから、お前が言うな。
「でもまぁ、ああいう女は物語の中だからこそ愛されるのよね。現実でツンデレなんて、本当にいるのかしら? 実在するのなら、是非とも拝んでみたいものね」
「……」
俺は何も言わずに、スマホのカメラ機能で梓を撮影する。
そしてその写真を、梓本人に見せつけるのだった。
◇
『私、やっぱりツンデレじゃないと思うんだけど』
梓からそんな説得力のないメッセージが送られてきたのは、その日の夜のことだった。
俺から2度も「お前はツンデレだ」と言われて、自分を見つめ直してみたらしい。その結果、自分はツンデレではないという結論に辿り着いたようだ。
まぁ、梓からしたら自分がツンデレだなんて認められないよな。
百歩譲ってツンの部分は受け入れられたとして、デレていることまで認めるわけにはいかない。それを認めてしまえば、暗に俺に告白していることになるのだから。
とはいえ梓の気持ちについては、正直疑いようのないものだと思っている。
そして俺もまた、彼女が好きだ。
圭に言わせれば、「見ていて焦ったいから、早く告白しなよ。もう交際とかしなくて良いからさ、とっとと結婚しちゃいなよ」というレベルで俺たちは想い合っているらしい。
ツンデレの梓は、きっと自分から告白したりしないだろう。だから、恋人同士になる為には俺からの告白が必須なわけで。
梓の好意に気付いている。それでも俺が告白出来ないのは……たとえ照れ隠しであっても、彼女に拒絶されることを恐れているからだった。
梓のツンデレは、境地に達している。
もしかしたら俺の告白に動揺した梓が、「べっ、別に! 明人のことなんて好きじゃないんだからねっ!」と口走る可能性もゼロじゃない。
そしてそうなった場合、互いに気まずくなるのは必至だろう。
交際は延期。もしかしたらその機会が未来永劫失われるかもしれない。
そんな可能性、1パーセントにも満たないんだろうけどな。
梓がツンデレヒロインならば、俺は差し詰め卑屈系主人公といったところだった。
ピロリン。
再び梓からメッセージが届く。
メッセージの内容を見て、俺は思わず吹き出してしまった。
『私はツンデレじゃないわよ。だって私は、明人に素直に接しているもの』
いや、全然素直じゃないって。天邪鬼にも程があるって。
そう返信しようとしたところで、俺はあることに気が付き手を止める。
このメッセージだと……梓は自分が素直だから、ツンデレじゃないって言っているんだよな?
俺にデレているという点は、否定していないよな?
狙ってこんなメッセージを送ったのかは、生憎梓の顔が見えないからわからない。
しかしどちらにせよ、俺をドキドキさせるという意味では効果絶大だ。
たとえ自覚がなかろうと、お前は立派なツンデレだよ。
◇
ラブコメ漫画のラストでは、大抵主人公とヒロインが結ばれて終わる。
それはたとえツンデレヒロインが相手だったとしても、変わらない。
俺は好きなラブコメ漫画の最終刊を読みながら、そんなことを考えていた。
この漫画の連載が始まったのは、俺が中学生になりたての頃だった。
自分に自信のない主人公と素直になれないヒロインの甘酸っぱい関係に魅力を感じ、完結まで欠かさず読んでいた。
今日発売の最終刊で、主人公がヒロインに告白したことで彼らの大恋愛は一旦区切りを見せる。見事なまでのハッピーエンドだ。
彼らの恋を行く末を見守った俺は、現実に戻って考える。
自分と梓は、一体いつハッピーエンドを迎えられるのだろうか?
この漫画の主人公は、俺みたいな卑屈な少年だった。
それでも勇気を出して告白したからこそ、ヒロインと結ばれたわけで。
……いつまでも逃げてはいられない。
俺はとうとう梓に告白しようと、決心した。
翌朝。
家を出ると、例の如く梓も同じタイミングで自宅から出てくる。
梓が「偶然ね」と言う前に、今日は俺の方から「一緒に登校しないか?」と誘ってみた。
梓は一瞬、目を見張らいて驚いていた。しかしすぐに、嬉しそうに口元を綻ばせる。
「べっ、別に良いけど」
告白すると決めたから決めたからだろうか? 素直じゃないその反応が、今日は一段と可愛く思えた。
駅には大勢の人がいる。その中には、俺たちの知り合いだっているかもしれない。
告白するとしたら、人通りの少ない今しかなかった。
俺は立ち止まり、「よし!」と気合を入れ直す。
そして梓を呼び止めた。
「いきなり立ち止まって、どうしたの? 忘れ物でもした?」
「忘れ物じゃない。だけど、今やるべきことならある。……好きだ」
梓は「え?」と答えた後、十秒程固まっていた。
ようやく俺に告白されたのだと自覚すると、途端に耳まで真っ赤になる。
「好きって、え!? それって……恋愛的な意味で?」
俺は頷く。
「彼女にしたいとか、ゆくゆくは結婚したいとか。そういう意味での「好き」だ」
「けっ、結婚って……何一人で先走ってんのよ! バカじゃないの!」
予想通りの、ツンデレ反応。でも「嫌だ」とは言わなかった。
梓の気持ちはわかっている。それでも俺は、きちんと彼女の言葉でOKを貰いたい。
だからちょっとだけ、意地悪をしてみる。
「俺と付き合うのは、嫌か?」
「そんなの、嫌なわけないじゃない!」
疑いようのないくらいの即答だった。
「言っておくけど、勘違いしないでよねっ! 私は……明人のことが、大大大好きなんだからねっ!」
何だよ、その言い方? 素直なのかそうじゃないのか、わかったもんじゃない。
頼まれたって、勘違いなんかしてやるかよ。
この先梓がどんなに否定したって、彼女は俺だけが好きなのだと思ってやる。俺以外の男なんて、視界に入らないようにしてやる。
「ツンデレとは何なのか?」。今度尋ねられたら、こう答えるとしよう。
「俺の可愛い、彼女のことだ」と。
幼馴染みに「ツンデレって何?」と聞かれたので、「お前のことだよ」と教えてやった 墨江夢 @shun0425
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