第12部 4202年12月12日
今年ももうすぐ終わるらしい。早かった。わずかに十二日程度しかなかったのではないか。かつて、彼女が、虫は人間の半分の寿命しか持たない、そういう象徴なのだという趣旨のことを語っていたが、僕こそその虫とやらなのかもしれない。
彼女が働くカフェ、あるいは喫茶店に、僕は足を運んだ。
それは、本当にちょっとした気紛れで、近所のホームセンターに寄って帰る途中に、たまたま、その喫茶店の前を通りかかったからだった。木製のドアの前に「彼女が働いている店」とでかでかと張り紙が成されていたから、本当かと思い、僕はドアを開けてしまった。
「irasshaimase」
ドアを開けるなり、聞き覚えのある声が耳に届いた。黒地のシックなエプロンに身を包み、髪を後ろで結わいた、彼女の笑顔が正面にあった。
僕の姿を見ても、彼女はまったく動揺しない。まるで、僕が、今日、このタイミングで、ここに訪れることを、ずっと前から知っていたみたいだった。
「gochuumon wa ?」
まだ席について間もないというのに、彼女が伝票を片手に注文を取りに来る。僕は慌ててメニューを開き、とりあえず、真っ先に目についた、ホットカフェラテと、シナモンのオーブン焼きを頼んだ。
「goyukkuri」
と言って、彼女はそそくさとその場を立ち去る。
解放的でも、窮屈でもない、やや不思議な店内だった。どこか異国の音楽が流れている。ホールには等間隔にテーブルと椅子が並べられ、客は疎らだった。いつまでも長居できそうな店だ。テーブルに突っ伏して眠っている者もいた。どこかの文豪だろうか。
それにしても、シナモンのオーブン焼きとは、いったいどんなものだろうと僕は考える。メニューには、生憎と料理の写真は載っていなかった。シナモンは調味料だから、きっとそれで味つけをして何かを焼いたものなのだろう。
先にホットカフェラテが運ばれてくる。運んできたのも彼女だった。きっと、わざとやっているに違いない。彼女は、普通客に対しては絶対にやらないであろう至近距離にまで顔を近づけて、〇・五倍速で「ごゆっくりぃ」と言ってから立ち去っていった。
家に帰ったら、何をしようか、と考える。
別に、特別することなどなかった。こんなふうに、同じ漢字、同じ言葉を含む別の言葉を二つ並べてしまうと、トートロジーみたいになっていないだろうか、と少し不安になることがある。
シナモンのオーブン焼きが運ばれてきた。
巨大な鉄板の上に、丸太のようなものが載っている。
紛れもなく、シナモンで味つけされたシナモンを焼いたものだった。
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