第30話 私は魔王の花嫁

「何もこっちに人間側の要求を通す理由がない。俺様の野望は鬱陶しい人間共に阻まれる前に決行する」

「それはよろしいのですが……僭越ながら、ソフィア殿はここに残して行った方が足手まといにならないかと」

「いいや、連れて行く。お前達の実力は信用しているが、魔王の腕の中より安全な場所などないからな。ソフィアにも俺様の野望達成の瞬間を見届けて欲しい」


 少しの間、騎士団長さんとアビス様とで睨み合う。間に挟まれた私、気まずい! 個人的な希望を言わせてもらうなら、私もアビス様については行きたいけれど……!


 やがて、冷たい骸骨の視線で応対していた騎士団長さんが、いつもの気さくな表情に戻る。


「差し出がましい真似を致しました。ソフィア殿は奥方となられる身、夫のアビス様と共にあられる方が良いに決まってますな」

「いいや。昔から剣術も意見も、遠慮なくぶつけてくれる事にいつも感謝している。ボンボーン」


 男と男の、熟成された絆の会話……! やっぱり私が姫抱っこで挟まってはいけない場面では?? ラビも微妙な顔してるし……。アビス様がしたくてやってるんだけど。


「魔王軍騎士団長ボンボーン、部下達と共に城と城下を必ずや護る事を誓います。アビス様は念願の太陽の復活をお急ぎください」


 片膝をついた騎士団長さんの誓いに、アビス様はただ一言、


「信頼している」


 とだけ答えた。


 ○


 祭壇に向かう為、アビス様に抱えられて飛ぶ城周辺。剣と剣がぶつかり合う音、叫び、燃える炎に飛び交う呪文の光。そんなもの達が、魔界の赤い月だけが照らす永遠の夜景色の中でよく見える。


 ちょっとだけだけど。私も人間、それもソル王国で十六年過ごした記憶があるから、当然の抵抗と対抗でも、地上で人が斬られ倒されしているであろう光景に、思うところがないわけじゃない。


「どうした?夜風が寒いか?」

「いいえ。アビス様の体温が温かいですから」


 だけど、魔王のアビス様に嫁ぐって事は、人間を、私も心の剣で斬り捨てるって事なんだと思う。


 例え私が、直接戦うわけじゃなくても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る