第26部 4202年26月26日

 僕は巨大な橋の上に立っていた。こちらは、以前船を待っていたものとは異なる。高速道路の一部を切り取って一般道に敷いたような体裁で、何のためにあるのか分からないアーチ状の鉄骨によって頭上が覆われていた。橋の上に点々と設置された、しかし強烈な光を放つ照明によって、辺りは照らされている。けれど、眼下は暗く、柵の向こう側にあるはずの大地と川は今は見えなかった。


 背後をときどき自動車が走り抜けていく。人工的な光が強すぎて、夜空に星は見えない。ただ、雲が一つもない澄んだ空であることは分かる。息を吐き出すとたちまち白く染まり、宇宙に辿り着く前に密度を小さくして霧散していった。


 彼女とこの橋の上で待ち合わせをしていた。彼女は、今日は仕事で、早朝から家にいなかった。僕が目を覚まして階下のリビングに向かうと、コーヒーの入ったサーバーとともに一枚の紙切れがテーブルの上に置かれていた。そこには二言、



 いつもより早く仕事に行く。


 欄干の上で会おう。



と書いてあった。


 僕は欄干というものがどういうものか知らない。今立っている、こういうのを欄干というのだろうか。もし橋の一部分を欄干と呼ぶのだとしたら、欄干の上というのはどの部分を指すのか、その表現は正しいのか、などと考えた。そんなふうに考え事をしていると、なんとなく、普段より頭が回らないような気がして、自分の防寒対策が充分ではないことが原因だとすぐに気づいた。


 マフラーも手袋もしていないから、結構寒かった。掌に息を吹きかけるも、空気は瞬間的に冷やされて液体となり、余計に冷たく感じられる。


 それでも僕は、誰かを待っているのが好きだった。来るか来ないか分からない誰かを待つのも良いと思うが、ある程度来ることが確定している誰かを待つのが、好きだった。思い返してみれば、僕と彼女との間では、僕が待つことの方が多いような気がする。常に僕の方が待つ関係だった。しかし、それが良いと思う。少なくとも、相手を待たせるよりは愉快だ。


 クリスマスの夜に、翌朝枕もとにプレゼントが置かれていることを夢見て眠る子どもと、同じような心地がする。


 そういえば、もう少しすればクリスマスだった。彼女は何か欲しいものがあるだろうか、と考える。


 突然、首もとが何か暖かいものに包まれる。


 僕は背後を振り返る。


「merii kurisumasu」と、彼女が日本語の発音で言った。「omatase. samukatta desho ?」


 彼女からマフラーを受け取って、そうでもない、と僕は答えた。

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