第44部 4202年44月44日

 久し振りに彼女が働いている喫茶店に行った。前までは、僕の表現は「喫茶店」ではなくて「珈琲屋」だったかもしれない。「珈琲」というのは飲み物の種類を表しているが、「喫茶」というのはそうではないらしい。


 彼女は相変わらずのエプロン姿で、僕が店内に入ると、店の奥の方でにんまりとした笑みを浮かべた。


「irasshaimasee」と、文末を冗長に伸ばして彼女は僕に向かって言う。


 彼女に勧められて、僕は円形のテーブル席に着く。今日はハーブティーを頼むことにした。それと、ホットケーキも食べることにする。僕が注文し終えると、失礼しますと言って彼女はカウンターの方へ去っていった。


 知人が働いている店に顔を出すのは、僕はあまり好きではなかった。相手が彼女でも例外ではない。


 窓の外では雪が降っている。僕は自分がまだコートを着たままでいることに気づいて、それを脱いで椅子の背凭れにかけた。店内は充分暖かい。流れている音楽も温かいものだった。


 しばらくすると、ハーブティーとホットケーキが運ばれてくる。もちろん、彼女が運んできた。嫌がらせかもしれない。


 彼女はテーブルの上に料理を置くと、そのまま僕の対面に座った。


「え?」ナイフとフォークを持ったまま、僕は彼女の方を見る。「どういうこと?」


「fufun」と言って、彼女は斜め方向から僕を見る。片肘をついて自分の頬を掌で支え、奇妙な笑みを浮かべた。


「何?」


「doushite, koko ni kita no ka na ?」彼女が問う。


「どうしてって……」僕は彼女から視線を逸らし、ホットケーキをナイフでカットした。「呼ばれたからだよ」


「dare ni ?」突然真顔になって、彼女は尋ねる。


「誰だと思う?」


 彼女は後ろを向いて、ほかの店員の様子を眺める。もちろん、僕にそんな知り合いはいない。


 彼女はこちらに向き直ると、フォークを口に運びかけている僕の手を掴んだ。僕はホットケーキを食べ損ねる。


「dare ni yobareta no ?」


「数日前の君から」


 喫茶店のドアが開いてベルが鳴った。店員の「いらっしゃいませ」の声が聞こえる。


 茶色いニット帽を被った顔が僕を見つける。


 ちょうど、彼女がここへやって来たところだった。

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