Synthetic Organism-人工生命体
夜桜楓
プロローグ 2045年 某日
技術というものは大抵、当初の想定とは異なる使われ方をする。
未来に希望を届けるための発明が、多くの場合想像を逸脱する。
世界中にユーザーを持つ大人気ソーシャルSNSでも選挙に悪用され、裁判所を巻き込むまでに至り、民主主義を破壊していると言われる。本来は多くの人々を繋げるための技術だったはずだ。
また、人々に愛を届けたかっただけなのに、「いいね!」ボタンが人々をデバイスに釘付けにしたり、エンゲージメント率を増やしたいがためにパーソナライズド広告の原材料になったりする。
さらに、匿名で情報を共有するためのファイル共有ソフトが違法サイトと化し、国が介入して技術者を有罪にするまでに至る。
スマホを使うと馬鹿になる、鬱病になると言われる。
AIが発展すれば、人々は仕事を失うと言われている。
テクノロジーが世界をダメにしていると言われる。
なんでそんなに後ろ向きなんだ。
技術創造とは本来、楽しいことのはずだ。
失敗したり、思い通りにいかなくても、ワクワクしながら試行錯誤する。
仲間とああじゃない、こうじゃないっていいながら。
時にはぶつかって、自分を主張したりする。
すごいアイデアを考えたときは発狂し、仲間とハグをしたりもする。
みんなを幸せにできる。そう信じている。
僕はみんなを幸せにしたかった。
それなのに。
どうしてこうなってしまったんだろう。
****************
朝から続く雨が、街を濡らし続けている。
空は重たい灰色の雲で覆われ、日の光はほとんど届かず、世界はどんよりとした陰鬱な雰囲気に包まれていた。雨粒は窓ガラスを叩き、その音は静かなリズムを刻む。街の人々は急ぎ足で通りを行き交い、傘をさして頭を低くして風を避けながら、自分の行くべき場所へと消えていった。水たまりが道を埋め、ところどころで水しぶきを上げる。真冬の2月のこの天気の中では、誰もが少し肩を落とし、早く暖かい屋内に戻りたいと願っているようだった。
「藤崎斗真さんですよね、今回の一件で被害者への対応はどうなさるおつもりですか?」
二週間前からの報道以来、僕の後を陰からつけ続ける週刊誌の記者たちがいた。
藤崎斗真、それが僕の名前だ。
彼らは、問題のあった事件について僕を追及し続けている。
この質問を聞くのはもう何度目だろうか。毎回、同じ問いかけ。
彼らの言葉には、まるで機械のような感情のなさが漂う。
僕らが創造した人工生命体の方が、彼らよりもずっと人間らしいと感じる。
思わず苦笑いが漏れた。
「今、藤崎さんが笑いました」
「どういう意図があって笑ったのでしょうか」
「被害者を冒涜するようなことはやめてくださいよ、藤崎さん」
「反省の色は全く見えていないという事で良いですか」
「どういうことですか、藤崎さん、藤崎さん」
恐らく、今のシーンだけカットされて使われるだろうな。
弁護士には無視・無口・無反応を貫けと言われたが、やってしまったものはしょうがない。
僕はうんざりしながら彼らに背を向け、その場を去ろうと歩き出す。
これはさらに燃えるだろな。メディアは本当に恐ろしいな。
メディアという技術は、活版印刷に起源があると言われている。
本来は情報を多くの人に周知するための技術だった。
だが、やはり当初の理念を捻じ曲げるような使い方をされる。
現代では、情報の発信者が「見せたいものだけを見せる都合の良い道具」になり果てた。
これでは公平な情報を手に入れられないが、この使い方で良いとされる。
なぜなら、嘘は多くの金を生み出すからだ。
数年前にシリコンバレーで再開した友人に言われたことを思い出す。
≪嘘は真実の6倍も速く拡散されるんだ。でも俺は驚かないぜ? だって考えてみろよ。単純に真実はつまらないだろ? 真実を現実という言葉で置き換えることもできる。現実は退屈なんだ≫
それ故に人間は嘘に惹かれる。
フィクションや宗教が人気なのも、彼のその言葉で腑に落ちるし、
話に尾ひれを付けて噂話を拡散する人間の心理も理解できる。
勿論、僕の目の前にいる週刊誌記者たちの気持ちも分かる。
確実に言えるのは、笑った一面だけを切り抜き、「被害者を冒涜する悪魔」なんて記事を書けばクリック数が伸び、広告収入が鰻登りになるということ。
大抵の人は真実かどうかなんていうのは気にしない。
気にして真偽を調べようとしたら多くのコストがかかるからだ。
故に、受信者は与えられたものを吟味せずそのまま受け取る。
メディアは責任義務どころか、受信者のリテラシーに委ねますと言わんばかりだ。
今ではメディアという技術は勝手に独り歩きをし、恐ろしいモノという認識が広がっている。
技術はただそこにあるものだ。害はない。
使うのは人間であり、技術自体に罪はない。
テクノロジーは往々にして、初期理念とは違った使われ方をする。
人の手に渡ることで、善にも悪にも変わる。
技術者の端くれとして思う。
人間とは、なんて残念な生き物なんだろうと。
非常に高度な技術を生み出せる知能、人々を幸せにするための手段を持ち合わせているのに、どうしてか使い方を間違え、多くの人々を生きづらくしているように見える。
「こんにちは、藤崎斗真さん。私は東京新聞の間宮美穂と申します」
突如、集団の一端から中堅の女性記者が現れた。
斗真はその名前に戦慄を覚えた。
かつての相棒の妹の名を語ったからだ。
「あなたの開発したセックスロボットが、女性の権利を侵害しているとの声が多く上がっていますが、それについてどうお考えですか?」
彼女の眼差しは鋭く、僕に軽蔑の目を向け距離を取りながらも、マイクだけはしっかり僕の口を狙い撃ちにしている。
「藤崎さんが開発されたロボットが、男性向けのセックスロボットに転用されているみたいじゃないですか。これって女性への権利の侵害ですよね。女性は性的な役割しかないと言っているようにしか見えません。北米や中国を中心に幅広く展開されているみたいですが、これからも開発・販売を継続されるおつもりでしょうか」
斗真は少し驚いたように彼女を見返し、そして落ち着いて答えた。
「私は技術の進歩が人々に利便性をもたらすと信じています。しかし、それが倫理的な問題を引き起こすことも理解しています。あなたの言うロボットが特定の市場に向けて開発されたことは事実ですが、それによって女性の権利が侵害される意図は毛頭ありません。それと、セックスロボットなんて言い方はやめてください。ロボットではなく紛れもない生命です」
女性記者は更に追い詰めるように続けた。
「ですが、これらのロボットが女性を物として扱うことを助長し、実際の女性との関係を歪めていると思われることには、どのように対応するおつもりですか?」
斗真は一瞬、「ロボット」という言葉にショックを覚えたが、すぐに回答を整えた。
「それは非常に重要な指摘です。私たちはこの技術を用いることで、現実の対人関係を補助する手段として考えております。しかし、ご指摘の通り、誤解を招くこともあり得るので、私たちは社会的な責任を持って、使用に際しての指導と規制の強化を進めていくつもりです」
「具体的な解決策をお聞かせください。
どのようにして女性の権利が侵害されないようにするのですか?」
斗真は少しの間沈黙し、その後慎重に言葉を選びながら答えた。
「実は、それについてはまだ具体的な計画が固まっていないのが現状です。ただ、我々は人工生命体に対する社会的なガイドラインの設定に努め、関連する全てのステークホルダーと協力していきたいと考えています」
女性記者はさらに詰め寄った。
「しかし、それだけでは不十分ではありませんか? もし具体的な行動計画がないと、この技術が女性に与える潜在的な害を防ぐことはできないと思いますが」
斗真は苦笑いを浮かべながら、ややあいまいな返答を続けた。
「ええ、その通りでして、今後、様々な意見を聞きながら、次第に形を整えていく必要があると思います。具体的なステップについては、これから詳しく検討していくつもり、です」
この女性記者とは本来個人的に会って、面と向かって話をしないといけないはずだった。
それなのにこんな形で彼女に、こんなことを言わせてしまう僕は――
斗真は、彼女と会わせる顔がないことに今更ながら気づき俯く。
斗真は女性記者の問い詰めに対して心中複雑な思いだった。彼女とは大学時代からの知り合いで、かつては斗真の親しい友人であり、会社を一緒に立ち上げた間宮伸介の妹としても知っている。さらに、彼女は斗真の恋人だった白石百合の親友でもある。その繋がりからすれば、このような公然とした場ではなく、もっとプライベートな環境で話し合うべきだったと、斗真は自らを責めていた。斗真は彼女が詳細について尋ねるたびに、かつての親しい時間を思い出しては、この場での望まない出会いに罪悪感を感じていた。
彼女がフェミニストであることから今回の騒動に批判的であることを理解しつつも、彼女の真摯な問いには正直に応えたいと思った。しかし、してきたことを赤裸々に伝えれば、彼女を傷つけてしまうのではないかという恐れがあった。斗真は自問自答を繰り返し、もし時間を巻き戻せるなら、もっと早く彼女に連絡を取り、個別に事の次第を説明しておくべきだったと痛感していた。
彼女は斗真の内面に何が渦巻いているのかを察し、深い沈黙を柔らかく破り、少し距離を詰めて穏やかな声で話し始めた。
「今回の一件の詳細をもっとお聞きしたいと思っています。これ、私の名刺です。ご決心がつきましたらこちらに連絡してください」
彼女は丁寧に両手で名刺を渡す。
その手は少し震えていた。
斗真は名刺を受け取り、少し考えるように額にしわを寄せた後、力強くうなずいた。
「もちろんです、間宮さん。私もこの問題についてはさらに詳しく話し合う必要があると思っています。今後、具体的な進展があった際には、ぜひ直接お伝えしたいと思います」
斗真がそう答えると、彼女は少し安堵した表情を浮かべていた。
斗真は名刺を丁寧にジャケットの内ポケットにしまい、女性記者に深く頭を下げるとその場から駆け出し、大粒の雨が降り注ぐ中を走り去っていった。
彼の姿は、街の人混みと曇り空の中に次第に溶け込んでいった。
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