「ずっと貴方だけを推し続けます」その言葉を信じても良いですか?
赤里キツネ
アイドル!
第1話 禁断の第一歩
人生は、不平等だ。
能力は、不平等だ。
エリート。
入社直後から、難しい仕事を任され。
会長の娘と結婚、昇進。
ゆくゆくは、社長が約束されている。
間違いなく、この会社の英雄であり。
そして……
「でさあ、本当にモノアちゃんの慌てぶりといったら、てぇてぇんだ!」
困ったことに、俺の同期でもある。
敵も多い花方にとって、俺は唯一の心を許せる心友らしい。
いや、俺の心中、相当ドス黒いからね?
ちなみに、今は、花方がはまっている、VNI……バーチャルネットアイドルの話を延々と聞かされている。
VNI、というのは、インターネット上で、素顔を晒さずに活動しているアイドルだ。
モノアちゃんとやらは、動画配信で3Dモデルを動かしつつ、それに声を当てる事で、アイドル活動をしている。
SNSを更新したり、日常の話もしているのだが、顔は出さず、設定も架空のもの。
半分は架空、半分はリアル、といった、中途半端な存在だ。
ちなみに、てぇてぇというのは、尊いという意味で、大変素晴らしい様子、らしい。
「……ミュート解除のミス、確かにたまにやってしまう事ではあるが。そう毎回失敗はしないし、そもそもそれを仕事にしているプロだろう?しかも何故それが面白いんだ?」
動画配信の際も、ウェブ会議と同じく、自分の音声が相手に聞こえない様に、ミュート設定というものがあるらしい。
モノアちゃんとやらは、それを良く解除し忘れるのだとか。
ちなみに、花方達リスナーは、モノアちゃんが気づかない様に、適切なタイミングで聞こえてるよーとコメントしたり、話題を推測して反応したりするらしい。
最長記録では、15分程気づかないまま配信したとか。
「そこは様式美だな。ミスに気づいて慌てるのが可愛くて、リスナーが沸く。モノアちゃんも、それが分かっているから、毎回ミュートするし、毎回違うリアクションを考えてきてくれる」
花方が、嬉しそうに言う。
エンターテイメント、か。
まあ、リスナーが望んでいるなら、モノアちゃんとやらも期待に応えなければならないんだな。
「田中も1回見てみろよ。絶対はまるから!モノアちゃんは、人生に彩りを与えてくれる!モノアちゃんこそ至高!」
宗教かな。
俺は生涯、アイドルには関わらないと決めている。
やばそうな話しか聞かないからな。
というか、こいつ妻帯者だろ。
いつも思うけど、奥さんはこいつのアイドル狂いをどう思っているんだろ?
「……おっと、今日はモノアちゃんの配信の日だ。さくっと片づけて帰らねば」
「会議で言ってた私用ってそれか。まあ、頑張れ」
花方は、持っている仕事が多すぎて、残業は多い。
が、最近は、強硬に定時退社する日がある。
おそらくそれが配信の日なのだろう。
「田中も見てみろよ。上司命令だぞ」
「……給料は出るのか?」
そう。
花方は、俺の上司だ。
2階級上の。
「お金に替えられない物を、お前は得ることができる」
花方は、自信たっぷりにそう言った。
やっぱり宗教かな。
--
上司命令らしいので、プライベートの時間を削って見てみる。
窓際社員である、俺には残業などない。
……まあ、花形がそこまで言うので、若干気になっていたというのはある。
VNI自体、本格的に配信を見るのは、ほぼ初めてだ。
嫌でも目に入るので、全く知らない訳では無いし、動画の面白いシーンを切り取った動画とかを幾つか見た事はあるが。
無論、モノアちゃんとやらは、花方から聞いた話以上の事は知らない。
おすすめにも出てこないしな。
配信が始まる。
これがモノアちゃんか。
大手に比べ、ビジュアル面では数歩負けている……が、悪くはない。
VNIには、大会社がやっている本格的な事務所に所属するVNIもいれば、事務所に所属していないVNIもいる。
モノアちゃんは、個人でやっているVNIらしい。
何やら楽しそうに、ゆらゆら揺れている。
音声は、今日もミュートからスタートらしい。
聞いていた通りだ。
何を言っているのかは聞こえないが、コメントを見ていると想像はできる。
モノアちゃんが、マイクを取り出す。
動画のタイトルに歌枠、とあるから、歌うのだろう。
ぴたり
モノアちゃんの動きが止まる。
ふるふる……震えだす。
『お、お前ら……またやりやがったなあああああ』
ヘッドホンで聞いていたせいで、鼓膜がダイレクトアタックを受けた。
音量下げるか?
『……失礼しました。改めて──』
仕切り直し。
『こんものー!0と1の狭間から、貴方のお側にモノアをお届け!超次元のアイドル、天姫モノア!この瞬間、貴方に会えた奇跡を、絶対に忘れない!』
ふりふり
モノアちゃんが謎のジェスチャーをする。
ああ。
最初にやってたポーズは、これか。
うん。
寒いな。
正直、既に視聴をやめたい。
ずっとミュートの方が良かったまである。
『アルティメットさん、─さん、待機ありがとうもの~。─さん、こんものー!』
モノアちゃんが、名前を読み上げつつ挨拶する。
なるほど、名前を呼んでくれるのか。
ちな、アルティメットが花形のニックネームだ。
『モノアなー、今日なー。隣街に馬車で移動している時にオークに襲われてさ~』
異世界設定。
『……暑いなあ。ちょっとクーラーの温度下げるね』
異世界設定守れよ。
『よし、16度』
電気を大切にしようぜ。
[16度は寒く無いですか?]
コメントで、リスナーが質問。
『何で?寒く無いよ~』
これが若さか。
俺なら寒い。
まあ、クーラーが壊れてるだけかも知れない。
異世界ネタを話しつつ、コメントを読み上げつつ、時間は進み。
話にはついていけない。
『あ、お喋り楽しくて、気づいたら、まだ歌を歌ってない。歌を歌うね。歌枠だからね!』
ようやく歌を歌うらしい。
開始から45分も経過して……45分!?
ツッコミを入れながら聞いていたら、いつの間にか45分経っていた。
モノアちゃん、恐るべし。
『では、歌います──奇跡の夜!』
……俺の最も大切な歌。
この歌は、想い出の歌であり、評価は厳しくなる。
『~~~』
!?
何だ!?
声が変わった。
別人?
綺麗なお姉さん。
歌い方も、同一人物が歌っているとは……
そうか。
そういう事か。
完全に理解した。
だからこその、VNIか。
決して、顔を出したくないから映像で誤魔化している訳ではないんだ。
収録現場を映さない、ということは、通常の配信ではできない手が取れる。
予め準備しておいた音源を再生すれば、配信で生歌を歌っているように装える。
歌は、上手い。
モノアちゃんBは、素晴らしい歌声だ。
『有難うございます~上手い?やった~』
いつの間にか、歌が終わっていた。
歌の出来?
……及第点にしておいてやる。
『次の歌は──』
驚愕。
心の準備が出来ていたにも関わらず、驚かされる。
モノアちゃんCは、青年だ。
聴いているだけで、無限に力が湧いてくる。
これは……熱い。
歌が抜群に上手い2人と、トーク力のあるメインモノアちゃん。
これが、モノアちゃんというグループ。
……なるほどね。
凄いじゃないか。
『次は──』
!?
モノアちゃんDは、無限に可愛い幼女ボイス。
可愛いに特化した歌い方。
頭の中が可愛いで埋め尽くされる。
さっきから、コメントが拍手と称賛で埋まっている。
花形も、かなり盛り上がっているようだ。
『そろそろ1時間だね。配信終わるねー』
何……だと……
まだ3曲しか歌っていないのに。
そもそも、開幕ミュートで10分以上潰れているのに、配信時間は伸ばさないのか……?
『聞いてくれてありがとう~今日も楽しかったよ~おつもの~』
終わった。
なるほど。
花形がおすすめしていたのがよく分かる。
これは……面白い。
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